アリウム・ギガンテウムお題 花言葉から「円満な人柄、正しい主張、不屈の心」
どうにも、気分が悪い。
(酒を呑み過ぎたか?)
インドラは腹部を押さえながら思考する。
神は悪酔いなどしない、と言いたいところだが、今の身体は不慣れな依り代。そういったことが起こる可能性もなくはない。
だが、これといって普段より多く呑んだ記憶はなかった。変わったことをした覚えもないが、強いてあげるならば強化を行ったことくらいか。
「種火と聖杯が揃ったので聖杯転臨させてください」
朝から呼び出されたことには不服を覚えたものの、捧げ物をしたいという殊勝な心がけに免じて不問にしてやった。
にも関わらず、予定ではカルデアで可能な限界値まで強化を行うはずが、確認不足で素材が足りないと中断されてしまったのだ。重ねられた不敬にインドラの機嫌も損なわれる。
「ごめんなさい。オレが聖杯を数え間違えたみたいで」
「……日頃の献身に免じて、今回だけは許してやろう」
「ありがとうございます。なるべく早く続きができるように準備しますね!」
「フンッ、精々励め。むろん、苦行にならん程度にな」
見るに堪えない情けない面で謝罪する藤丸に、寛容な態度で王の威厳を示しインドラは帰路についた。
今度藤丸に詫びとして酌でもさせるかと考えていたところで襲ってきたのが、現在悩まされている腹部の違和感。それは徐々に上へと登り、今や喉頭を通り過ぎた辺りまできている。
咽頭に何かが当たる気配が不快で仕方ないが、誰の目があるとも知れない廊下で醜態を晒すわけにはいかないと耐える。
主人の意を汲んだアイラーヴァタが通常よりも速度を上げ自室へと向かう。
「おえっ」
部屋の戸が締まると同時にアイラーヴァタを収め、床へ口のものを吐き出そうと試みる。
だが、いくらえずいてもガサガサとしたものが喉に引っかかってなかなか出てこない。口に指を突っ込めば何やら小ぶりのものが幾つも連なっている感触。無理矢理吐き出したところ、それは小ぶりの花が幾つも集まった紫色の丸い花だった。葉はなく茎が真っすぐに伸びているのが印象的だ。
「なん、だ?これは……」
数千年生きてきてこんなことは初めてだ。未知の現象への戸惑いと薄気味悪さで花から距離を取る。
見た目は何の変哲もないそこらに生えていそうな花だ。それが何故、自分の身体から出てきたのか。
勿論、このようなものを食べた覚えはない。
(まさか、酔っている時に誤って口にしたか?)
視線で従神たちに問うが首を振られた。で、あればいったいこれはなんなのか。疑問は深まるばかりだ。
(もしかすると、新たな能力に目覚めたのかもしれんな。一旦は様子をみるか)
異常の理由として一番可能性が高いのは聖杯だ。
ダ・ヴィンチは事前説明で、これまで事故や特殊な変化は起こっていないと安全性を主張していたが、インドラは神々の王である。
偉大な自分ならば、取り込んだ聖杯の魔力によって思わぬ強化がなされることもあり得るだろう。
(力を持ち過ぎる故の苦労というやつだな。仕方あるまい。……それはそれとして、得体の知れないものを神の寝所へ置いておくわけにはいかん)
打ち捨てた花はヴァジュラたちに処分させ、インドラは気持ちを切り替えるべく食堂へ酒を呑みに繰り出した。
後日、ヴァジュラたちが仕入れてきた情報によると、現在カルデア内では花吐き病というものが流行っているらしい。
(まさかあれが病だったとはな)
まさに青天の霹靂。神の身では経験したことのない事態に困惑するが、カルデアでは過去に似たようなことがあったそうだ。
病気が発生した原因は今のところ不明で、完治方法も分かっていない。医療班が解明に当たっている途中とのことだ。
『恋をした相手を思うと花を吐く』
症状はシンプルだが、花を喉に詰まらせれば死に至る可能が高いと注意喚起が行われている。
(秘めたる心を具現化し死まで誘発するとは、まるで呪いだな)
自身が罹っている病に気が重くなる。そんなものでこの神々の王が脅かされるなどあってはならない。
(そもそも神が恋慕う相手など、このカルデアには)
そこで思い浮かんだのは凡庸な、けれど何故か目を惹かれる青年の姿。
「ゔっ」
とたんに迫り上がってくる嘔吐感に口を手で覆う。
「インドラ様!こちらへ」
ヴァジュラが広げた布の上へ口の中のものを吐き出す。前回と同じ花がポトリと落ちた。
「……っ。臭くてかなわん。今すぐそれを捨ててこい」
前回は動揺して気づかなかった異臭に眉を寄せる。どうやら茎から漂ってくるそれはニンニクに似ている。
食事の時には食欲を唆るだろうが、今は気持ちの悪さに拍車をかけるばかりだ。
(まさか、オレがあんな小僧に?)
思い浮かんだ答えを即座に否定する。そんなことはあり得ない。
円満な人柄に正しい主張。そして、どれだけの苦境に立たされようとも折れない不屈の心。
確かに藤丸を好ましいと思っていたことは認めよう。戯れに一夜を共にするくらいならば許してやっても良い。
だが、それは雨粒が如き人間の一人にしては面白い程度の興味でしかない。その、はずだ。
(神々の王は人間なぞを恋慕ったりなどしない)
一流の戦士や聖仙になるような神官ならばともかく、藤丸は極々ありふれた青年だ。マスターとしての手腕は評価してやらなくもないが、それで心を明け渡そうとは思わない。
『インドラ様おはようございます!』『インドラ様、ちょっとご相談が』『インドラ様見てください!』『インドラ様』
「ぐぅっ」
気持ちを否定しようとすればするほど、事実を突きつけるように藤丸との日々が頭に蘇る。連動して上がってきた複数の塊を吐き出せば無も知らぬ色とりどりの花弁が床へと落ちた。
思う通りにならない身体が心底恨めしい。
生理的な涙で滲む目元を乱雑に拭い、ヴァジュラたちにその花も処分するよう命令した。
「インドラ様、ここはお任せください。あなたは治療推奨(医務室に向かわれては?)」
「そーそー。苦しそうだよー?」
「いらん。神々の王たる神がこの程度でどうにかなるはずはなかろう。解決法が見つかるまで、このことは秘匿しておけ」
「……承知しました」「はーい……」
自分の心を写すように不安な顔をしているヴァジュラたちに背を向ける。インドラは喉の不快感を押し流すように、取り出した酒を呑み干した。