アルストロメリアお題 花言葉から「未来への憧れ、持続」
トンッと軽い衝撃。
「んんぅ……?」
目を閉じ瞑想(熟睡)していたインドラは、馴染みのある気配にうっそりと瞼を上げる。
まず見えたのは、藤丸の自室の殺風景な天井。先ほどまで浴びるほど呑んでいたからか、たいへんに酒臭い。自身の行いのせいであることを棚に上げインドラは眉を寄せる。
そのまま視線をゆるゆると下へ向ければ、インドラを眠りから引き戻した要因が目に入った。
寝台へ腰掛ける神の膝へ無遠慮に乗り上げ、胸元へと顔を押し付けている不届き者は、この部屋の主である藤丸だった。安堵のようなため息をついているオレンジ頭を、片手で軽く押す。
「はぁ」
「おい、許可なく神の膝に乗るな。不敬だぞ」
「……」
意外にも、グリグリと駄々をこねるように頭を擦り付け藤丸が抵抗してきたので、一旦手の力を緩める。
最低限の礼節を弁えている彼女が、こういった行動へ出るのは珍しい。見下ろすインドラの視線に、萎れた様子の少女が小さく身じろいだ。
「乾季に喘ぐ草花が如き有様だな。何があった?」
「別に……ちょっと離れている期間が長かったので、抱きしめたくなっただけですよ」
とてもそうは見えない。
確かに、藤丸は長らく特異点へ出向き留守にしていた。一番の酒の肴が居らず暇だったインドラは、彼女の寝台を陣取り酒盛りを続けていたのだが、どうやらその間に藤丸の方では何かあったらしい。
頭を掴んでいた手に少しばかり力を込める。
「……痛いです」
「神に虚偽の申告とは罰当たりな奴め」
「……抱きしめたいのは本当ですよ」
「フンッ」
顔を胸元に押しつけたまま子供のように言うので、頭を解放してやることにした。
(強情に付き合ってやるのも大人の礼儀か)
視界の大部分を占有している柔らかな髪。その先を指に絡め弄ぶ。
弱っている理由を秘匿されたことには腹が立ったが、それ以上の優越感がある。
ここには多くの英霊がおり、神も多く存在する。その中で藤丸が縋る相手にインドラを選んだことは評価してやろう。
(依存されるのは面倒だが、コイツは苦行ばかりしているからな。たまにならば甘えさせてやっても良い)
未来への憧れを捨てられず、生き延びようと足掻く姿は見るに堪えない。
(苦行などするな)
何度インドラが苦言を呈してもこの人間は足を止めない。何度躓いても起き上がり、必死に前を向いて歩き続けようとする。
そんなこの子供が、枯れそうな心に恵みの雨を乞うならば与えてやるし、情けない姿を見られたくないならば空を覆う雲となって隠してやろう。
(星の子よ、今は休め。導きの光を弱めることをこの神が許そう。オレのもとで安らぎを甘受するが良い)
無言で震える少女へ、インドラは腕を回し細い腰を抱きしめる。
「……え、ちょ、ええ??」
「フッ」
藤丸を抱いたまま寝台へ倒れこめば焦った様子で顔を上げた。見るに堪えないそれを、胸元へと押しつけ直す。
「ふぎゅっ!」
「神は寝る……おまえも、好きにしろ」
「っ!……うん」
告げて頭を軽くポンと叩けば、握り込まれていた胸元の布が更に強く引かれた。