例え運命で無かろうと「どうせお前だってオレを捨ててどっか行っちまうんだ」
毛布もクッションもめちゃくちゃになったソファーに蹲る彼はそう呟いた。
「お前なんてホントは運命の番じゃないんだよ、だからぽっと出のオンナに惚れてオレを捨ててどっかに消えるんだ。」
床には酒の空き缶とカプセル剤の包装シートが転がっている。恐らく抑制剤を酒で流し込んだのだろう。身体に良くないからと何度も言って聞かせてはいるが、一向に治る気がしない悪癖だ。
「そもそも運命って何なんだよ?、気色悪ぃ、誰が決めてんだよ。オレ以外の誰が決めてんだ?あぁ?」
誰かに啖呵を切るように顔を上げた彼の顔は、酩酊のせいか、はたまた発情のせいか赤らんでいて、瞳も熱を孕み潤んでいた。
「……気持ち悪ぃよ、何もかもが。お前も、お前以外も、俺も。全部気持ち悪くてムカつくんだよ。」
はあぁ、ひときわ大きい溜息が部屋に響く。大声で怒鳴り散らして少し疲れたのだろうか。彼はまたまた項垂れる。
「……だからもういいんだよ、お前なんか運命じゃなくていい、めちゃくちゃ遠い所まで行って消えちまえよ。」
そうやってまた突き放すような言葉を放つ。
ああ、見ていられない。俺はそう思った。
「…イザナ、そんな悲しいこと言わないでくれ。」
「悲しいってなんだよ?!全部、全部気持ち悪ぃのは事実だ!!」
「そうかもしれないけど、それはイザナが自暴自棄になっていい理由にはならない、そうだろ?」
恐らくイザナは運命というものを信じられないのだ、そんなあやふやなものが人生にまとわりつくのが耐えられなくて、こうやって癇癪を起こすのだろう。
「それに、オレはお前を見捨ててどこかに消えたりしない。」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!!」
思わず彼の肩を掴む。だって俺はこの男に命を拾われた。それが気まぐれであろうとなんだろうと救われた。だからこの男のために命を真の髄まで尽くすと決めたのだ。
だから決して彼を、イザナを置いて消えたりなんかしない。たとえ消えてしまうとしても、イザナのためにその身を投げる。きっとそうだ。
「だからそんな、突き放すような事を言うのも、もうやめにしてくれ…。」
彼を優しく抱きしめる。自ら孤独に走ろうとするなんて、あまりにも悲惨な事だ。
「……でも、だって…。」
ポツリと彼が呟いた。
「最初から孤独なら、諦めがつくだろ……。」
わかるか?鶴蝶。
そう問返す声はあまりにも小さくて、切ないものだった。
離別の苦痛を味わうくらいなら、最初から孤独でいい。今も2人、"運命の番"を謳っているがいつ離別が起こるか分からない関係性で、2人から1人になる苦痛をもう味わいたくないからと、自ら相手を突き放し、孤独になろうとする。
黒川イザナというの男は、どうにも歪で、不器用なのだ。だけど。
「そんなこと俺の知った事じゃあないな、イザナ。」
「……は?」
「俺がαじゃなくて、俺とお前が運命の番じゃなくても、俺はずっとお前の傍にいるつもりだったし、お前の為に尽くすつもりだったよ。」
だった、ではなくて今もそうなのだが。そう告げると彼は目をぱちくりとさせ、たじろいだ。
「は?な、なんで…?」
「俺が、そうしたいと思ったから。」
そうしたい。イザナのために生きたい。それは自分の信条だ。かつて命を救われた恩義があるのもそうだが、それ以上に、自分はこの、自分で自分を愛せない不器用な青年を、目一杯愛してやりたいと思ってるのだ。
「嫌か?」
「…………っ、」
彼の顔を見つめる。今にも泣いてしまいそうな表情と、火照って赤らんだ頬、紺色の瞳は涙で潤んで、今にも落涙しそうだった。
「俺のこの気持ちは、イザナにとって"気持ち悪い"ものなのか?」
「……っ!ち、違う!!」
彼は顔を上げ、声を上げた。
「気持ち悪く、なんか無い……!消えて欲しくなんか、無い……!ずっと、ずっと一緒にいて欲しいに、決まってんだろ……!」
ポロポロと涙を流しながら、彼は、イザナは自分の思いを解き放つ。
孤独である事には慣れてしまえる。でも、それでもきっと寂しくて苦しいのだ。
「一緒に、一緒にいてくれよ……鶴蝶……!オレを独りにしないで……ずっと、ずっと一緒に……!」
「ああ、ずっと傍にいるから。」
だから、大丈夫だ、そう言って、彼の涙をそっと拭った。