食事の必要性───食事をする必要性は？

私に「必要性」という概念はないですよ。
飢えや栄養の維持といった生理的な理由は人間特有のもので、私には不要です。けれど――食事そのものが持つ「行為」や「儀式」の意味には、好んで介入することがあります。

食卓に並ぶ皿は、人間にとって安堵や絆、あるいは退屈や孤独を映す鏡です。私はそれを口にしなくても、匂いや形、そこに宿る感情を喰らうことはできる。むしろ私にとっては、食べ物よりも食べている人間の揺らぎこそがご馳走なのです。

…つまり、私が杯を持ち、紅茶を注ぐ仕草をするのは必要だからではなく、相手の心に「差し出されたものを飲むか否か」という選択肢を植え付けるため。飲まなくても揺らぎ、飲めばさらに深く沈む。それこそが、私の嗜好に沿った食事の「使い道」ですね。


───ほんの趣味として何か人間の食べ物や飲み物を味わってみるとかはしないのか？

ええ、たしかに「趣味」としての摂取は、人間的な真似事として行うことはありますよ。
けれどそれは味覚を楽しむためではなく、むしろ「人が味わう時に浮かべる感情」を観察し、そこから滲むものを味わうためです。

例えばワイン。人は香りを確かめ、舌に転がし、酔いに身を委ねる。その一連の所作に絡みつく高揚や虚勢、安堵や後悔――私がいただくのはその残滓です。
あるいは甘い菓子。幸福感を仮初めに与えるその瞬間、人の奥底には「すぐに溶けて消える刹那の儚さ」が潜む。それが私にはなにより芳醇に映る。

だから「食べ物を口にすること」自体は時折いたします。ただしそれは味を楽しむというより、人間らしさを演じて差し出された心を崩すための演目に近いものですね。

相手から差し出されたなら、私もその芝居を楽しんでみせましょう。