白い花眠っていた。夢を見ていた。
大切で大好きな人が、見知らぬ誰かと連れ立っていく姿を見る。なんてことのない風景とばかり思っていたのに、夢の中でオレは、息が苦しくなるほど胸が痛かった。嫉妬したことはなかったのに、一体。この感情は―。
目覚めて、目尻に涙が溜まっていることに気付く。オレは悲しかったのか。よく分からない心境のまま隣を見ると、いつも隣に眠る彼はもう任務に出掛けてそこにはいなかった。それが、夢の中の光景に重なって、無性に悲しさを煽った。
嫉妬。いや、なんだか微妙に異なる気もする。オレはいつも、例え怒り等を感じたとして、それが通り越して悲しみに直結しやすい質だ。だから多分、あの光景を見てなにかを感じて、またそうして通り越して悲しくなって涙が出たに違いない。
怒り。絶望。思い出せないが、その類いだろう。いつかオレは彼に言った。彼は見目も性格もよろしいから城で注目を浴びているのではないか、と。そしてその時そのことに関してオレは、当然だ、と言った。あの時点では嫉妬ではなかった。
夢は深層心理の表れとも言う。いくらなんでもないふりをしていても、本当の本当は、オレはもしかして。仮に夢の中同様、見知らぬ誰かが急に現れ、彼を伴って立ち去って行ったなら。………いや、やはりオレは悲しみに暮れる、そんな気がする。
「帰ったよ。大丈夫?はい、花。白くて清純で、リンクみたいだったから、あは」
メンタルをこじらせ、オレは終日体調を不安定にし、今はベッドに休んでいた。任務から帰宅したリンク君が、土産の花束をオレの前に差し出して笑った。嬉しい筈だった。けれど、今朝見た夢に今も苛まれて、オレは素直に喜ぶことが出来なかった。
躊躇って受け取るのをぐずぐずしていると、リンク君は別の理由と捉えたらしく、
「おれ生けとくよ、夕飯は食えそ?」
と花束を持ち上げてベッドから離れようとした。彼が離れる、そのことが言いようのない恐怖をオレに与えた。
「リ、リンク君っ、待って……!」
思わず止めた。彼は、ん?と言って動きを止めてオレを見た。ドクンドクンと心臓が鳴った。オレはなにを焦っている。あれは夢だ。脳の作り出した幻覚だ。身体の不調も相俟ってオレは呼吸を浅く繰り返した。緊張で喉が渇いてなんだか瞳孔も開いている気さえした。
「どうしたリンク?…やっぱ顔色悪いよ?」
いつものリンク君の声がぐわんぐわんと頭の中に鳴り響いた。心臓が血液をすごい速さで送り出す。手のひらに嫌な汗をかいて無意識にぎゅっと握り締めた。
「薬持って来る?」
ベッドの脇にしゃがんで彼がオレの瞳を覗き見た。空色の綺麗な瞳が心配そうにこちらを見つめる。オレは、はあはあと呼吸が速まった。
「オレ……、」
「うん、どした?」
「……その、」
「んん」
「リ、…リンク君て、だ、誰か、……、その……、好きな人いるの」
「…………へ?」
ものすごく言葉を探した結果、リンク君に奇妙な顔をされた。あれ、いや、オレ、そこまで変なこと聞いていないよね…?
「好きな人って、リンクだけど」
「……え?」
「えじゃないよ、リンクだよ、なに、急に」
「…えっぁっ…」
オレは混乱した。夢の中の光景と現実との境目が曖昧になって、彼の言葉で一気に現実の方へ引き戻された。と同時に急に安堵感に包まれ目から熱いものが溢れそうになった。
「どうしたのリンク。」
「ぁ…ぃや…そ……リンク君に、別の好きな人が、いるのかと思っ…、」
「、なんで」
目の前のリンク君は目を見開いてすごく驚いた顔をした。オレはばつが悪くなり、目を彼から背けて下を向いた。あっ。下を向いたら抑えていたしずくが目から零れてきそうになった。
「なんでそんなこと思うのリンク」
「…っ…、」
「え、あれっ?リンク泣いてる?!」
別に彼は質問しただけなのに、何故だか責められている気になって余計に涙が溢れ出した。俯いた頭上で彼がわたわたと慌てている気配がする。
「えッご、ごめ…??!なんか分かんないけどおれ誤解させるようなことしたかな??!」
「ちがっ……、だってリンク君が……」
「んぉ…」
「誰かとどこかに行っちゃう夢を見て……っ」
「えっ??」
「オレそれですごい胸が苦しくて…、」
「へ…」
ポタッ、と目から雫が落ちた。俯いた先の布団の表面に小さな染みを作る。鼻を啜ると、彼が手に握る白い花の香りが鼻腔を通った。少しの間そうして俯いているとやがてリンク君が言った。
「なぁんだリンクっ、あははっ、そういうこと!もーかわいいなぁっ!」
かさり、と花束の置かれる音がして、オレが何気なく顔を上げたら目の前にリンク君の胸が迫ってきた。
「リンク夢見て妬いてくれたの?すんごい嬉しいんだけど」
そう言って彼に抱き締められる。胸の奥がぎゅっと締め付けられるみたいに幸せが押し寄せた。
「…やいた…?…やっぱりオレ、嫉妬したのかな…?」
「ん?違うの?」
顔に押し付けられた彼の服からも花の香りがした。オレはまた鼻を啜って言う。
「なんていうか……悲し、かったから」
「…ん、そっかそっか」
リンク君の手がオレの背中を優しく摩った。強い強い安堵感がまたオレを襲う。胸の奥が熱い。彼の手が気持ちいい。思わず彼の服をぎゅっと掴んだ。
「その気持ちすっごくよく分かるよ。大丈夫だよ、リンク。おれはね、リンク以上に好きな人なんてどこにもいないから。」
彼が密着した身体を少し離してオレの鼻先に鼻を寄せた。ドキンと心臓が鳴った。空色の瞳と視線が絡まる。あ、と思った瞬間相手の唇がオレのそれに重なった。そっと触れて、少しして離される。まだ心臓がドキドキいっていた。
「おれが好きなのはリンクだけ。永遠にあなただけを愛してるんだからね」
薔薇色に染まった彼の言葉が耳を通って脳髄に浸透して、全身に広がる気配がした。嬉しかった。彼の言葉が、瞳が、一途に向かうのはオレだけだと思うと、魂が歓喜に震えた。
「でもやっぱ嬉しいなぁ、リンクの気持ち。えへへ、えへ」
リンク君は至近距離で頰を赤く染めて笑った。
オレの好きな人。
それは君。
ずっとずうっと、オレだけを見て。
離さないで。
愛しているから。
大切だから。
「リンク君、オレも君が大好き、えへ」
精一杯気持ちを伝える。するともう一度、彼の唇がオレに触れた。触れ合った皮膚が熱く溶ける。彼の手がオレの涙を拭いて、そうしてまた、最高の笑顔をオレに向けてくれた。
ありがとう、愛をくれて。
君だけを愛するよ。
全部君にあげたい。
だから受け止めて。
ずっとずっと大好きな君へ。