X戦闘練習BGM:HEDLEY/Lose Control
満員電車に押し潰されて帰宅したのが5分前。
吹き上げるビルの熱風が白銀の髪を揺らす。
ああ、鞄を持ったままだった。
「全く、鞄を置く暇すら与えてくれない」
正体がバレてから、この黒い方々は割と(下手すればスマイルさんより)頻繁に遊びにいらっしゃるから困る。
しかも決まって帰宅後だ。
こちとら社会人だ、疲れてるんだ。
風呂に入ってすっきりして、あわよくば晩酌してから寝たいんだ。
明日も仕事、遅刻は許されないというのに。
じりじりと殺気立つ集団を前に、さてこいつを置いてこなくては。と、Xはゆるり腕を上げた。
集団がざわつく。
いいね、クローンにしては戦い慣らされてる。
誰が作ったか知らないけれど、彼らも彼らで大変だな。
隙を狙っているのなら、作ってさしあげよう。
「ふぁ…」
先頭の大きめの奴が下肢に体重をかけた。
周りが呼応して殺気が沸く。
踏み込む。地を蹴る。
さあおいで。
さん。
にい。
いち。
“Snap”
壊された部屋の壁、ソファに鞄を“Snap”
勇気ある前衛の1体が打撃のモーション、放たれる拳を背で躱す“Snap”
現れた階段を登るとその他2.3体の頭を踏んで“Snap”ビルの隙間に落ちていく何体かを見送り、落ちまいと右足を掴んできた腕を左踵で蹴り上げてステップ。
空いた右脚を下から振り上げて“Snap”武器を躱して“Snap”慣性のままに何人かを蹴り落としていく“Snap”
今夜は月明かりが眩しい。
後ろからわらわらと追いかけてくる集団をくるりくるりとやり過ごす。
軸足を変えては蹴りをねじ込んでいく。
口角は上げたまま、手はポケットに。
あ、ちょっとストップ。……なんてね“Snap”
沈む…と思うだろ?“Snap”浮くんだ
もう何がどうなっているのか分からない、きっと人間であれば発狂してしまいそうな次元展開に、ただ《攻撃しろ、Xを倒せ》の指示に従うしかない彼らは確実に数を減らしながら、それでも健気にXに立ち向かっている。
「そろそろ時間だな」
ビビッドな壁を登って降りる、彼らは?
ああ、挟み討ちか。
「古典的」
上だか下だか分からない地を蹴って跳躍。
左右から突撃したものの攻撃対象を消失した彼らは勢いのままつんのめってごっつんこ、そんなかわいそうなふたりの襟首に両足をついて“Snap”膝に力を入れて後ろに蹴ればふたりともビルの屋上からさようなら。
“Snap”
「あー………疲れた」
デジタル時計が示す時刻は22時。
やや使い古して硬くなったタオルでがしがしと頭を拭いて、ばらけた黒髪を後ろに撫であげる。
汗が引いて、さらさらとしたパジャマの感触が心地いい。
リビングに戻ると壁の意味を成していない残骸に見ないふりをして、残りのクローンが画面内でばたつくテレビを一瞥する。
この時間なら、晩酌の1杯くらいはできるだろう。寝酒にはちょうどいい。
暗いランプに手を伸ばし、
…ああ、テレビを消さないと。
「おやすみ」
“Snap”
了