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    kameyamakameta

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    kameyamakameta

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    新刊冒頭部分

    竜路骨航

    俺の戦争に役立たないものは要らない。

    作戦どおりのタイミングで水面を割り出で、頭上から降る警報を聞きながら唾液を急速に充填。ざっと状況を見回して動きの悪い一般兵の列に放り、途端にそれを避けるように動く隊員どもに舌打ちする。動けるじゃねえか。
    「出来るなら最初から指示通りやれ!!次サボった奴はくたばるまで訓練にぶち込んでやる!お前らの代わりなど、いくらでもいるんだぞ!!」
    注入器から口を離して吠える。
    俺は俺の戦争をするために隊長の地位をもぎ取った。役に立たないやつは必要ない。

    再度唾液の注入器を噛み締め直し、喋ることが出来なくなるため副官補佐の黒壁を睨む。黒壁は若いながら付き合いの長い部下だ。それだけで言わんとすることが伝わる。乱れた隊列に黒壁が「前進!!」と喝を入れ、一般兵の有象無象どもが『捕食者』どもに群がる。その中心に爆弾を放れば一匹また一匹と捕食者は数を減らす。

    ああ、こうだ。こうでなくては。

    戦場はいい。実力さえあれば全てを思い通りに出来る。ここには細かいことで騒ぐ本部の奴らもいない。本部のカスどもが騒ごうが俺がやると決めたことは変わりはしないが。
    順調に捕食者達を追い詰め、金卵を集める籠近くまで歩を進めたところで視界を掠めた赤い光に首を傾ける。
    狙撃用の武器を構えた捕食者がいた。 
    …いいだろう。どうせあとはコイツだけだ。少しは遊んでやってもいい。
    捕食者に向き直り唾液を急速に充填する。
    一発受け、だが、二発目は間に合わない。
    俺の方が早い。頭を振り抜いたのと同時に、悪あがきで二発目を撃とうとした捕食者が急に呆けた顔をしてブキを取り落とした。
    …なんだ?油断を誘う為の揺動か?
    背後で爆発しぶちまけられた緑のインクの中を転げそうになりながらこちらへにじり寄り、何か言いながら衣服の中から取り出して震える胸鰭で押し付けてくる。
    捕食者達が持つ小型のインク爆弾でも取り出すのかと思ったが、取り出されたのはおそらく紙製の箱。
    ははあ、なるほど。話しているのが捕食者の取引に用いない方の言語なのではっきりとしないが、命乞いか何かだ。
    コイツらは死ななくとも、四匹全員倒せばそれ以上金卵を回収出来ずに帰っていく。
    もう俺たちが海に帰る時間も近いから見逃して欲しいと言うことだろう。
    『地獄の竜骨隊』と呼ばれて久しいが、命乞いを全くの無碍にするほど心が分からないわけではない。
    紙の箱を受け取ってやると捕食者はあからさまに安心した顔をして。
    そして、後方から降ってきた緑の雨に打たれて行き場無く弾け散ったのを鼻から嘆息して見送る。

    実に哀れだが、戦場とはそういうものだ。少なくともこれであの捕食者はもうここには来ないだろう。身の丈を教えてやったのだから慈悲をかけたと言える。

    実力は不満だが結果は捕食者を完封したので口直しにはなった。どちらが捕食者だか分かったものではない。あんなものインク臭くて実際には食おうとも思わんが。

    鰭の上で押し付けられた紙箱を遊ばせながら海へ戻ろうとすると丸い影が差し掛けられる。ナベブタの落とすそれより小さい円に鰭を差し出すと、ふわりと鋼鉄の傘が舞い降りて収まった。

    「スグリ。隊長から功績を横取りするとは見上げた心意気だなあ?」
    そう冗談を言ってやっても無口な副官兼自分の番であるスグリはいつも通りウンともスンとも言わず、傘を畳みつつ黄の背鰭の隙間から斜視の効いた目でジロ…とこちらを見る。
    「あ、スグリさん怒ってる〜。隊長が途中で捕食者と遊ぶからっスよ?」
    傍からひょいと顔を出した黒壁に言われて一つ唸る。
    「そう怒るな。唾液の装填が間に合うのは分かっていた。」
    お前を置いて還ろうとしたわけではない、と言うと納得していないようではあったが、抱えた俺の鰭のうちで丸くなったので一旦良しとしたらしい。
    「あ!なんか持ってる!なんスかそれ?」
    「さあな。捕食者から命乞いついでに渡された。帰ったら医局のやつにでも聞いてみるつもりだ。…それよりお前、さっきの体たらくはなんだ。」
    「うっ…、すいませんでした。後で言って聞かせておくんで…。」
    覚えてたっスね、忘れてもらえたかと…と頭を掻く黒壁を当たり前だと一発叩く。
    「ったぁ…!」
    「基地に着く前に改善案を一案は出せ。さもなければ全員帰ってすぐ反復訓練にぶちこんでやる。」
    「ひえっ!黒壁さぁん!お願いします〜!」
    「帰ってすぐ訓練なんて嫌!」
    「これから泳いで帰るのにぃ!」
    「基地じゃなく俺の鰭で大自然に還してやってもいいんだぞ…!!今すぐ…!!」

    黒壁の影からぎゃいぎゃい騒ぐ古参の一般兵どもにそう言って鰭を握って見せるとごんずい玉を散らすように我先にと海に帰っていく。
    「あ〜、大丈夫ス。もう頭ん中でまとまってるんで帰還中に聞いて下さい。」
    「さすが黒壁!」
    「助かった!!」
    「いつだって俺たちの味方!!」
    「いや、俺は隊長の味方。だから隊長がこの後訓練やるって言うなら異論はないよ。実際あそこの動き悪かったし。」
    「えーん!」「裏切られたぁ!」「そんなぁ!」
    「うるせぇ馬鹿ども!本当に帰りしな地獄の訓練にぶち込まれてぇのか?!いいだろう、内臓が口から出る程度にしごいてやる…!!」
    頭だけ出してやんやと騒ぐ奴らをとっとと帰投しろと怒鳴りつけるとやっと水中に引っ込んだ。
    「…帰るぞ、黒壁、スぐリ。」
    「はぁい。」「…。」
    潜水前に振り返り、捕食者どもが航空輸送機に四本の筋になって撤退するのを確認してから水中に身を沈める。
    戦利品の紙箱にじわりと海水が染み込む感触がしたが、仕方のないことだった。

    捕食者というのは間抜けな生き物だ。
    インクの外では先が五条に分かれた胸鰭を持ち、不格好に長く伸びた一対の腹びれで歩く。(腹びれの先も胸鰭と同じく五つに分かれているらしいが、鰭先を穿き物で覆っているため確かめたことはない。そこまでの興味はない。)
    我々とは違い元は魚ではなく、海底を這い蹲う命を元とする。詳しい者が言うには魚よりカニやエビ、船底のフジツボのほうがまだ近い種であるらしい。身を守る殻はとうの昔に無くし、不毛な戦争ごっことそのついでに我々の邪魔をする忌々しい奴ら。
    海から産まれ、今は海から倦まれた者達。
    奴らはこちらの金卵を欲しがっているから我々が全滅しても困るのだろう。中途半端な戦闘のあとに金卵を抱えて帰っていく。
    どこまでも半端な奴らだ。
    命まで半端で何度屠れど生き返るのは気に食わないが弾ける瞬間の間抜けな悲鳴は笑えるから良しとしてやるが。

    「…本当に、命乞いでしたか?」
    「…あ?」

    別に戦利品を数える趣味はないが、基地に帰ってから何を渡されたのかと箱を開けてみた。
    紙製だが硬めの箱は形こそ保っているものの、中身は当たり前にぐっしょりと海水をかぶっていた。使いたいわけでもないから気にせず中を見ると楕円や四角の紙片の様なものが複数入っている。触るとベトベトとするから、どうやら粘着質のものであったらしいが、こんなもの使ったことがない。
    命乞いに渡されたのだから何か捕食者には価値があるのだろう。
    そんな話を土産に出撃後の検診がてら医局へ行き、顔見知りの医療班に会いに行く。捕食者の事を自分に語って見せたのもこの医療班のシャケだ。「お前なら分かるか?」と紙箱を見せるとと少し考えてから、徐に棚の奥をゴソゴソと漁り、「それはこういったものでしたか?」と見せられる。
    そこにあったのは濡れる前ならそうだったであろうあの紙片があって。
    自分は見たことが無かったが、やはり医局のものは物知りだと感心してコレは結局なんなのかと訊ねると「体の傷んだ部分に貼り付けて使用する医療テープです。我々なら緩衝用の海藻を挟んで包帯を巻くのと同じですね」
    なるほど、応急処置用の道具かと頷く。
    命乞いにこんなものしか渡せないなんてな!
    捕食者とはどうにも滑稽な奴らだなぁとくつくつ笑っていると先の様に問われた。
    「命乞いだったのですか?本当に?」と、重ねられる。
    何を言っている?それ以外になかろう?と首を捻ると「貴方は、…目立ちますから」そう言って投げられる視線は自分の目ではなく背を渡る瘤に注がれている。そうだ。あの捕食者もコレを見て動け無くなった。
    自分が「竜骨」と呼ばれる由縁のそれ。

    命を落とすほどの大怪我から快癒したものだけが身に宿す隆起。医学的には骨折した部分が治る際に肥大したものであるという。これを持つものはどんな苦難にも耐え、栄誉ある還元が約束されると信じられている。
    瘤が連なる様を船底に例え、沈まぬ船、『竜骨持ち』と称される者。
    『折れど沈まぬ不撓の竜骨』。それがこの瘤を得てからの自身の呼び名だ。

    種族は違えど、畏怖の念は伝わるらしいと言えば医局のシャケは、恐らくそうではないという。
    「捕食者にも、同じようにコブが出来ることもあります。しかし、それは我々と違い、忌避するものです。」
    痛みを乗り越えた証ではなく、病みついた痕を示すものだと言われる。

    では、あの顔は。あの、目に涙を溜めて必死で箱を押し付けてきていたのは。

    『こんなの、何にもならないけど…!無いより良いと思うから…!!』

    …憐れまれたというのか?自分が?
    これだけ畏怖され、戦に求められた自分が?
    憐みと、施しを受けたと?

    そこまで思考してゲタゲタと笑う。ひとしきり笑って気が済み、ふと見るとよほど気が違った様に見えたらしく、医局のシャケが壁際まで退いて怯えているのに気がついた。
    「ああ、うるさくしてすまなかったな。お前のおかげでいいことを知れた、礼を言う。」
    そうとだけ言って、あの紙箱を回収し医局を後にする。

    次に会ったら、あの捕食者は爆破では済まさない。八つ裂きでも、火で炙るでもいい。
    この俺を憐れむなどとんでもなかったと、心の底から後悔をさせてやる。



     



     

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