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    あんさんぶるエチエチバニーズ‼︎〜蓮巳敬人の場合〜
    ※バニー零×会社員敬人

    零敬酒の匂いと、退廃的なネオン、まとわりついてくる香水に、蓮巳敬人は眉を顰めた。店内は以前の店舗の居抜きだと聞いていたけれど、内装によってここまで変わるものだろうか。紫に彩られた空間で煽るウィスキーは、なんだか狐に化かされたような味がする。
    「随分と顰めっ面をしておるのう、おにいさん? こういうのは好きじゃないかえ?」
    敬人のそんな表情などお構いなしに、隣に座った男は笑う。赤い瞳に、浮世離れした雰囲気を纏う男は、この店のキャストだという。手にしたワイングラスを揺らして、敬人を隣から覗き込んできた。
    「……度し難い。好きだという方が少数だと思うが」
    「随分と素直な子じゃのう? 好きな奴が一定数おるから、我輩たちも仕事ができているのじゃけど」
    普段なら説教だなんだと言われる敬人の棘のある言葉にも、男は怒ることもなければ、逆に笑って見せた。のう?と演技がかった口調で、また笑う。黒髪を伸ばした彼の頭から、ピョコンと伸びた長い耳を指先で弄びながら、彼は胸元から名刺を差し出してきた。
    「まあ、お主のいうことにも一理はある。ここでのことは所詮はいっときの夢じゃ。それでも、夢は現実を生きるために必要となる時もある。そういう夢を見せるのが我輩たちの役割で、お仕事じゃ」
    はい、と差し出された黒い名刺。普段、仕事で使うものでは絶対ありえないラグジュアリーなデザインのそこには、『零』と白い文字が刻印されていた。
    「……零」
    「気軽に『零ちゃん』って呼んでもらってかまわんぞ…♪ よろしくの♪」
    思わず受け取ってしまったそれを、指先で握りしめる。敬人の眉間の皺に反比例するかのように、『零』は満面の笑みを浮かべるのだった。


    『BAR・Bunnys』は、もちろん敬人の意思で来たところではない。会社員の悲しい性というか、避けられないお付き合いというものはある。営業よりは当然こういう機会は少ないが、だからこそ限られた機会は断る理由が少ない。古株の上司は昔気質の性格で、敬人も性格上あまり無碍にもできなかったのだ。
    「……だから、俺は好んでここに来ているわけじゃない。あっちの…あの、テーブルでニヤついている気持ちの悪い上司に連れられてきただけだ」
    「ああ、斎宮くんのお得意様じゃな。彼の後輩というと、お主リズリンかえ?」
    「……名刺はないぞ。俺は営業じゃない」
    みょうに馴れ馴れしいキャストーー零は、他の客のテーブルで回るわけでもなく、敬人の隣でうんうんと話を聞いていた。店名の通り、バニーボーイがキャストとして接客を行うこの店は、どうやらつい最近開店したようで、名刺によれば、零はオーナー兼キャストとして勤務しているらしい。
    歳の頃はそう敬人とかわらないだろう。やたらと色気のある笑みを向けられれば、確かに男女問わずに彼に魅了されてしまうのかもしれない。
    「なるほどのう、確かにこういう夜遊びも知らぬ男の子の顔をしておる」
    零の指先がそうっと敬人の太ももを撫でる。ゾワゾワ、と背中に何か寒気のようなものが駆けていって、敬人はおい、と強く嗜めていた。
    「貴様!キャストのお触りは禁止だと入店事項に書いてあっただろう! オーナー自ら破ってどうする!」
    「はは、本当に真面目じゃのう? 上司がこういう所に連れてきたくなる気持ちもわかる」
    けれど、そんな言葉も、この男にはなにも通用しない。怒れば怒るほど、嬉しそうに笑みを浮かべて、うふふと指先を敬人に向けてくるものだから、余計に眼鏡の奥の視線が強くなる。
    「おにいさん、彼女とかいる?」
    「俺に恋人がいるかどうかなど貴様には関係ないだろう」
    「いないんじゃな?」
    「おい、勝手に決めつけるな」
    「上司が心配になる気持ちもわかるぞい。浮いた話の一つもなさそうじゃし」
    「…………」
    赤い瞳が、まるで何かを見透かすようにじっと敬人を見つめる。
    零に言われていることがあながち間違っているわけでもないのだ。入社当初からの堅物として総務でも有名だった敬人は、同期たちが浮ついて合コンだなんだと繰り返す間、そういった席に一度も顔を出したことがない。年齢の割に、あまりにも真面目な態度に、周囲からたまには遊ぶべきだとここまで連れてこられた。
    黙ってしまった敬人の視線から、そういった諸々を感じ取ったのか、零の唇が、にんまりと弧を描く
    「図星かえ?」
    「なっ」
    「よいよい。遊び慣れていない、うぶで堅物の眼鏡のおにいさんも、我輩は好きじゃぞ?」
    「っ、だから貴様から触るなと言っている!」
    手袋をした指先が、敬人のジャケットの襟をなぞっていく。零の言う言葉は、リップサービスだとわかっているのだけれど、それでもどこかで自分の本質を見抜いているような気分になる。まるで神様の手のひらの上で遊ばれているみたいだ。本当に夢のような空間にいる気持ちになってしまう。
    「……安心したんじゃよ。少し」
    「は? なんのことだ?」
    「はは、蓮巳くんが我輩の想像通りでよかった、ということじゃ。…さて、初回のサービスはこれくらいにしておこうかの?」
    それじゃあ、と肩を抱き寄せられたかと思うと、そのまま拒否をする暇もなく、コースターに書いた連絡先を放り込まれる。おい、という暇もなく、零はテーブルを立って敬人の上司のテーブルへと向かっていく。
    「……なんだったんだ…」
    はああ、とため息をつきながら、コースターを取り出せば、そこに書かれていたのはそっけない電話番号だ。こういうやり口か、と思いながら敬人は律儀に零の名刺と一緒にそれを鞄の外ポケットへと放り込んだ。
    ペースが乱れる、というのはこういうことを言うんだろうか。妙に後ろ髪を引かれる思いで、零の方へと視線を向ければそこには同じように如才なく振る舞う零がいる。敬人の上司に接客をする姿は、敬人に向けていた悪戯めいたものではない。丁寧に、距離感を保って。あの若さで、オーナーという役職についている人間のそれだ。
    「……わからん奴だな」
    はあ、とため息を一ついた時だ、敬人の隣にまた新しいキャストが座る。失礼します、と零とは打って変わって、静かで紳士的な声に頭を上げれば、零と同じような耳をつけた青い髪をした男がいた。
    「こんばんは、楽しんでいらっしゃいますか?」
    「…楽しむというか、なんというか…」
    「ふふ。オーナーは奔放な方ですので、合う合わないはあるでしょう。HiMERUはNo1なので、そういったことはあまりないのですが」
    HiMERUと名乗った男は、零と同じ作法で、同じような名刺を取り出した。黒地に白い文字で書かれた名前と、目の前の男を見比べる。
    「何か?」
    「……いや。俺たちのような男性客の扱いも慣れているのだと思っただけだ」
    こういった店は、基本的には異性への接客が基本となるのだろうが、店内を見渡せば、男女比は半々、といったところだ。敬人のような若い客はあまり見当たらないし、若い女性客と、中年以上の男性客に占められている。
    「世の中にはいろいろな需要というものがあるのですよ。まあ、相手がどのような方でも、HiMERUたちがやることにはそこまで大差はないですけれど、ね」
    「……そうか」
    酒を飲みながら、敬人は少しだけ思考能力を停止させようと思った。ここでそんなことを真面目に考えていても栓のない話だ。零ともまた違った意味で浮世離れてしているHiMERUは、何か思案げに敬人を見つめる。
    「ですが、オーナーはあなたとお話ししているときは、少しいつもと雰囲気が違いました。まるで初恋の人と会って舞い上がっていたみたいでしたが」
    「色恋営業、というやつではないのか? No1ともなると、そういう手法を使うのか?」
    「いえ。あなたは斎宮先輩のお客様の、お連れ様でしょう? 先ほどから他のキャストとのやりとりを見るに、ここに通ってもらおうにもなかなかハードルが高いと見ました」
    「……随分と赤裸々に手口を言うんだな」
    嫌味のようにいった言葉に、HiMERUは特に反論もしない。
    「要は、初回だけで終える可能性の高いお客様に、オーナーがあそこまで時間をかけるなんて不思議だなと思ったのです。まあ、推測に過ぎませんが」
    どこか底知れない笑顔を浮かべて、HiMERUは笑った。
    こういうの、って、どこまでが嘘で、どこまでが本当なんだろうか。特別感を演出して、通ってもらうようにするとかそう言うのはどこまでが本音なのだろうか。零にせよ、HiMERUにせよ、そのサービストークで客をつけているはずだ。男性客には赤裸々に手口を話すことで、また話したい、と思ってもらおうとしているのか。それとも、本当に一回だけだから、なのだろうか。半信半疑な敬人に、だけど、ダメ押しをするようにHiMERUは耳打ちをする。
    「ーー信じる信じないは任せますけれど、オーナーはああ見えて慎重な方です。興味がなければ、触れることもしませんから」


    上司が会計をしている間、敬人は手持ち無沙汰に店の入り口でソワソワとスマフォを見ていた。先ほどもらったコースターを見ながら、それを捨てるか、捨てないかを迷う。たとえ社用の携帯電話の番号でも、こうやって個人情報が記載されているものを粗雑に扱うことはできない。
    ーーせめて自宅でシュレッダーをかけるべきか。
    悩ましい。ううん、悩ましげにコースターを見つめていた敬人に、おい、と低い声が聞こえた。
    「それ、ゴミか? 回収するからいらないならよこせよ」
    「いや、そういうわけでは……」
    咄嗟に断ってしまってから、あ、と敬人は口を押さえる。そんなに大事なものなのか、これは。しかし、スタッフの黒服の男から返ってきたのは、と素っ気ない返答ではなかった。
    「…って、蓮巳の旦那じゃねえか! 久しぶりだな!」
    「鬼龍?!」
    見慣れた顔は、かつての高校の同級生だった。大学卒業まで連絡だけは取っていたが、それ以来、こうして会うことはなかった彼ーー鬼龍紅郎がいかつい顔を綻ばせる。
    「連絡が途絶えたから何事かと思ったぞ? 確か、服飾の専門学校に行ったと聞いていたが…」
    「おう、もちろんそっちもやってるぜ? ここの制服は俺も仕立てに関わったもんでよ」
    「……あれを?」
    指を指すことはまではしなかったが、先ほどまで取り囲まれていたバニースーツを見て、敬人はメガネを直す。硬派で売っていた彼が、どうしてそんなことに巻き込まれているのか、疑問はそのまま顔に出る。
    「ははっ、ファッション業界で大成するのは並大抵のことじゃねえからな。あのスーツもデザイナーの幼馴染からの伝手で紹介されたんだよ」
    「なるほど。知らない間に海外でも渡っていたのかと思ったが、案外身近にいたんだな」
    ようやく知り合いに会えてホッとしたのか、店に入ってからやっと肩の力が抜けた気がする。もう退店だというのが惜しいくらいだ。紅郎の赤い髪の毛の生え際にうさぎの耳が生えていなかったのも、その一因になっているんだろう。
    「あまり危ないことには首を突っ込むなよ。せっかく近くにいるんだ、連絡くらいまたよこすといい」
    「おう。旦那も無茶すんじゃねえぞ」
    「あれー? 俺たちを差し置いて黒服にコナをかけてませんか?」
    「寂しいのう… せっかく我輩が優しく手解きをしたというのに……」
    「うわっ?!」
    紅郎と昔話に花を咲かせている敬人に声をかけたのは、大きなうさぎたちだった。零という男と、隣には若い少年ーー彼だけ耳が白くて短いーーがいる。少し後ろからは、短髪に折れ曲がっている耳をつけた青年が、敬人の上司に寄り添いながらやってきている。
    「ふん。郷にいっては郷に従えというだろう。黒服に声をかけるなんてマナーがなってないね。僕たちではお気に召さなかったかい?」
    短髪の青年は、不機嫌そうな声色で鋭く言い放つ。言葉を制したのは零だ。お見送りじゃぞ、と柔らかく静かな声が号令を告げる。
    「HiMERUくん…は天城くんが来たかえ。まあ仕方ない。ひなたくん、お外までお見送りを頼むぞい」
    「はーい♪ 本日はご来店ありがとうございましたっ!」
    ひなたと呼ばれた白い耳の少年が、軽い足取りで敬人の前に躍り出る。恭しく一礼をすると、外に向かう階段を軽快に登り始めた。
    「俺たちのお店どうでした? 不思議の国のアリスみたいでおもしろかったでしょ?」
    「階段を地下に降りて行くことがか? まあうさぎを追ってここまでくるのは興味深いとは思ったが…」
    結局捨てることもできずに、スーツのジャケットの中でぐしゃぐしゃになったコースターに触れながら、敬人は答える。上司は、楽しそうにひなたと歓談しているが、敬人の胸にあったのは紅郎との偶然の再会と、ーー零から抱かれた肩の熱さだ。ぐぐ、と肩に力を入れると、敬人は唇を噛み締める。
    「(……零、か。ふん、幼い思い出を思い出すなんてあの綺麗な昔話に失礼なことだ)」
    このコースターは、家に帰ったらシュレッダーにかけよう。なかったことにして一夜の夢にすればいいだけだ。ひなたの底抜けに明るい声に顔を上げれば、地上はもう直ぐだ。ビルの谷間にぽっかりと浮かんだ紅い月。十六夜の形をしたそれを見上げながら、敬人は微かな記憶を思い出していた。
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