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    ワンドロ

    タイムリミットがある大したことはない、と言っている癖に、先輩は仰々しくテーピングをしてきた。バスケ部でよくやっているから慣れているのだと、怪我をよくするから日常茶飯事なのだと、語らずとも指先が訴えている。
    「だから言っただろう。入念な準備運動が大事だと。雪が降るくらいに寒いならなおさらだ」
    「うう…だって今日は別にそういう予定じゃなかったじゃないですか…だから体もそういうテンションにならないっていうか……」
    はああ、と大きくため息をついたところで、この人には何も伝わらない。丁寧にくじいた足をテーピングしながら、守沢先輩はいつもみたいに笑わなかった。馬鹿馬鹿しい声で笑いながら、高峯ぇ、とか叫ばれるのかと思ったけれど、思った以上に深刻に包帯を巻くから、俺も言い訳をするテンションではなくなってしまう。
    『イブイブライブ』は盛況のまま幕を閉じた。思わぬハプニングーーといえばハプニングだらけだったけれどーーはあったけれど、お客さんは喜んでくれたし、なんだかんだで葵くんたちは舞台で笑いあっていた。鉄虎くんもなんだかやり切った顔をしていたし、俺も本当に最悪な日だったけれど、最後の最後で伏見先輩とお近づきになれた。それだけでもうクリスマスなんか要らないくらいの成果だ。
    ライブを見にきていた伏見先輩にお呼ばれされて、これから『流星隊』と『2wink』、それとプロデューサーさんで姫宮くんのお家にお呼ばれすることになった。迎えを待つまでの間、学院に戻ってきて身支度と整えてーーとしていたら、いきなり守沢先輩に保健室まで連れてこられてこれだ。
    「別に立てるし、歩けるのに。このくらい大したことないってさっき先輩言ってたじゃないですか…」
    「それは家に帰るなら、という話だろう。これから姫宮の家に行くなら、もう少し活動時間も伸びる。立って歩く時間が増えたら痛みも増すだろう?」
    少しだけ強い口調で、本当に怒っているようだった。俺がちゃんとやらないからだ。聴きなれたその言葉に、俺は居心地が悪くなる。説教したいなら、別にこんな手当てしながらじゃなくっていいのに。俯いて何もいえなくなった俺に、先輩は包帯を片付けながらぽつりと呟いた。
    「来年から俺がいなくなったらどうするつもりなんだ。お前は」
    「……そんなの……」
    考えたくもなければ、知りたくもない話だ。クリスマスというのは、要は一年が終わるまであと一週間で、そうして新年が明けたらすぐに先輩たちの卒業がやってくる。薄々勘づいていたけれど、突きつけられた現実に俺は知らないですよ、とつい口をつぐんだ。
    「比べたいつもりじゃないんだが、南雲や仙石を見ているとお前のそのやる気のなさは不安でな… ううむ、いやでも、伏見を前にした時の前のめり具合は凄まじかったが…いや、でもな……」
    「だってしょうがないでしょう…俺、別にアイドルやりたくてここに入ったわけじゃねえんだし……先輩が思うような期待の星でもないし…」
    期待外れだったでしょう、という気持ちを込めて、俺はわざと冷たく言い放った。この人は4月の桜が咲いた頃からずっとこうだった。お前はやればできる、原石なんだ、だからちゃんとアイドルをやろう。どれだけやる気がなくても、できなくても、今回みたいに大きなヘマをしてもずっとずっと、同じような眼差しをむけてくれていた。それこそーー変に期待外れの視線を向けるよりも、ずっと、重く。
    拗ねた俺にムッとしたのか、先輩が向かいに座った。保健室の冷たい椅子の上で、じっと俺を見つめて、あのな、と神妙な眼差しを向けてくる。
    「高峯。俺が卒業したらアイドルを辞めるとは言わないよな」
    「……それは」
    どうしてそんな答えづらい質問を真っ直ぐにぶつけてくるんだろう。向いていないしやりたくない、だけど、とそこから先は言い出せない言葉が、喉の奥で引っかかっている。
    いえば楽になるんだろうけど、それを言ったらきっと目の前の先輩に申し訳が立たない。それに、ここまで頑張れたから、と柄にもない言葉が頭をよぎった。
    「南雲や仙石もいるし、『2wink』みたいに、お前と同級生で同じようにアイドルを頑張る仲間がいるだろう。伏見だって確か二年だろう? 後一年は一緒に同じ学院にいられる」
    「……なんですか、それ」
    言っておきながら、俺もなんとなくは理解していた。遠くない未来。先輩が、俺のそばにいられなくなったとき。『流星隊』の中心で輝くこの人が、夢みたいに消えちゃったら。そのときに、俺はきっともう輝けないかもしれないのだ。
    「誰でもいい。お前の心の支えになるなら、なんだっていい。……俺がお前に、何かをしてあげられる時間は…きっと、もう少ないだろうからな」
    肩を掴んで、先輩は力が抜けたように笑った。
    「お前はダイヤの原石なんだ。俺は信じているぞ、高峯」
    どうして、そんなふうにヘマをした俺に優しいんだろう。やっぱりそんなもんか、って諦めて、表面上だけとり繕ってくれたっていいのに。
    「準備運動をして、ちゃんと舞台に立つんだ。笑って、お前を応援してくれる人を笑顔にしてくれ。俺は…できれば、そんなお前がもっとみたいんだ」
    暗くなって空から雪が落ちてくる。そんな日なのに、先輩は太陽みたいにニコニコ笑う。いなくなるなんてそんなことを想像もつけないし、そうなった時のことなんか知らない。これから先のことを、俺自身が何も描けないのに、この人はずっと未来を信じている。
    俺が、ここで、アイドルとして在ることを。
    眩しくて痛くて、どうしようもないくらいに重たい言葉だ。俺はそれに答えないでスッと立ち上がる。テーピングのおかげか、痛みはさほどない。
    「無視は駄目だぞ高峯!! こら!ちゃんとお返事してくれると嬉しい!!」
    「みんなを待たせちゃダメでしょ… ええと、手当てありがとうございます。早く行きましょう」
    「うむ! 何かあったらちゃんと頼るんだぞ!」
    それもあと数ヶ月のくせに、という言葉を飲み込んだ。口にしたら最後、何かが溢れてしまいそうだった。
    クリスマスが始まる。年末がやってくる。新しく明けた年の、その先を思うと、俺の心はやっぱり重くなる。呼んでも助けに来てくれないヒーローなんて、と肩を抱いてきた先輩に、少しだけ反発したくなった。
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