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    ema17957904

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    ema17957904

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    自分なりの「鬼イニでもハピエン」。というか、鬼イニではないけど、この世界線なら仮に鬼イニになってもバッドにはならんだろうという世界観の説明みたいなSS。竜が鬼になっているので、結局竜イニなのかもしれない。死にネタに属するかもしれません。

     蒙古と戦を続けるうち、色々な筋から幾つかの甲冑を手に入れた。どれも腕のある甲冑師が作った良いものに相違なかったが、いかんせん甲冑は消耗品である。敵と刃を合わせるたびにどこかしら壊れていくものだ。
     幸いにして島の甲冑師は皆腕が良い。だがこと安達家の鎧の修理にあっては 黄金寺にのぼりを構える甲冑師の元へ持っていくことが、息子の形見とも言える鎧を惜しげもなく仁へ与えてくれた政子への誠意であり、また、安達家の菩提寺で修理することで繁里の魂が仁に法外な力を貸してくれるのではないかという験担ぎでもあった。

    「この程度でしたら、明日には完了致しますよ。今宵はこの寺で休んでいかれてはどうです、境井様」
     仁が持ち込んだ鎧の様子を見終わってから、甲冑師の女はにこりと笑った。
    「ふむ……では、そうするかな」
    「私と同じ村からここに逃げてきた仲間に、夕餉の準備をさせますよ」
    「そうか、助かる。では、少ないが蒙古から取り返した食糧をその者に預けよう」
    「それは痛み入ります」
     もはや顔見知りとなった甲冑師に鎧を預け、一夜の寝床を確保しようと一歩踏み出した仁の目に、一人の法師とその周囲に集まる民の姿が映った。今宵はこの寺で過ごすと決めたのだ、時間は明日の朝までたっぷりとある。仁は集まった人々の二歩ほど後ろに立って、朗々と語る法師の声に耳を澄ませた。
     それは一人の女の話だった。いや、正しくは四人の武士の話なのだろう。冥人と呼ばれる侍たちがばっさばっさと魍魎を斬り伏せ、様々な仕掛けを知恵と勇気と仲間との協力で切り抜けていく冒険活劇。法師の語りは軽妙だった。敵の策略で一人仲間からはぐれた侍が、鬼に囲まれつつも獅子奮迅で戦う様に、聴衆は皆息をのんで聞き入った。もはやこれまでかと侍が死を覚悟したその時、姿が見えぬほど遠くから弓取りの一矢が鬼の頭を打ち抜いた時など、喝采が湧いたほどであった。
     絵巻物語が音となって形を成したその空間に、仁も珍しく好奇心を持って聞きいっていたが、敵の親玉である壱与という女の素性が知れるほど、仁は不思議とその女に惹かれる思いがした。
     対馬を守るべき巫女でありながら、島の全てを自らの手中に収めようとする女。それは冥人が討つべき悪霊。憎まれ滅ぼされ封されて当然の存在。
     決して許されることではない、壱与が迎えるであろう結末は滅びであり、そしてそれは妥当なものである。
     だが、仁の胸には女への悲哀が去来する。島のために腹の子もろとも土の下へ埋められた哀れな巫女のなれの果て。島を恨み神を恨みこの世のすべてに絶望し、ついに鬼である般若に姿を変えて、この島のすべてを否定しようとした。
     哀れだ。あまりにも哀れだ。
     仁はそっと人だかりを離れ、火を囲む男たちに声をかけ、その輪に加わった。男たちは最初こそ冥人の境井仁に気後れし、かしこまってしまったが、仁が腰の袋から取り出し火にくべた芋がほくほくと湯気をたてるようになる頃には、仁の人柄に気を許し、談笑しながら火をつつくのだった。



    ◆ ◆ ◆



     ふっと意識が浮上した。ぼうっとぼやけていた視界に、色の薄い風景が映る。見忘れるはずもない、故郷の青海村であることは間違いないのに、脳裏に刻まれた色彩に溢れるあの原風景とはまったく違う。そのくせ、毒々しいほどに赤い紅葉と清廉な白い花の交差する様だけは妙に鮮やかだった。
     ここへ来るまでどこで何をしていたのか、何故青海村へ帰って来たのかもとんと覚えていなかった。
     仕方なく、足が赴くままに村を歩く。田に水をひく水路をひょいと越え、畦に沿って道を歩けば、幼い頃より慣れ親しんだ青海湖のほとりに着く。そこに、男が一人立っていた。
     深くかぶった菅笠に、片方の肩を隠した蓑。その格好をした彼と、共にこの村へ帰ってきたことはない。故に、男は青海湖を背に立ちながら、どこか周囲の風景から浮いていた。
    「竜三」
     名を呼んで、思い出す。友を斬ったその刹那を。死んだはずの友が目の前にいる。ならば、自分も死んだのか。はて、死んだ記憶はないものの。
    「仁。ここはなあ、鬼の世界だ」
     仁の疑問に答えるように、竜三は口を開いた。しばし考えたのち、仁はああと頷いた。
    「法師が語っていた異界か」
     いつの間にやら迷い込んだか。心当たりはないが。
    「いや、しかし竜三、お前は角も牙もないようだが、それでも鬼なのか」
     妙な冷静さが自分でも可笑しいが、こうして友と話す機会が得られたことをおそらく喜んでいるのだ、己は。
     竜三は笠の下方に見えている黒々とした髭に囲まれた口をくっと曲げて笑うと、仁の顔を見ようとするようにわずかばかり左手で笠を上に持ち上げる。
    「鬼には角がなければいけないなど誰が決めたんだ? 鬼とは、人でも獣でもない異質な何か。俺は菅笠衆の頭として、お前や島を裏切ったその時から、島の者にとっては人ではないモノになったんだ」
    「ならば、何故俺はここに来た」
     そう問うてから、ふと気付いた。湖の中、森の影、崖の上から視線を感じる。遠巻きに、数えきれないほどの存在に囲まれている。木立ちの中に、白い頭髪の鬼の姿が見てとれた。こちらに向かってくる気配はなく、まるで無機質にも感じられた。
    「そうか、俺はついに鬼になったのか」
     ふいに、合点がいった。呆れるほど多くの蒙古や悪党を斬り捨てた。そうだ、ハーンの首も討ったのだった。何故今の今まで思い出さなかったのだろう。
    「俺はお前たちの仲間なのか。だから奴らは襲ってもこないのか」
     仁の言を聞いて、竜三は小さく噴き出した。
    「ははっ、お前は仲間どころか親玉だ。壱与の話を聞いただろう」
    「壱与? 誰だ」
    「島のために祈り、恐れられ、腹の子もろとも土に埋められ殺された、般若と化した巫女の成れの果て」
    「ああ、法師の話していた鬼の総領か」
    「お前も同じだ」
     ぴしゃりと竜三が言い放った。訝しげに仁が首を傾げる。
    「同じとは」
    「お前も島のために戦って傷つき、恐れられ、そして殺された」
    「俺が殺された?」
     竜三の言葉を繰り返し、そうして思い出した。自分が処刑されたその瞬間を。
     首が胴から離れるその一瞬の虚無感、頭が宙に放たれる浮遊感の直後、地面が近づくのを見た。そして真っ暗。
     そうだった。俺は処刑されたのだ。青海村で。青海湖のほとりで。今立っている、まさにこの場所で。
     蒙古という脅威が去った後、異人の脅威を肌で感じたわけではない鎌倉にとっての最大の厄介者はいまや冥人だった。
     志村と代わり新しく地頭になった本土の御家人は島民に言った。
    「冥人を差し出せ、奴が捕らえられるまでは、鎌倉から島への援助はない」
     皆から出ていくなと制止を受けた。蒙古は去ったのだから、また自分たちで立て直せばいいだけだと。
     だが、島が疲弊していることは仁にもわかっていた。やがて、島民から向けられる視線に、憎しみとも懇願とも判別がつかない感情が含まれていることを感じとった。誰も何も言わないが、目が雄弁に語っていた。
    辛いのだ、苦しいのだ。本土からの同情と支援が必要なのだと。
     だから、出頭したのだ。
    「思い出したかよ」
     竜三に声をかけられ、かろうじて、ああと返した。
    「お前の首は城門に十日間さらされ、その後青海湖に捨てられた。身体は獣の餌だ。ひどい仕打ちだ」
    「ゆなはどうした」
     最も大事な仲間の処遇を思った。
    「出頭する前にお前が奴に預けた短刀を抱いて、島を出た」
     そうか、と、胸を撫で下ろした。わずかに安心したところで、自らの状況について疑問が湧いた。 
    「お前は俺が鬼の親玉だと言ったな。つまり俺は処刑された怒りで怨霊となったのか。俺が、対馬に仇なすものとなったのか」
     仁から問われた竜三は、またぞろ口の端に笑みを浮かべ頷いた。
    「ああ、そうだ。悔しいだろう? 許せないだろう? その恨みは壱与以上だろう? お前がハーンを殺したことで、結果として本土すら救ったというのに、奴らはその功績を認めず、むしろ奪い、お前の存在を消し、伯父御を差し置いて島を治めて、これからも対馬を本土防衛のための塁にする」
     竜三が伸ばした手が仁の肩に置かれる。
    「壱与のように恨みを晴らせ。お前にはその資格がある。その権利がある。対馬だけではなく、本土にも攻め入ればいい。ここにいる鬼は皆、お前の眷属だ。お前の下知があれば死ぬことすら厭わない」
     竜三が言うことが本当なら、ここにいる俺は怒りの化身、怨念が人の形を成している異類に過ぎない、と仁はぼんやりと思った。頭が怒りに支配されているなどとは到底思えなかったが、こうして鬼に囲まれても殺気の一つも向けられないということは、やはり自分が鬼になったというのは真なのだろうと納得する。そもそも気づいていないだけで、実は姿形もとっくに恐ろしい異形のものに変化しているのかもしれない。
     しかし、そう納得したうえでなお、竜三の言い分に嫌悪が湧く。

     あれほど憎んだ蒙古たちと、同じことをしろと言うのか。島を蹂躙し、伯父と袂を分つことになってまで必死に守った無辜の命を奪えと言うのか。

    「できない。やりたいとも思わない。冥人となったことは、誰かに強制されたわけではない。すべては己で選んだ道だ」
     竜三は仁の肩に置いていた手を下ろし、菅笠を目の上まで押し上げた。仁と一寸の間見つめあったのち、ふっと優しく微笑む。
    「お前は鬼じゃねえよ」
    「え?」
    「人でも獣でもない異質な何か。それらのものを人はこう呼ぶ。鬼、妖怪、霊、あるいは神」
     竜三が言いたいことを察することができず、仁は沈黙をもって先を促した。
    「お前の遺した境井家の太刀を、社に奉納したんだ。お前は神になった」
    「いや、だがお前、俺は鬼になったのだと言ったではないか。それでなくても、神などと……」
    「すまん、騙した」
    「お前、からかったのか!? それとも試したのか!? この……痴れ者め!」
    「神様がやれって言ったんだよ! 壱与の時のように石に封印されてはかなわんってな」
     小突くように伸びてくる仁の拳を避けながら、竜三は一歩後ろへ下がる。その様をじろりとねめつけて、仁は不機嫌そうに腕を組む。
    「そもそも、神になっただの、それも出鱈目であろう。俺を社に祀るなど、鎌倉が許すはずもない」
    「鎌倉はな。お前が死んで、三百年が過ぎた。鎌倉幕府なんざとっくに滅んだよ」
    「さんびゃ…!? 鎌倉が滅……滅ぶものなのかアレ!!」
    「ふっ……ははっ、お前が慌てる様を見られるなんて、鬼にもなってみるものだな。いいよ、俺が知っていることは全部教えてやるから、黙って聞きな」


    お前が遺した太刀は青海村の連中が、何代にも渡って隠し続けてきたんだ。鎌倉が滅んだその後も。鎌倉がなくなった後、なんだかんだあって日の本中で合戦が起きてな、最終的に日本を統一したのが豊臣秀吉、太閤秀吉って男さ。今度な、その太閤が大陸に挙兵する。当然対馬を経由していくのさ。それで、青海の連中も今が好機と思ったんだろう。宗氏を通じて太閤に働きかけたんだ。あ? 宗氏ってのは戦国の世からこっち、対馬を治めてる武家だよ。話の腰を折るんじゃねえよ。でな、幕府に逆らい大陸からの侵略者を撃退した冥人を軍神として祀ってはどうかと持ちかけたら、そりゃあ太閤は験担ぎにはちょうど良いと二つ返事で諒よ。
    すげえ世の中になったもんだよな。田舎の侍が日の本を統一して朝廷をないがしろにし、今度はこっちから大陸に乗り込もうってんだからな。あ? 高麗の民が心配だ? 今は高麗じゃなくて朝鮮っていうんだが、まあそりゃあいいや。そんなに心配しなくても、そこまで酷いことにはならねえんじゃねえか。太閤ってのは生まれは農民の出らしいからな。嘘じゃねえよ、どこぞの田舎の農民だって……まあ金はそこそこ持っていたのかもしれねえが。
    もうなんでもありの時代だったんだよここしばらくは。人じゃねえ俺らから見ると、血で血を洗う乱痴気騒ぎだな。

     竜三の語りを、仁は相槌を打ちながらほうほうと聞いていた。自分が知る世とは異なっている事柄、そのくせ鎌倉の時代から変わらない人の営み、諸々が興味深く新鮮だ。
     日の本中を巻き込んだ戦乱の世が終わり一息ついたところで、次は大陸へ攻め込むという。太閤が彼の国のことをどの程度知っているのかはわからないが、古くから大陸と交易をしている対馬の者は知っている。高麗も唐国も、一朝一夕で落ちるような国ではない。気候は上県よりも厳しく、10月には積雪があるような場所なのだ。戦線は伸び派遣は長くなるだろう。それだけ金も物資も必要になる。
     大陸に渡った者も残った者も、疲弊し死人が多く出る。世が混乱すると、そこにつけこんだ悪しきものがするりと人里に入り込んでくるのだ。
     ならば、守らねばならぬ、と仁は思った。神になったなどという実感はないが、死人の友とこれだけの鬼を前にして、自分が人ならざるものになったのだという事実は大いに理解した。
     仁はぐるりと周囲を見回した。遠巻きに見ていた鬼たちが、じりじりとその包囲をせばめてきている。まるで子供の遊びだ。
     仁は竜三に向き合って訊いた。
    「何故俺の眷属は鬼なんだ」
     今更鬼が憎いとも怖いとも思わない。だが、神が使役する対象としてはいささか珍しいように思う。
     問われた竜三はさあなと吐きながらそっぽを向いた。隠したのではなく、本当に知らないようだった。
    「鬼の語源を知っておるか」
    低いが張りがあり聞きやすい声が、唐突に背後から聞こえてきた。振り向くと赤く長い鼻の面をかぶった天狗が、鴉を従え立っている。仁はいいやと首を横に振った。
    「鬼とは元は隠(オン)と言って、つまり隠れていて目に見えない神霊のことだ。唐国では死霊のことを鬼(キ)と呼ぶ。2つが合わさって生まれた言葉、概念よ。お主に似合いではないか。對馬の亡霊、冥人よ」
     ふむ、なるほど、と仁は妙に納得してしまった。そして、湖、森、空に向かって声を張り上げる。
    「そういうことなら、皆に働いてもらわねばならぬ。亡霊が何の因果か神になったのであるなら、鬼が神の遣いになることもあろう。この島や国を守るため、力を貸してくれ」
     殺すことしか、恐れられることしか知らない亡霊と鬼である。国に豊穣を与えるすべなど見当もつかない。ならば、この世界に害をなす人ならざる者どもと戦う、軍神となろう。
    「お前たちに生きる場所と戦う意味を与えてやろう。いつしか、鬼が善きものとして人心に刻まれる日まで」
     一際大柄な身体の鬼が、白い頭髪をなびかせながら仁の前に進み出て、片膝をついて頭を垂れた。
    「なんなりとご下知を」
     うむ、と仁は満足気に頷きながら、何故だか黄金寺で出会った法師を思い出していた。彼なら、このいびつな百鬼夜行をどう語るのだろうなと思うと、なんとも愉快な気分になるのだった。
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