二〇二三年六月一九日一時四四分 本機は一〇年ほど前、成田狂児が手に入れた腕時計です。出会ったばかりの成田狂児は、本気を不思議そうに手に取り、いろいろな角度から眺めたり、指先でなぞったりしました。本機は初々しい彼を微笑ましく思いました。
それからずっと、本機は彼とともに過ごしてきました。成田狂児は瞬く間に(実際は客観的な時間が経っています)本機を身につけるにふさわしい人間に成長しました。本機も次第に、彼の手元で仕事を遂行することに誇りを持つようになっていました。本機の革製のベルトは、彼の手首にぴったりの位置にある穴に目立つ跡がついています。誇らしいことです。
二〇一九年六月一六日、成田狂児は岡聡実と出会いました。その瞬間は、本機にとってただの時間でしかありませんでした。しかし、成田狂児にとっては違ったようです。もしかしたら岡聡実にとっても。本機にはよくわからない感情です。
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