ジグソーパズルする聡狂「おはよ」
聡実が目を擦りながら起き上がると、低い声が柔らかく投げかけられた。成田狂児がテーブルに片肘をついて聡実を見つめている。襟元を緩めたこの男が、この近くに勤めてて、仕事終わりにちょっと飲んだんです──と言ったら、人は信じてしまうのだろうか。本当は鶴の刺青を背負った極道である。
「僕どんくらい寝てました…」
「んん──三十分くらいやな」
狂児が店内の時計を見て応えた。
夜勤に入る前、「今日店いるヨ」というメッセージが来ているのは確認していた。退勤してそのまま、歩いて五分ほどのスナックへ向かう。半分閉まったシャッターをくぐって階段を上がり、扉を開く。営業が終わって一通り片付けの済んだらしい店内で、狂児が箱型のスツールに腰掛けてテーブルの上を見つめていた。
「狂児さん」
どこか途方に暮れたような横顔に声をかけると、狂児はまるでたった今聡実に気がついたかのように顔を上げた。
「聡実くん、バイト終わったん?おつかれ」
はあ──生返事をしながら、先程まで狂児が見つめていたテーブルの上に目を遣ると、そこにはジグソーパズルが並べられていた。四隅をとりあえず作ってみただけという様子である。ピースはかなり細かく、何の絵柄なのかは見当もつかない。
「店に飾ろ、いう話になってん」
誰とどう話してそうなったのか、訊ねれば答えが返ってくるのだろうが興味が湧かなかった。だいたいこの男の言うことが本当かどうかもわからないのだ。適当に相槌を打って、狂児の向い、ソファ席に腰掛けた。
いつもなら狂児があれこれと話しかけてくるが、今日は口を開く気がないようだった。大学どう、友達できたん、勉強は調子どう、バイトってどんなことするん──世間話のお手本のような会話は今までに一通り済ませてしまった。
もう話したいことなどなくなったのだろうか。
夜勤明けの頭にそんな考えが過ぎると、わざわざ聡実のほうから話しかける気にもならず、とりあえず目の前のパズルを組み立てた。
聡実はいくつかピースを繋げていたが、狂児はといえば、箱から一片手にとって眺めてはまた元に戻している。やる気がないのだ。
阿呆らしくなってソファに横になった。
深い溜息を一つついたらすぐに眠りに落ちた。何か嫌な夢を見た。
そして目覚めた今も、パズルは少しも進んでいない。