鎮魂黴臭く湿気に満ちた地下道を歩く。
ジョーカーには、馴染み深い、だが、決して好きになれない淀んだ空気の中を闊歩する。
皇国の地下には、もうひとつの世界がある。
光に棲むフリをして闇を利用する者は、
地下世界の表層をなぞって闇を知った気でいるのだろう。
だが、更に奥深くの闇に進めば、光から逃げおおせた者、光を忌避した者、得てして動機が後ろ向きで、ここの空気と同じ様に辛気臭せぇヤツが、ドブネズミみたいにヒッソリ息づいている世界がある。
とは云え、地続きの世界。
人体発火現象も存在する。
特殊部隊の領分ではない地下では鎮魂されずに彷徨う。
絶対数が少ない分、遭遇する確率は微々たるものだ、が、敢えて探せば見つかる。
リヒトと出逢う迄…影から逃れたばかりの頃、ジョーカーは焔ビトを見かけても、攻撃されない限り、適当にいなして、必ずしも殺さなかった。
異界を目撃したジョーカーには、焔ビト化した人間が絶対に戻れないと云う、教会の影でいたときに得た当然の知識さえも、疑わない訳にいかなかった。
焔ビト化から戻れる可能性が、もしかしたら、存在するかもしれない、とそんな疑念を持ったまま、無暗に鎮魂する気には、なれない。
「炭化した体組織は戻らないよ」
その疑問に対するリヒトの回答は淡々としたものだった。
「可能性を検討するとしたら、復元、再生、かな。
その人をその人たらしめるのが何であるか、の定義にもよるけど。ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは「同じそれ」だと言えるのか否か、という問題ね」
ふ、とリヒトの口からため息とも云えないほど短く吐かれた息。
無力さへの自嘲なのか、その表情は僅かに翳ったようにジョーカーの目には映った。
「僕の見解では、脳が炭化してしまったら、万が一、体組織を復元できても、人体発火現象から生き返った、とは言えても、治った、とは言えない…そう思うよ」
それを聞いて、ジョーカーはかつて見逃した焔ビトを、きちんと殺してやれば良かったか、と、そう思った。今も、身体が焼ける苦痛を抱えたまま、地下の何処かを彷徨っているだろう。
無能力者である相棒は、いつ燃えてしまってもおかしくはない。いつか見た炎に包まれた虚ろな眼窩の焔ビトにリヒトの姿が交錯する。
ジョーカーには、そうなったら、苦しまないようにしてやる覚悟が要る。
以後、遭遇した焔ビトは葬っている。
調査の合間に探し、コアを破壊する。
看過した過去をの悔いを濯ぐように。
そしていつか起こるかもしれないその時の為に。
決して戸惑いに手元が狂ってしまわないように。
(了)