変装と称したジョーカーのイタズラ「僕も行きたいなあ」
少しばかり闇カジノへ小遣い稼ぎにいくだけのつもりで行先を告げたら返ってきた、何の気なしに呟いたであろうリヒトの言葉尻を捉えて、「じゃあ行くか」と訊く。
「え?行って大丈夫?僕、これでも天才科学者として世間に多少顔も名前も知られてるんだけど」
本気で行きたいと思っていたわけでもないのだろう、非合法な場所へ赴くリスクを考慮した現実的な答えが返ってくる。
単に、今の作業にちょっと飽きてきていただけ、といったところに俺がマジな調子で答えたのが意外だったのだろうが、それでも行先に興味がありそうだ。
「ああ、だろうな。変装するなら連れてってやる」
「変装?」
半ば本気で、まかせろとばかりに黙って鷹揚にうなずいた。
座らせたリヒトに大きめのヘアコームをつけ、前髪を上げる。
寝不足が常態化している少しかさついた肌に化粧水、下地を手早く叩きつけていくと馴染みの良さそうな色を適当に選び、色調整に手の甲でシャドーを少しだけ混ぜ込んだファンデーションを重ねる。
丸みのない頬に角を誤魔化すようにシャドーをまぶし、頬骨辺りは逆にチークで明るめに顔色を色づかせ、クマの隠れた目元はやや派手な色味で目立たせて睫毛を足していく。
仕上げにと、顎を手に取り少し上向かせてやや彩度を抑えたシックな深い赤色で薄めのくちびるに紅を差す。
「よし、次は…」
のどぼとけを隠すハイネックは柔らかいウール素材、細い腕は出す方がいい。
よく頬杖をつくせいで黒くくすんだヒジを隠すのはアームウォーマーかロンググローブか、胸は多めに詰めて、目線を顔から胸に逸らす方がいいだろう。
リヒトは足も細いから下手に隠して腰回りの固いラインに目が行かないように短い丈で厚めのカラータイツだ。
「ぅえぇ……変装って…こういう…えー…えぇ……」
時折、ちょっと、だとか、これは、だとか、優秀な頭脳は何処へやらといった拙い言葉で留めようとするのを適当にいなして着々と作業を進める。
我ながら良い手際だとかるく達成感を覚えるに至って、髪型こそいつもの蓬髪だが線の細い女の姿の出来上がりだ。
鏡を前にしたリヒトは一度二度、目を見開いたかと思ったら、そのまましばらく固まっていた。
「君…こんなことまでできるんだ…器用だね…」
やっと口を開いたかと思えば、まだいつもの饒舌は戻っていないようだ。
「なかなかイイじゃねえか」
「…うん…確かに…自分じゃないみたいで面白いかも……でもさあ…」
半信半疑といった面持ちで鏡を指さすリヒト。
「確かに凄い変装だけど…ホントにこれで大丈夫かな?僕とはわからなくても…コレ、ホントに女性に見える?」
「ああ、問題ねーよ、だいたい薄暗いしな」
俺が即答すると、どうやら乗り気になってきたようで、じゃあ行っちゃおうかな、と少し楽し気な声が返ってくる。
「じゃあ髪はもうちょい派手なコームで抑えるとして…あとは靴な…」
と、そこまで言って、俺は、やっぱり連れて行くのは無理かもしれねェと思い直した。
だが、物は試し。
すっかり俺になされるがままになっているリヒトの足元に跪くと、ビジューなヒールを履かせてやった。
「……無理っ!!!」
立ち上がらせたリヒトは、予想通り。
ぷるぷると震える様は、まさに生まれたての小鹿。
冷静で慌てふためくことなどない天才科学者様が。
それはもう、俺が思わず大笑いしても仕方がないだろうと堂々と言えるくらいに。
そんな調子でよたよたと歩いては、ついに寄る辺なく俺の腕へとをたどってくる。
堪らず抱え上げて寝室に運ぶ。
もちろんカジノ行きは中止だ。
(了)