うそのひ「発情期になった」
開口一番そんなことを言い放つフェルに、ムコーダはハイハイ、と流しかけて目を剥いた。
昼下がり、スイやドラは満腹になったおなかをさするうちに午睡に入っていたし、ムコーダもゆったりとショッピング…文字通りウィンドショッピングをしていた。
春のうらら、この国にも緩やかな四季があるようで、心地の良い日差しと連動するように、新学期セールの文字が踊るネットスーパーの画面を慌てて消す。
フェルも同じく陽向で昼寝をしていたはずだ。
「……なんて?」
「発情期になった」
間髪入れず答えるフェルに、ううーんと眉間を押さえる。
「……あったんだ、発情期」
「……うむ」
ムコーダとフェルは、すでにつがいである。そして、つがいになってしばらく経つ。なので、その返事にムコーダが違和感を抱くのも秒であった。
「……フェルさんや」
フェルは呼びかけを無視して、ムコーダの背に鼻をつける。くんくんフンフンとムコーダの匂いをかぐ。
荒い鼻息を背中に受けながら、鼻が背筋をマッサージしてるみたいだなと思う。もう少し強く押してもらうと気持ちがいいかもな、と気がそれるが、そうではないと思い直してフェルに向き直った。
ムコーダはふんふんと嗅ぎ続けるマズルを両手で捕まえて、もにもにと揉んでやる。
「発情期なの?」
「…そうだ」
「つがいがいると発情期がくるの?」
「そうかもな」
「春だから?」
「それもあるかもしれん」
もみもみ、もみもみと顎の下から鼻の上までもみ上げたり、以前より柔らかくなった頬肉を挟んで摘まんで揺らしてやると、うっとりとしたようにフェルが目を閉じる。
「フェンリルは春が発情期なんだ?」
「……そういうことも…あろうな…」
気持ちがよいのか、額をぐりぐりと喉に押しつけてくる。陽の光をたっぷり吸ってふわふわになった白と銀の毛が皮膚に擦れてくすぐったいなと思う。
フフ、とムコーダはのどの奥で笑った。
「スイに、今日はなんの日か聞いた?」
耳の付け根をもみ込みながら、いたずらっぽくその耳に吹き込んだ。
ピクリとフェルの耳が動く。
「……なんの事だ?」
「……まあいいでしょう」
とぼけるフェルに、ムコーダは声を落として小さくつぶやく。
「奥の部屋、いこっか?」
フェルは瞬きをした。十中八九戯れだと一笑に付されるかと思っていたが、乗ってくれるらしい。
喉に触れていた睫毛が素早く動いてくすぐったいなとムコーダは笑う。
このつがいはどうも誘うのが下手である。ついでに嘘も下手であるらしい。
いや、下手くそなのはお互い様かな?と、額の十字に唇を寄せた。
四月馬鹿 銀の毛並みに 光散る
あなたとわたし 下手くそな嘘