おうどんこねこね さてさてと王都で大量に仕入れた小麦粉を目の前に俺は腕組みをする。
小麦粉には薄力粉とか強力粉(前に俺が間違ってネットスーパーで買ってあんパンつくったやつ)があるのは知ってるけど、ここ異世界で作られている粉はどっちだろう。パンによく使われるっていうからやっぱり強力粉寄りなのかな。
パウンドケーキとかは薄力粉で作るし、強力粉ならあれができるはず、あれだ、あれ。
うどん!
脳内でててーん!とSEを鳴らして、手持ちの一番おおきいボウルを取り出した。スイに作らせたミスリルの特注品だ。
ネットスーパーのチルドのうどんも冷凍のうどんもそれはそれで美味しいし、モチモチ感も充分だけど、やっぱり打ち立てのうどんの美味しさは別物だと思うんだよね。
ドサドサと小麦粉をボウルにあけながら、俺は塩水を用意する。うどんなんて作ったことないけど、前に強力粉買ったときについてきたレシピにうどんがあったのだ。捨てなくて良かった。
塩水を注いで、そぼろ状になったら両手で一つにまとめる。量が量だけに肩に力をいれて全身でこねる。こねるんだけど、これはすごく…つかれる…ぞ!
ヒイヒイいいながらなんとかひとつにまとまった粉の塊を、一番おおきなビニール袋に入れた。二重にする。
ここからは足で踏んでコシを出すのである。グルテンを増やすのである!
「ほんとはみんなに手伝ってもらいたいんだけどねー」
でもドラちゃんは体重が足りないかなあ、スイなら大きくなったらいけるかな?
生地をふみふみしながらブツブツと呟いていると、それを聞きつけたのか食いしん坊カルテットが顔を出した気配がした。振り返ると四者四様首をかしげてこちらを遠巻きに見ている。
『あるじー、なにしてるの?』
スイが首を…首?顔をかしげながら聞いてくるので、うどんをつくっているんだよと答えると、ツルツルのやつだ!と飛び跳ねる。そんなに量がつくれないからねと言ったら悲しそうな顔をしたので困ってしまった。
「でも俺ひとりだとみんなが満足する量は難しいかなー、手伝ってくれたらなんとかなるかなあー」
コシを出すとこだけでもやってくれると助かるんだけどなーチラッチラと目線をなげたら、フェルがひっかかった。
『それを踏めば良いのか』
俺の足元のうどん生地を指すので、そうだよと肯定してやるとスイとドラちゃんがささっとやってきて生地のうえで跳ね始めた。
フェルとゴン爺も寄ってきて踏もうとするけど、あることに気がついてあわててストップ!と声をかける。
片足を上げたままの姿勢でフェルとゴン爺が固まる。
「フェル、爪しまえる?ゴン爺も」
大きい組ふたりが顔を見合わせた。
『完全にしまうのは無理じゃのう』
『同じく』
「じゃあだめだー」
爪でビニール袋を破いてしまったらおしゃかになっちゃうもんな。
やっぱり地道に俺が踏むしかないか、量は我慢してもらおう、といったら、スイがぴくりと顔を天に向けた。
『……うん、おうどんだよー……そう、ツルツルでおいしいの!……でもいっぱいつくれないの……』
独り言のようになにやら話している。これは、あれだな。神託だな。お供えするとき俺もこんな感じなのかな……ひとりでしゃべってる感ハンパないな……絶対に人前でやらないようにしよ……
『!ほんと?わーい!ありがとうー!』
スイが多分女神様、ルサールカ様だろうな、と話していたらなにやらお礼を言い始めた。と同時に、手持ちのビニール袋がパァァと光を放つ。
「えっなになになに」
光が収まって、スイがニコニコとうれしそうに言う。
『あのね!めがみさまがね!その透明な袋をつよーくしてくれたって!』
「ええ~!?」
鑑定をすると、【神器・ビニール袋:異世界の袋。ルサールカの加護によりとてもつよくてドラゴンが踏んでもやぶれない。】と出た。
な、なにやってくれてるんですか……。
そう簡単に神器とか作らないで欲しい!管理するこっちのことも考えて欲しい!!
口をあけたまま恨みがましい目を天に向けるけど、むろん天界が見えるわけもなく、ただただ天井をみあげただけになった。
『おうどん、めがみさまも食べるって!』
スイが無邪気に言う。お供え、ですね。
……まあ、できちゃったものはしょうがない。
「じゃあ、もうちょっと生地増やすから、フェルとゴン爺はそれを踏んでコシを出してね」
またボウルに粉を入れて追加生地を作成している俺に、ゴン爺が尋ねてくる。
『そもそもなんじゃが、なぜ踏むのだ?』
「えーっとね、コシっていって、うどんのツルツルシコシコ感が出るのが、踏むとグルテンっていうのができるからなんだよな」
『粉が変化するのか』
「うーん、そうなのかも?こう、圧力をかけるといいらしいぞ?」
具体的にどうこうというのはちょっとよくわからないので、あんまり聞かないで欲しい。とにかく力を加えると美味しくなるのだ。
『ならば別に踏まずとも力をかければよいのだな?おい爺、庭に出るぞ』
『うむよかろう、最近はおとなしくしておったからな』
『騒ぎになると面倒だ、魔法、ブレスはなし、いくら神器といえども爪、牙もやめておくか』
『縛りがないと街が消え去るからのう』
ビニール袋に入れられた生地を受け取りながら、なんだかとても物騒なことを言っている。
「ちょちょちょまった!なにする気!?」
俺の静止も聞かず、フェルとゴン爺は中庭に駆けていく。
飛び出した先で、ポーンと、うどん生地の入った神器・ビニール袋が宙を舞った。
ガルルルルル!!
ゴァァァァァ!!
2人が唸り、駆け出す。フェルの頭とゴン爺の頭がガツッとぶつかりとても痛そうな音が響く。
控えめに言うとぶつかり稽古だ。異種格闘技だ。種族的な意味で。
その間にはひしゃげてでろんとなったうどん生地がいた。なんだこれ。
うどん生地がそこから落下すると、地面につく前にゴン爺が蹴り上げた。浮いたそれをバレーボールの球のように右腕でたたき下ろす。
バチーン!とうどん生地にあるまじき音がして、フェルの横っ面にぶつかる。
フン、と鼻息ひとつたててフェルがうどん生地を頭でバウンドさせる。ヘッドリフティングの要領で持ち運びながら、ぽいっと空中に投げてくるりと身体を回転させた。
後ろ脚で、うどん生地とともにゴン爺の首にキックを放つ。それを受けたゴン爺がドゥっと倒れ込んだ。
すかさずフェルがその上に乗り胸に前脚をかける。うどん生地ごしに。
その足を掴んで、ゴン爺がブンっと振り回した。軽く空を飛ぶフェル。とうどん生地。
くるりと宙で回転して着地しかけたフェルに、ゴン爺はその大きな尻尾で横薙ぎにした。それを僅差でかわすフェル。うどん生地はかわせないので思いっきり吹っ飛んで庭の木にビターンとはりついた。
木がミシリと音を立て、そこに居た小鳥がバサバサと飛び立つ。葉っぱがバサバサと落ちてくる様子をみて、ハッとした俺は大声を出した。
「ストーップ!!それ以上したらうどんなし!食パンにするからな!!」
それを聞いて悪びれず、なんだ力をかけだだけだろうがやら言われたとおりしただけなんじゃがのうなどとのたまうふたりをジッと睨んで木の幹に張り付いたうどん生地を回収する。手が届かなかったのでドラちゃんに手伝ってもらう。
「まったく、ちょっと目を離すとこれだから……」
プリプリと怒りながらうどん生地の状態を確認すると、かなり固くなってこねあがっていた。さもありなん。
これで、あとは小一時間寝かすだけ……うどんはなににしよう。やっぱり天ぷらうどんかな。肉うどんもいいけど今回は天ぷらな気分かな。
ちょっと前まで怒っていたこともわすれて、えびと、ごぼうと、ちくわも揚げようか、などと揚げ物をしていたらすぐ小一時間たっていた。
なめらかになった生地を畳んで伸ばして、包丁で切る。伸ばす工程はスイにも手伝ってもらって、ゆでる工程はドラちゃんに手伝ってもらう。なにせたくさんあるからね。お手伝いはどれだけ居たっていい。
つめたい水で締めて、もう一度湯がいて、温めていた出汁に入れて天ぷらをのせる。
今か今かと待っていたみんなに出して、スイに女神様にもお供えさせて、やっと自分の丼をひきよせる。
「……めっちゃもちもちシコシコして……うまいな……」
そうだろうそうだろうとドヤ顔をするフェルとゴン爺をじろりと睨んで、うどんをツルツルと啜る。
あー、うどんおいしい。
END