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    itsumism_bsr

    @itsumism_bsr

    @itsumism_bsr 西 壱津巳です。
    お絵描き系の進捗上げたり、オンラインイベントの展示などしていきます。

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    診断メーカーのお題(三題)で書いたものです。

    10/16今度の新刊『はつこいクラッシャー』に
    収録予定の政府勤務ちょぎくに。
    二振り目の一幕ですが、すみません、これまだ下書きなので、本になる際には加筆修正します。

    #ちょぎくに
    directly
    #新刊ちょい見せ
    #下書き
    draft

    愛したこともないくせに(政府勤務ちょぎくに)20220918 診断メーカー「愛したこともないくせに」

     愛したこともないくせに、手を出した以上は責任があると上っ面ばかり大切そうに囲い込んで。
     恋をしていたのは間違いじゃない。大切にしたい気持ちも嘘じゃない。それでもそれは、愛じゃなかった。
     偽善者の謗りも甘んじて受けよう。
     与えることに酔い痴れて、道を踏み誤ったのが運の尽き。愛じゃない。愛してなんかいない。それでも傍に居てほしい。
     全く大した面の皮だ。

    「山姥切、良かったら出掛けないか。……その、お前は顕現されたばかりだから、この政府施設の外をあまり知らないだろう? 隣接する万屋街に茶の旨い、良い店があるんだが」
     たまの休日に写しのほうからそんな誘いをしてくるなんて、珍しい事もあるものだ。案内ついでに逢引とは気が利くじゃないか、とらしくもなく浮かれた気分は、続く言葉にアッサリと萎んだ。
    「あの店は一振り目のお前ともよく行ったんだ。……お前も、きっと気に入る」
     どこか嬉しそうにそんな事を言うものだから、断るに断れずついて行く羽目になった。すっかり行く気を失くしていても、取り繕うのは慣れている。
    「……へえ、そう。それは楽しみだね」
     引き攣る頬を無理矢理いつもの笑みに変えて、空々しい言葉ばかりが滞りなく口から出て行った。
     愛だの恋だの浮かれている場合じゃないだろう、とそんな事を言えばそれはそのまま自分へと返ってくる。自業自得の四文字が突き刺さる。ああ、愛なんて知らない。惚れた腫れたも他人事。新しい物事へ手を出そうにも、向いていないのは分かっている。
    (だから俺に愛なんて、――――)
     つくづく向いてない。
     
     一振り目の山姥切長義がどれくらいアイツを愛していたかなんて、二振り目の俺にとってはどうでもいい事だった。
     どこかの本丸から審神者の引退で政府へ転属になったという『偽物くん』こと山姥切国広が、どれほど一振り目の『俺』を想っていても、それがどんなに輝かしい思い出だとしても、俺じゃない『俺』がどんなふうにアイツを愛したかなんて、聞きたくもない。
     大切にされたんだろう。
     一振り目の事を語る国広の瞳は柔らかく穏やかで、何の瑕疵も見当たらない。傷ひとつない透き通った球体、それだけで完結している世界。透明な外殻に覆われて外からは触れることすらできない、アイツと一振り目の『俺』だけが存在している過去に、俺は踏み込むことができないでいる。
    (だって、俺のそれは愛じゃないから)
     一振り目への対抗心で、国広の目をこちらへ向けさせたいと思っているだけだ。そんな自己満足のつまらない自尊心で手を出した。
     結局俺は傷付けることはできても、残り続けることはできない。国広の中に残り続けるのは俺じゃない。アイツから一振り目を奪ったのは俺だから、きっとアイツは俺を見ない。
    (――――愛したこともないくせに、欲を張るからだ)
     全く以て自業自得だ、馬鹿らしい。上っ面ばかり大切そうに抱え込んで、形だけの愛情なんて、とんだ茶番だ。
     俺の精一杯の見栄も虚勢も、偽物じゃない愛を知るアイツにはきっと見抜かれていただろう。それでも傍に居てほしいし、それでも傍に居たかった。だから自分からこの状況を壊すなんてことはしたくない。
    (誤魔化し続けて現状維持を狙う、なんて上策とは言えないが……他にどうしろって言うんだ? もうここに居もしないやつを相手にどうしろって……)
     卑怯者よと言わば言え。どうせ一振り目はもう戻らない。
     政府の同部署に顕現できる個体数の上限を超えていたとかで、二振り目の俺を顕現すると同時に一振り目の顕現が解けてしまったのだという。
     僅かな資材だけを残して、一振り目は本霊へ還ってしまったのだろう。政府へ転属となって以来、一振り目の山姥切長義と組んで仕事をしていたという山姥切国広は目の前で相棒が消えて、さぞ驚いたに違いない。泣いた、とも言っていた。
     それでも顕現されデータ移譲を終えた俺が、目を開けて最初に見たものは、俺の口上を聞いて静かに微笑むアイツの顔だった。
     
    「茶が旨いと言うから、てっきり甘味や喫茶店の類だろうと思っていたんだけどね……」
    「何だ。旨いだろう? 一振り目の山姥切もここの茶が一番旨いと言っていたぞ。俺がラーメン餃子定食を食べていると、見ているだけで満腹になるから茶で十分だと……」
    「皮肉じゃないかな、それ。気付けよ」
     まあ、確かに茶は旨い。
     ラーメン屋にある水代わりの無料のものではない。高山烏龍茶というらしい、良い茶葉を良い茶器で淹れてくれる。
     元々は中国茶を扱う茶藝館だったという瀟洒な建物を、居抜きで買い取って餃子とラーメンの店にしたらしい。餃子もラーメンも日本式の味と見た目だが、何故か本格的な点心と茶藝館らしい旨い茶も出している。
     茶を頼むと何度も差し湯をしてくれるし、茶請けに一口サイズの点心も日替わりで付いてくるので、確かに軽くつまむだけなら茶だけ頼めば十分だった。
    「今日は海鮮翡翠餃子だそうだ。良かったな」
    「良かったって、何が?」
    「翡翠餃子が出てくると、あいつはいつも嬉しそうにしていた。……俺はいつもラーメン餃子定食だから食べたことはないが、きっと旨い」
    「…………そう」
     自分の事のように嬉しそうな顔をしてはにかむ写しに、歪みそうになる顔を必死で堪えた。その笑みに何ら含むところはなく、国広の言葉は善意からのものだろうと分かっている。分かっているが、気に食わない。完全に俺の我儘だ。
    (口を開けば一振り目、一振り目と……今、お前の目の前に居るのは俺なのに)
     苛立ちが腹の底で燻っても、意地でも顔には出すまいとする。必死で表面を取り繕って、それはもう居もしない一振り目への、俺なりのささやかな抵抗だった。
     
    「……は――――」
     仕事机へ頬杖をついて深い深い溜め息を落とす。
     結局昨日は休日を丸一日使って写しの昔語りに付き合う羽目になった。悪気がないのは分かっているが、こうも度々一振り目の事を持ち出されると、流石に草臥れてうっかり襤褸を出しそうになる。
     取り繕うのは慣れている。
     それでも、表面をいくら取り繕ったところで何も思わないわけじゃないのだ。モヤモヤと飲み込みきれない、割り切れない思いが消えるわけじゃない。燻るものが無いわけじゃない。
    「……くそ、手強いな……」
     偽物くんのくせに、とこれは声には出さずに呟く。今は部屋に一振りの筈だが、職場で迂闊な事を口に出したりしたら誰が聞いているか分かったものじゃないだろう。壁に耳あり障子に目あり、と昔から巷間に言うことだし。
     二振り目だと分かっていても、俺にだって矜持はある。
     山姥切は俺だ、と言えば否定はされることはないだろう。俺も一振り目も、山姥切長義の分霊であることに変わりはない。
     偶々政府のこの部署で顕現されたというだけの、上にしてみればそれが一振り目だろうと二振り目だろうとさして違いはないのだろうが、名や逸話に拘りを持つ俺達山姥切にとって、その扱いはつまらない対抗心を抱かせるには十分過ぎた。
     俺は、俺こそが山姥切だと自負している。恐らく一振り目だってそうだったに違いない。
     だからといって思い出ばかり口にする写しを譲ってやる気は更々無いが、それにしても肝心の国広が自他の感情に鈍すぎるのが難点だ。どうにか俺のほうへ振り向かせたい。
     これは恋だろうか、執着だろうか。まさか愛ではないだろう。これが、こんなものが愛だなんて到底認められはしない。それでも。
    (……この独占欲が、いつかは愛に変わるのかな)
     それは、俺達にとって果たして良い事なんだろうか?

     夕方になると食事に誘いに来る写しは、本当に何を考えているのやら、皆目見当がつかない。あまり表情豊かとはいえない、その性質も相俟って、本当は何も考えていないんじゃないのか、とつい勘繰りたくもなるというものだ。
    「――山姥切、腹が減っただろう。食堂は混み合うから、外へ食べに出ないか?」
     思わず目を眇めて溜め息をついてしまったのも許してほしい。本当に何を考えているんだろう、この写しときたら。そんな嬉しそうな顔で寄ってこないでほしい。
     またどうせ一振り目の話を聞かされるんだろうと分かっているのに、そんな顔をされたら絆されそうになるじゃないか。
    「お前、いくら俺の教育係だからって、そこまで世話を焼かなくたっていいんだよ」
     不機嫌さを見せないようにと思っても、何だか釈然としない気持ちでついそんな意地悪を言うと、山姥切国広は怯んだように立ち止まる。それから見る間にしゅんと悄気て肩を落とした。
    「……そんなつもりはなかったんだが……その、俺と出掛けるのは嫌だっただろうか」
     布を被った極める前の写しなら、布を引き下げてすっかり顔を隠していたところだろう。小さく萎んだ声が不安そうに揺れる。
    「嫌ではないけどね。……一応、そういう関係の筈のお前から、毎度毎度、一振り目との惚気話を聞かされる俺の身にもなってほしい、というのが正直なところかな」
     流石に些かうんざりしていたところだったので、隠さずにそう言うと、写しは弾かれたように真っ赤になった顔を上げた。
    「惚気……っ? いや、待ってくれ。山姥切。俺は、本当にそんなつもりは……」
    「そんなつもりもなく、あんな幸せそうな顔で俺に惚気ていたの。お前は?」
    「……っ?」
     別に悪気があってしているわけじゃないのは、俺だって分かっている。それでも混乱極まって言葉に詰まるコイツが何を考えているのかなんて、聞かなきゃ分からないじゃないか。
    「ねえ、国広……俺の写し。お前、一体どういうつもりなんだ?」
     もし俺を一振り目の代わりにしようというなら言ってくれ。とどめを刺してくれ。それなら俺も諦めるから。諦めてやれるから。
     そしてもし、そうじゃないなら。
     俺を俺として見てくれるのなら言ってくれ。この場所で二振り目の俺に、お前だけだと言ってくれ。
     神にも祈る気持ちで答えを待つ間にも、俺の顔は普段とそう変わらなかっただろう。取り繕うのにもすっかり慣れてしまった。この関係に終わりが来ても、きっとこれまでと変わらずに接してやれるから。だから頼む、どうか。
    「……山姥切。……俺、は……」
     困ったように眉尻を下げて、途方に暮れた顔の写しが口を開く。
    「すまない、俺は……お前と居られるのが、嬉しくて……」
    「……は?」
     なんだそれは。
     思わぬ答えに虚を突かれて瞬く。俯く写しはそれに気付かないまま、訥々と言葉を続けた。
    「――本当にすまない、浮かれていたんだ……。一振り目のお前とは、こうしてまともに話すこともできなかった。俺は、つまらない意地を張って……共に居られる時間を無駄にして……何も言えないまま、もう二度と会えなくなってしまった。……それをずっと、後悔していて……それで、今度は……今度こそは、お前と、きちんと話をしようと……」
    「ま、待て、ちょっ、ちょっと待て! ……え、どういう?」
     今度は俺が慌てる番だった。
    「――お前、一振り目ともそういう関係だったんじゃないの?」
    「っ俺は! お前以外とああいう事はしていない……!」
     涙目でキッと睨まれて、今度こそ俺は固まってしまった。柄にもなくオロオロと手を彷徨わせ、また俯いてしまった写しに声をかけることもできず。情けないが慰めることもできやしない。
     だってそうだろう。泣く子と地頭には勝てぬ、って言うじゃないか、昔から。泣かせるつもりじゃなかった、なんて言い訳するのも恥ずかしいが、正直言って俺のほうこそ泣きそうだったんだ。こんな事態になるなんて。
    「…………ええと、国広……」
    「……っ、何だ」
     鼻声で返す写しの鼻頭が赤くなっているのを、そんな場合でもないのに、かわいいなと思ってしまった。
    「……その……本当に?」
     黙って睨まないでほしい。俺だって反省している。
     そんな可愛い顔で睨まれたら、今度こそきっと歯止めがきかない。抱き潰してしまったらどうするんだ、お前。
    「………………そうだと言っている」
     ぐす、と鼻を鳴らす写しを、俺はこんな時だっていうのに満面の笑みで掻き抱いた。どうしてやろう、頭からガブリと食べてしまいたいくらいだ。
     何だかずっと暗い嵐の中を彷徨っているような気分だった。
     重たく暗い雲が垂れ込めて、行く先も見えずに泥の中を足掻いているようで、終わりも見えず藻掻くことに疲れていた。それがまさか、俺の一人相撲だったなんて思いもしないで。
    「――馬鹿だな、お前も俺も。……はは、お前の言葉ひとつで、全部信じられるよ。心の中が嘘みたいに晴れて……」
     簡単な話だったんだ。
     お前に一振り目と二振り目の俺がいたって、俺にはお前だけ。だから嫉妬したって構わない。執着したって当然のこと。それが愛かどうかなんて、結局のところどうでもいい。だってお前の前に居て、こうして触れられるのは俺だけなんだから。
    「もう逃してやれないからな、覚悟しておけ」
    「俺は……始めから、そのつもりだったんだが」
     憮然として口の中でモゴモゴと呟く国広に、知らず頬に笑みが浮かんだ。誤魔化すためじゃない、取り繕うのでもない笑みを、俺は久し振りに浮かべていたと思う。
     なあ、一振り目。お前のお蔭で随分と遠回りをしたけれど、結局俺達のこれからはお前が居たから成り立っている。その事には感謝してやってもいいさ。
     お蔭でほら、世界が明るく見えたよ。



     【了】
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