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    癒皇さんに拾われた子の話。

    わたしは、おなかがすいて、すきすぎて、うごけなくなっていたところを、いがみさまにたすけていただきました。
    おいしいごはんと、あたたかいおふとんと、やさしいにいさまとねえさまたち。

    「行く所が無いならうちにおいで」

    いがみさまにそういってあたまをなでていただけなかったら、けっきょくのところ、おそかれはやかれ、わたしはまたたおれていたことでしょう。
    なにもできないわたしですが、ごはんとおふとんのほかに、おしごともいただきました。
    いがみさまから、おきゃくさまをおもてなしするおみせだとおしえていただいたので、ほたるねえさまにもじと、ことばと、はなしかたをならいながら、おみせにでるにいさまとねえさまの、おしたくをおてつだいするしごとです。
    おぼえることがたくさんで、たいへんですが、みんなやさしくおしえてくださるので、いっしょうけんめいおぼえています。

     ***

    あるひ、いびつさまからおつかいを、たのまれました。
    よるからおしごとをされる、るりばちにいさまに、あたらしいおきものをとどけます。
    いつもは、よるになったらねむるようにいわれているので、はじめてのおつかいですが、よるまであまりじかんがありません。
    わたしがおくれると、にいさまにもごめいわくになってしまいます。
    ここはひろくて、おきものをよごさないようにしんちょうに、まよわずににいさまのところまで、いかなくてはいけません。

    「行けるか?」
    「はい!だいじょうぶです!」
    「そうか、任せた」

    いびつさまからまかされてしまいました。これは、せきにんじゅうだいです・・・!

    「ルリバチの部屋は分かるな?」
    「はい!」
    「そろそろ夜のオキャクサマがいらっしゃる時間だからな。寄り道せず真っ直ぐ行くこと。あと、途中で誰かに話しかけられても返事をせず目を合わせない・・・、顔を見せないこと。これがルールだ、いいな?」
    「・・・はい!」

    『ルール』は、にいさまやねえさまたちがいちばんさいしょにおしえてくださった、やくそくです。
    どんなときでも、どんなないようでも、かならずまもるように。
    まいにち、くりかえしおっしゃるので、わたしもすっかりおぼえました。
    よりみちをしない。へんじをしない。おかおをみせない。
    くりかえし、いびつさまにこたえてみせると、「よし」とあたまをなでていただきました。

    「じゃあ、行ってこい」
    「はい!」
    「気をつけろよ」

    いびつさまからおきものをうけとって、るりばちにいさまのおへやにむかいます。
    しんぱいそうないびつさまにあたまをさげて、へやをでました。
    にいさまのおへやはたしか、とかんがえながらとおりすがるにいさまとねえさまにあたまをさげてろうかとおへやをかくにんしながら、しんちょうにすすみます。
    まようとおそくなってしまいます。

    「新入りの嬢ちゃん、迷子か?」

    うしろからこえをかけられて、ふりむこうとしたあたまをおさえられます。

    「アカンアカン、顔合わせるな言われたやろ」

    そうでした、わすれるところでした。
    あわててくびをふると、てがはなれていきます。

    「ルール、忘れんように気ィつけや」

    おかおがはいけんできなかったので、どなたかわかりませんでしたがありがとうございます。
    いけません、しっかり、きをつけなければ。
    にいさまのおへやへむかう、ろうかをあるいていると、だんだんといつもはたくさんいらっしゃるにいさまとねえさまたちが、いなくなってきました。
    よるのおみせのじかんは、いつもだとわたしはおへやにもどってねむっているので、すこししんせんなきぶんです。
    おみせのふんいきも、ひるまとちがっていて、だいだいやあかいあかりがつけられて、とってもきれいです。
    にいさまのおへやまで、たぶんあともうすこし。
    ろうかのおくをまがって、つきあたりのきれいなおへや。
    にいさまのおしごとに、まにあいそうです。

    「     」

    だれかにこえをかけられて、おもわずそちらのほうをむきそうになりましたが、さきほどのかたにもちゅういをいただいたのをおもいだして、あわててにいさまのおきものにかおをうめました。

    「     ?」

    なにかをおっしゃっているのはわかりますが、よくききとれません。
    でも、ききとれたところでおへんじはできないので、あたまをさげたままこころのなかですみません、とおことわりをしてはなれました。

    「    」

    なにかこえをかけられたようですが、やっぱりわたしにはききとれませんでした。
    まえをみないままはしってしまったので、じぶんがいま、どこまですすんだのかわからなくなってしまいました。
    おみせのろうかはおなじきのいたがずうっとつづいていて、ばしょをかくにんするには、すこしだけかおをあげて、しょうじのもようをみないといけません。
    ちらりと、おそるおそるもようがみえるようにかおをあげていくと、くろいものがみえました。
    また、おきものにかおをもどして、たしか、たしか、さっきみたときに、まがるところのろうかは、もうすこしさきだったとおもうので、あるきだします。
    なんほもあるかないうちに、ぽすりとだれかにぶつかってしまいました。
    あわててはなれると、かたにだれかがさわっているかんじがします。
    ぶつかってしまったことをおこっていらっしゃるのでしょうか。
    けれど、いびつさまからおへんじをしないように、おかおをあわせないようにといわれているので、いまのわたしにはあやまることができません。
    すみません、いそいでいたのでぶつかってしまいました。
    こころのなかでいってみますが、たぶん、つたわらないでしょう。

    「  」

    いがみさまのこえです。
    そういえば、めのはしにみえるおようふくも、いつもいがみさまがおめしになっているものです。
    すぅっと、いつもはわたしのあたまをなでてくださるてが、にいさまのおきものにうめたままだったほほをはさんで、そっともちあげます。
    ここで、おろかにもわたしは、いがみさまのこえにあんしんして、さからうことも、『ルール』もわすれてかおをあげてしまうのでした。

    それは、いがみさまではありませんでした。

    いがみさまのかおがまっくろにぬりつぶされたようなすがたで、わたしのかたをつかんでいます。
    ひょうじょうはなくて、いがみさまみたいだったすがたも、ざわざわとあわだっていってだんだんいがみさまではなくなっていきます。
    くろいひょうめんから、こまかいいとのようなものがのびてはきえ、ふくらんではまたきえていきます。
    なんとなく、これはよろこんでいるのだとかんじました。
    ほほをはさまれたままだったてのところからも、ふつふつと、まるでおゆがふっとうしているようにあわのぶぶんがあらわれてはきえ、をくりかえしながらじょじょにおおきくなっていって、とうとうめのまえがまっくらになったときに、また、こんどこそききなれたこえがきこえたようなきがしました。

     ***

    「・・・大変申し訳有りません、オキャクサマ。そちらの子はまだお売り出来る『色』を持ち合わせておりません。御眼鏡に適ったのは手前共としても光栄ですが、御容赦頂けると助かります」

    「ええ、ええ。大変お気に召して頂けたのは幸甚の至りではありますが。ですがね、私の姿を模して無理矢理ルールを破らせるのはこちらとしても看過致しかねますので」

    「はぁ、まあ。オキャクサマが桜源郷からの『紹介』でいらっしゃった事も重々承知致しておりますが、こちらとしてもそれを容認する訳にはいかないのですよ。ご理解頂けます?」

    「ですから、何度も申し上げておりますとおり、ルールに無い事を勝手にした挙句に『ルールに無いから合法だ』等と屁理屈を主張されましても承服致しかねます」

    「三色楼では我々3人がルールですので。これ以上、ご納得頂けない場合は『ルール違反』として対処させて頂きますが」





    「はい、はい。全くご承諾頂けないと。・・・・・・ハァ~、もう面倒臭ェな。ハザマくん、一名様ご案内よ~~」

     ***

    「おや、おきた?」

    ぱちり。
    めをさますと、いがみさまのおかおがめにはいりました。
    あれ、わたし、いつかえってきたんでしたっけ。
    きょろきょろとあたりをみまわすと、わたしがふだんつかわせていただいている、ねえさまたちといっしょのおへやでした。

    「ルリバチくんのところにおつかいに行ったんだって?よくできたって褒めてたよ」

    るりばちにいさまのおへやについておきものをわたしたあと、わたしはちからつきてねむってしまったそうです。
    そうして、おへやまではこんでくださったいがみさまは、わたしがおきるまでずっとまっていてくださったんだとか。

    「もうお使いも出来るようになったんだね、色々出来るようになって偉いよ」

    いびつさまにたのまれたわたしのおしごとは、どうやらぶじにせいこうしていたようです。
    おかしいな、とちゅうまでしかおぼえてないけれど。

    「はな」

    はな。いがみさまからいただいたわたしのなまえ。
    いがみさまのやさしいてが、わたしのあたまをなでます。

    「『はな』はね、色の名前でもあるんだよ」
    「いろ? なにいろですか?」
    「青だよ」
    「あおが、わたしのなまえなんですね」
    「そう。三色楼にはたくさんの『色』の名前を持った子がいるんだよ。はなも、姉様や兄様達をお手本にして、たくさんの『色』を覚えて、一つ失くしても困らないくらい鮮やかで強い『色』になるんだよ」
    「・・・はい、がんばります」
    「はなは『花』でもあるからね。綺麗におなり。『花』の子達もたくさんいるからね」
    「ありがとうございます、いがみさま」
    「じゃあこれは、私からプレゼント」

    いがみさまからいただいたつつみをあけると、きれいなあおいろのかんざしでした。
    あお。
    わたしのいろ。
    これが、なにもなかったわたしにはじめてついた『色』でした。

    *****************************

    『色を売る』ということの話。
    ぬりつぶされるときえてしまうよ。
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