俺は一番になりたかった。
三色楼に拾われてから、生きる為に仕事を覚えて色を売って、花も愛想も売りまくって、褒められるのが好きで、俺の事を認めてもらうのが生き甲斐だった。
お客様には可愛がって貰えたし、癒皇さんも会えば褒めてくれるし、依柩さんにも声をかけて貰える事が増えた。
贔屓にしてくれる客も付いたし安定した売上も出している。
正直、昼間の売上にはかなり貢献していると思っているし指名率も悪くないし休みだって無い方だというのに、俺が一番だと自信持って言えないのは昼の内にたったの数日、小一時間だけ座敷に出ているだけの癖に人気と話題を掻っ攫っていく奴。
同じ時間に出ていると聞いた客があいつの話をしだした日にはしゃぶっているモノを噛み千切ってやろうかと思ったぐらいだ。
ずるい。
俺だって一番になって褒められたいのに。
偉い人達からも認められて、俺が可愛くて凄いんだってこと、俺を捨てたあいつらを見返して、生まれてきてくれてありがとうって言わせてやりたいのに。
ずるい。
ずるいなぁ。
俺も、はやく一番になりたいな。
***
三色楼は昼の営業と夜の営業が有る。
昼は一般のお客様。夜は特別なお客様。
夜の営業に出られるのは依柩さんから声を掛けられている特別な奴だけで、昼間はたくさん働いている従業員の中でも選ばれた一握りだけらしい。
当然、あの人も夜に出ているんだろうな。なんてったって三色楼の一番と言えばあの人だし。
昼の営業が終わったら、俺達はすぐに寝るように言われているから夜にどんなことをしているのかわからないけど、きっと特別なことなんだろう。
いいなぁ。
俺も夜に出られるようになればあいつに代わって一番になれるかもしれないのに。
どうやったら俺も夜に出られるんだろう。
昼に頑張っているだけではダメなんだろうか。
この間癒皇さんに連れて来られた女の子は、なんだか来て早々に夜の方で働いては癒皇さんに可愛がられているらしい。
いいなぁ。
俺だって可愛いし頑張ってるのになぁ。
***
ある日の夕方、部屋に戻る途中で依柩さんがごつりと机に頭をぶつけている場面に遭遇した。
驚いて声をかけると、一瞬どこか虚ろに見えた目がばちりと瞬きをした後にはいつもどおりの表情には戻っていたけど雰囲気には疲れが滲んでいるような気がした。
お疲れなんですね、と試しに問いかけてみると「いや、そういうわけじゃ・・・」となんとも歯切れの悪い回答があった。
普段ははっきりと言い切る事が多い依柩さんが言葉を濁すのは珍しいなと思った。
多分お仕事が忙しいんだろう。俺が店に出ていない時も、優守さんと一緒にいつも店にいるようだし夜の仕事もしているそうだから一体いつ寝ているんだろうか。
ねぇ依柩さん。俺も夜の営業に出して貰えませんか。人手が足りないんでしょう?
うぅん、とか、いやでも、とか。
唸りながら俺の申し出をすぐに断れないぐらいには困ってるんですよね?
「今日のは、駄目だ」
「どうしてですか」
「『紹介』で来るオキャクサマばかりだから」
紹介で来る、ということは特別なお客様なんだろう。
いいな、そんな人が俺のお得意様になってくれたら、俺も。
「駄目だって、お前にはまだ早い」
お願い、駄目だ。お願い、駄目だ。一向に折れて俺に任せてくれない依柩さんに駄々を捏ねる。明日は任せるからとか、とにかく今日はダメだという依柩さんの宥める声を無視してねぇねぇ、と懐くと素気無く剥がされてしまう。
おかしいなぁ、俺はこんなに可愛いのに。依柩さんのために手伝う、と言っているのに。
ねぇお願い、と何度も押し問答を繰り返していると依柩さんが深い溜息を吐いた。
「あのな、これはルリバチに回す予定のやつだから」
「あの人に出来るなら俺も出来ませんか、俺も昼に頑張ってるの依柩さんも知ってますよね」
「いや、そうじゃなくて、」
「俺も、あの人みたいになりたいんです」
あの人みたいに、一番になって、それで。
「任せてみたらいいじゃないですか、そこまで言うのであれば」
勢い良く襖が開け放たれたかと思えばそこに立っていたのはあの人だった。
まさか後押しをされると思っていなかった俺とは反対に、「おい、」と余計な事を言うなとばかりに依柩さんが声を上げる。
「止めろ。煽るな」
「向上心を伸ばすのは後進の育成に必要な事ですよ。・・・それに、貴方もそろそろ眠る時間ですし、ねぇ?」
「今日は駄目だろ。『紹介』だけだし、お前とオレでって話しただろ」
なんの話をしているのか、俺にはよくわからないが自分の紹介客を俺に譲ろうとしてくれているあいつを、依柩さんは止めようとしているらしいことはわかった。
どうしてですか、この人が良いって言うなら良いじゃないですか。俺、頑張りますよ。
「ほら、本人もこの通りやる気のようですし」
「だって、」
「"俺"のようになりたいそうですから。好きにさせればいい。どうせ回収はされるのだから」
「いやそれ絶対意味違うじゃねェか」
「過保護は嫌われますよ。それに、そろそろ他人の心配より自分の身を案じるべきでは?」
「・・・・・・・・・おにーちゃんなんかおこってる?」
「いえ特には。あとその呼び方は止めろ」
俺にはわからない会話で盛り上がる二人に、結局俺はどうなるんだろう。
夜の仕事に出して貰えるのかどうか。
悩んでる間にめちゃくちゃ笑顔の癒皇さんが来て、鮮やかな手際で颯爽と依柩さんを担ぎ上げて出て行く際の依柩さんの断末魔の叫びですっかりうやむやになってしまった。
・・・・・・俺も部屋に戻るべきだろうか。
「・・・さて、本題ですが」
あ、話続けてくれるんですね。
「俺の部屋を貸しましょう。そろそろ模様替えを考えていたところなので、どうぞお気になさらず遠慮なく使って下さい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ、では。オキャクサマはこちらで案内しますので部屋で待っているだけで、他にルールはありませんので。・・・"俺"のようになれるといいですね」
なんだよ嫌味かよ。
一応頭は下げて出てきたけど、要らなかったかもしれないな。
依柩さんもいなくなってしまったし、獲物を甚振って喜ぶような、心底面白いと言わんばかりのあいつの顔を見たくなくてさっさと襖を閉めた。
その奥であいつがどんな顔をしていたのか、俺が知る術はもうない。
***
**
*
俺が覚えているのはその後あいつの座敷について、部屋に入ったところまでで、その後の事は覚えていない。
気付いたら自室に戻っていて、いつもは依柩さんが来るかわりに珍しく優守さんから休みにしたと言われてただ天井を眺めていた。
そうだ、何も覚えていない。
肉が千切れる音も、骨を咀嚼する音も、どこかを潰されるたびに自分の喉から絞り出される甲高い声も。
痛いんだか熱いんだか寒いんだかよくわからなくなる感覚も。
悲鳴を上げる自分を見て喜ぶよくわからないやつらのよく見えない顔も。
覚えてない。何も。
どうして?
ただ一番になりたかっただけなのに。
一番になって、愛されて、それで。
ただ、俺を捨てたあいつらを見返したいだけだったのに。
俺だって生きてたっていいんだって、ただ認めて欲しかっただけなのに。
「なんで生きてるんだろう、俺」
こんなことになるなら、"いちばん"になんてなりたくなかった。
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いちばんになれば、愛されると信じていた話。