根も葉も無い話「そういえば、まどかにつがいが出来てさぁ」
「まどか・・・、ああ、あのウサギ頭の」
カラカラと適当に氷を遊ばせながらなんでもない世間話の延長で唐突にそんなことを言い出した旧友は、適度なアルコールで僅かに頬を赤くしていた。
とろとろとしきりに瞬きを繰り返しているところをみると、もしかしたら眠気がきているのかもしれない。
ふわふわした気分で口も軽くなっているようだ。
話題の餌食になったまどかとは、旧友が可愛がっている従業員の一人だった筈だ。
なんどかうちの組織に来て暴れまわってくれた事も有る。
旧友はそのトリガーハッピーを特別可愛がっているようで、基本的に私の話を聞いてくれるばかりの雑談では時折名前を聞く事があった。
「そう。この間脱走しちゃったんだけど、なんとか戻ってきてくれたんだよね」
「へー」
「その時につがいを見つけたらしくて。まあ今更一匹や二匹増えた所で変わらないから一緒に飼う事にしたんだけど」
「・・・今更ツッコミはしないけど、私の前以外でその数え方は止めた方が良いと思うよ」
「んー、ふふ、うん気をつける」
何が面白かったのか、鳴らしているだけだったグラスを傾けて、溶けた氷水で薄くなった酒を口に含んでくすくすと笑っている。
「毬ちゃんは、どうなの。あの子と」
「別にどうもしないよ」
「そう? まあ、残念だったね?回収とかしてあげたらよかった?」
「そこまで頼んでないから」
「ふふふ、可愛そうだね」
「誰が」
「どっちも?」
にこにこと楽しそうだった金色の満月がすぅ、と細まって三日月のような弧を描く。
なんとなくその視線を避けるように自分のグラスを覗くといつの間にか空になっていた。
何飲もうかな、とそれぞれが好き勝手に開けたせいで全てが中途半端な量しか入ってない乱雑な酒瓶達を眺めて、なんとかグラス一杯分を確保出来そうなものを選んで傾ける。
「そのお酒好き?」
「ん?」
「さっきからそればっかり飲んでる」
あの子と似た色だねぇ、と耐え切れずにくすくすと笑い出す旧友に思わず舌打ちが漏れそうになる。
完全に無意識だった。
無意識というやつはコレだから性質が悪い。
「未練かなぁ?あの子の事お気に入りだったものね?」
「・・・味が好きなだけだよ」
「ふぅん?その割には同じ色ばかり開けちゃって」
相変わらず目敏いな。良い玩具を見つけたと言わんばかりの旧友の三日月に向かってこのご時世故に偶然携帯していた痴漢撃退スプレーを吹き付けると手近なクッションで完璧に防がれてしまった。チッ。
「あっっっっぶな」
「チッ」
「口でも言うなよ」
すんすんと泣き真似をしながらつまみのサラミに手を伸ばしてぽいと口に放り込むその隙間にスプレーを捻じ込んでやろうかと思ったがまたうるさくなりそうなので仕方なくやめておいた。
「でも本当に、毬ちゃんはいつもそう」
「まだ言うか」
「ふふふ、だって」
これで何度目?
ニコニコしながら本当に痛い所を突いてくる。
他人の傷口にナイフ突き立てて抉る趣味でも有るのか。
・・・有りそうだな。
「失礼だな、そんな猟奇的趣味ないよ」
「えぇー?」
「えぇー? じゃないが」
全く失礼しちゃう、と口でぷんぷん言いながら先程グラスになみなみ注いでいたそこそこ高めのアルコールを一息で煽る様子は可愛さとは程遠い。
同じの飲む、と私が空けた瓶を引き寄せて、無いじゃん!と適当に放られたガラスがガシャリと音を立てて割れるのを微妙な気持ちで見送って、隠していた未開封のものを渡せばむふんと満足そうに笑った。
「私は見てて面白いからいいけど、そんなに落ち込むならやっぱり手を離すべきじゃなかったよね。向こうがわざわざ踏み込んでくるならそのまま囲い込んで首輪つけるぐらいしないと」
「・・・君とは違うんだよ」
「そうだね、結局最期まで選べなかった優しい毬ちゃん」
私も欲しかったなぁ、そういうの。
冗談なのか、本気なのか、イマイチわからない声色で旧友がグラスに酒を注ぐ。
透明なグラスと氷を塗り潰すあの子の色。
手は届いていた。ただ、握り返してあげられなかっただけで。
「人間ってほんと、おろか」
「・・・その人外感有るセリフは流行ってるの」
「つよそう?」
「見ず知らずの人に刺されそうな奴のセリフだよ」
「じゃあやめとこ」
機嫌良く酒を煽ったかと思えば途端に顔を顰めてお気に入りの甘ったるい酒を一息に飲み干していた。どうやら口に合わなかったらしい。
「ひどいめにあった」
「・・・私の事はともかく、君はどうなの」
「私?何が?」
「あのウサギさんが彼女連れて来たってやつ」
あの人、君のお気に入りだったんだろ。
正直、君はあの人の事が好きなんだと思っていた。
嫉妬とかしないのかなって。
好きな人が彼女を連れてきたりしたら、傷付いて泣いたりしないのかと。
「んー、ふふ、別に。そういうんじゃないもん」
「そうなの・・・?」
「そうだよ。まどかは好きだけど、恋とかじゃないし」
まあ恋、したことないけど。
そういって新しく口直しに注いだ甘いカクテルをちびりと口に含む。
「こんなのが恋な訳無いし」
「したこともないのに?」
「だから恋じゃないんでしょ」
「屁理屈」
「それに、初恋は叶わないと言いますし。なら尚更恋じゃないでしょ」
「それは俗に言う負け惜しみという奴では」
「いやーどうなんだろうね、まどかは可愛いけど」
「・・・そこでその反応なのか君は」
「いやほんとに。まどかが楽しいならそれでいいよ、私は」
「君さぁ・・・」
さっきまでどの口で私を責め立てていたのか。
特大のブーメランが複数突き刺さっている事に気付いていないのかいるのか。
つくづく、同じ穴の狢というか、お互いに指差して笑い合ってるというか。
「やーい、お前んちおっばけやーしきー!」
「ホラーゲームみたいな会社に言われたくないんだけど。そもそもうちはお化け屋敷じゃないし」
「失礼な、こちとら令和のオリエンタルランドでやってんだぞ」
「それ別の意味で危ないからやめといたほうがいいよ」
「やっべ消される」
「良い?奴だったよ・・・」
少し減ったグラスに酒を注いでやると縁起でもない!とはしゃぎながら僅かにとろみのある酒を飲み干した。
本当に今日はペースが速いな。
空いたグラスに氷とお代わりを継ぎ足してやりながら、適当に剥いたおつまみを口に放り込む。うまい。
「でも結局手元には置いておくんでしょ、君の事だから」
「んー、どうしようかな。まどかがあの子と二人でやっていくというなら私には止められないけど」
「野放しにするの、あれ」
「雛の巣立ちを阻む親はいないよ」
物凄い良い事を言っている風に聞こえるが、あの狂人を御している君がいなくなったら被害がえぐいことになるんじゃなかろうか。
まあ君はそんな事気にも留めずにまどかが楽しそうで良かったと笑うんだろうけど。
「はぁ・・・ほんと君、私の事笑えないからな」
「なんでさー、私は掴んだら離したりしないもん」
「どの口が」
「だから掴まないように気をつけてるんじゃない」
「ほんと君さぁ・・・」
本末転倒では?と言いたいのを酒で流し込んでなんとか飲み下す。
「まあ結局、私は毬ちゃんの事も置いてっちゃうし。天宮さんは他人を大事にするのに向いてないんですよ。たぶんね」
「自分でいっちゃうのかー」
「手癖なもんで」
「身も蓋もないなぁ」
「自分を大事にしないやつが他人を大事に出来る訳無かろう、という話ですよ」
「それはそうなんだけど」
それを分かっているなら少しは改善する努力をしたらどうなんだ、と小言を続けていると聞いているのかいないのかちびちびと酒を舐めながらくすくすと楽しそうに笑う。
「ほんと、どうしようもないな君は」
「お互い様だろ類友ー」
まだまだ、実りのない飲み会は続きそうだ。
(それよりあの会社名、もうちょっとなんとかならなかったの?)
(適当につけちゃったから・・・)
********************************
酔っ払いの戯言ですよ。
その為のお酒だもの。