とある宿簡素な部屋には整えられたベッドが1台。
それと一人掛け用のソファが2つとその間にちょこんと置かれている少し低めのテーブル。
他はテレビやクローゼット等の一般的なビジネスホテルに備え付けてあるような設備は流石に整っているので今回は割愛。
さて、困った事にベッド1台に対して本日宿泊予定の人間は3人。
ホテル側の手違いなんだか予約の時に言い間違えたのか今となっては定かではないが、とりあえず眠れるならそれでいいと適当に選んだのがよくなかったのか。
まあ考えても仕方がないと小さく息を吐き出して、一番初めに口を開いたのは佳月だった。
「多分狭いと思うけど、先生とみきで使っていいよ」
私一日ぐらい寝なくても平気だし、と言いながらソファの方へ近づいて持っていた荷物を床へ下ろす。
着ていたコートも脱いで、ソファの背もたれへかけたところでダメよ!と腕を引かれて早々にベッドに押し込まれてしまう。
「せんせぇ~」
「子供が遠慮なんてしないの!」
遠慮、ではないのだけど。
ラテの中では佳月がベッドを使わない選択肢は無いらしく、ベッドの真ん中に寝かしつけられるときっちり上布団まで掛けられた。
そのまま自分の分のコートと、先ほど佳月が無造作にソファに引っ掛けたコートを拾いあげてハンガーに通したそれらを丁寧にクローゼットへと仕舞う。
すっかり母親のように普段通りの世話を焼くラテの目を盗んで、佳月がそろりと布団を捲ると顔はクローゼットの方を向いたままなのに「こら」と咎められてしまい、大人しく翻った布団の端を戻した佳月が元の位置に寸分違わず収まり直す。
一連のやりとりを傍観していた馘からも催促してコートを預かったラテは綺麗に3着並べて、ぱたりと扉を閉めた。
「さ、佳月くんも疲れたでしょう? 今日はもう良い子で寝ましょうね」
さりげなく張られた予防線に、特に反論する余地もなくはぁい、と聞き分けよく返事をして寒さからいつになく積極的に抱きついてくるラテを受け入れて、今夜の佳月はテディベアよろしく温度と安眠を提供する湯たんぽになった。
「みきも」
呼ばれて、するりとラテとは反対側に滑り込んだ馘に懐いていた僅かな冷気が布団の隙間から入り込んで保温されていた身体をひやりと撫でていく。
それもすぐに大きな身体に包まれて感じなくなった。
腕枕して、と佳月がねだれば流暢な英語と共に腕を差し出され、それに遠慮なく頭を預けて狭いベッドの中で少しでも暖をとろうと少しの隙間も許さないように馘に背中をくっつける。
ぬくぬくとぬるま湯のような温度につつまれて次第に佳月の瞼がとろとろとゆっくり重くなってくる。
合わせてラテが幼児を寝かしつけるようにとんとんと背を撫でるものだから、それで寝る程子供じゃないよと断りを入れるのも億劫で。
ラテって私の事何歳だと思ってるんだろうなぁと考えている内にまんまと大人しく寝入った佳月から規則正しい寝息が聞こえるようになると、ラテが小さく笑い声を零してもぞもぞと暖房代わりの佳月を抱きしめ直すとこちらもやはり次第に動かなくなった。
さて、いくら細身とはいえ一人用のベッドに3人は流石に狭すぎるだろうと、佳月に呼ばれた時には2人が寝入ってからこっそり抜け出して床かソファとでもメイクラブするかと考えていたが。
眠っている子供とは案外力強いらしい。
腕に乗っている頭の分はともかく、いつの間にか佳月に逃がさないと言わんばかりに握られていた手を剥がすのもなんとなく勿体無くて、まあこのままでもいいかと目の前の子供のつむじを眺めながら目を閉じた。
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元ネタ:もちゅし(宿泊先のベッドが1つだけだったら)