天宮佳月が帰ってこない。月曜日。
学生や社会人が軒並み憂鬱を感じる休み明けの朝礼を終えて、隣の席の美しい人にもいつも通りに挨拶とコミュニケーションを交わして自室とも言える英語準備室で今日の授業予定を確認しながら教材を揃えていた。
毎朝笑顔で手伝いを口実に会いにきてくれる可愛い人の姿はまだ見えない。
定型句と共に呼ばれる自分の名前がないと物足りなさを感じて、つい入り口の方へ視線を向けると、カラリ、と控えめな音と共に隙間から見えたのは女子生徒の制服で。
思わずその生徒の顔を見て、その奥に見知った顔があるのも見てとれて本当に一体何の用事かと内心首を傾げた。
自分に与えられた担当教科の準備室を訪れる人物というのは基本的にはいつも同じ顔触れである。
一番は可愛い恋人達。その次は自分に用がある同僚や生徒。最後に学ぶ事に対して貪欲なタイプの受け持ちの生徒が数人。
そんななか、珍しく自分を訪ねてきたのは幼い恋人の双子の妹、かつ、弟が溺愛する彼女、という近い割に希薄な関係の少女だった。
いつものようにどこにいくにも彼女の後ろをついて回る愚弟を引き連れて、わざわざ自分になんの用だろうか。
そもそも愛してやまないこの少女が自分の所にのこのことやってくるのを後ろにいる性悪がよく許したものだ。
「ねェ~~~~帰りましょうヨ花月ィ~~~~~俺が探してあげますかラァ~~~」
「まどか、私、今先生と大事な話をするから。飽きたなら先に帰ってていいよ」
顔を見せたばかりの小さな彼女に纏わりついて、少女が口を開くよりも先に切り上げようとさせる鬱陶しいのを制してきっぱりと告げているのを目の当たりにすると普段意識する事はあまりないがやはり兄妹なのだなと思った。
素気無く断られてあからさまに同情を誘うべくしょんぼりとしたまま少女に抱き付く情けない男を無視して自分に話しかけるあたり、どうやら思った以上にこの変人の扱いを心得ているらしい。
「......私に何カ御用デスか、Little master?」
「あのね、佳月が一昨日から帰ってきてなくて、今日...、学校にも来てないみたいで」
「......本当に?」
「うん。だから先生は何か知らないかと思って」
何故自分に、という問いは愚問だろう。
彼がどこまで妹に話しているのかは推測でしかないが、少なくとも担任でもない自分に聞きにくる程度には親しいと認識されている。
「家に帰らない時はいつも連絡が有るんだけど、一昨日から私にもお父さんにも連絡がなくて。先生には連絡してるなら、私達に言いたくないだけだと思うから安心なんだけど」
もし先生も何も知らないなら、少し、心配。
そういってじっと見上げてくる彼女の前で携帯を取り出して履歴を確認するが、朝に確認した時と変わらず通知は増えていなかった。
一昨日は、日が暮れる前に家に送り届けた。
しかし家に入る所までは確認しなかった。
「......事情は、分カリましタ。私も心当タりを探シマすのデ、連絡先教エて頂いテモ?」
「うん。よろしくお願いします、先生」
彼女の後ろから呪詛が聞こえた気がしたが、それどころではないので無視した。
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初代ごめんな・・・。