かづきくんのSOT「ねー-ぇー-おねがいせんせぇー--」
「いーやーよ!」
「なんでぇー!」
子猫が母猫にじゃれているような微笑ましさでラテに可愛らしいオネダリを続けている佳月と、頑なに拒んではいるが徐々に歯切れが悪くなってきているラテの攻防を観賞しながらカップに注がれた紅茶を傾ける。
「せんせぇに着て欲しいのぉー-おーねーがーいー!」
「だめ!」
「やだ!」
「やじゃないでしょ!」
互いに譲れない戦いを眺めながら、是非とも佳月に頑張って欲しいなと穏やかに応援しながら余計な口は挟まずただ静かにカップの中身を少しずつ減らしていく。
琥珀色の鏡面に映る自分は思った通りに微笑んでいる。
「佳月くんが自分で着たらいいじゃない?」
「それじゃあ意味ないのー」
「じゃあ私が着る意味もないでしょ?」
「俺が先生に着て欲しいんだから意味はあるでしょ」
心外だというように芝居がかった動作で佳月がプレゼンを続ける。
「先生が着てくれたら俺が嬉しいしみきも喜ぶよ」
ねぇ?と後押しをねだる視線に応えてはっきりと頷いて返すが、口を挟む無粋はしなかった。
「う…、でも、だめよ…!」
「なんで?何がだめなの?」
「女の子の服でしょうコレ!」
「可愛いでしょ?」
「かわいいけど!佳月くんの方が似合うと思うわ」
「せんせーに似合いそうなの探したからせんせぇのが似合うと思うよ」
先生可愛いの好きだもんね、と持ち上げた『衣装』をラテに重ねて「ほら可愛い」と言い聞かせるように佳月が笑う。
無意識だろうが佳月が服の上から合わせた『衣装』をうっかり受け取ってしまったラテはそれを抱きしめながらどうにか反論を考えていることだろう。
「いくら可愛くてもあんまり露出が多いのは苦手だろうし性的指向なのは嫌いだもんね。ちゃんとそこらへん考えてしっかり選んだから大丈夫でしょ?」
「そういう問題じゃなくて!そもそもどこから持ってきたのこの服!」
「ちゃんと俺が買ったよ?」
「またそんな無駄遣いして!」
「先生が着てくれたら俺とみきが喜ぶから無駄じゃないでしょ」
屁理屈と正論を捏ねまわした本心にラテが怯んでいるのを笑顔で見守る。
「ね? 俺達しか見ないからいいでしょ?」
「誰にも見られたくないんだけど」
「一人で着て鏡見て楽しむご趣味が?」
「叩くわよ?」
佳月はパフォーマンスか頬を膨らませた愛らしい表情でラテを見るがすぐに僅かに眉尻を下げた捨てられた子猫のような表情でラテの首に腕を伸ばす。
「ねぇせんせ、ほんとにだめ?」
結局のところ、子供に優しくて庇護するべきとの認識が強いラテは佳月が甘えるのに弱い。
押し返そうとする手に躊躇いが表れ始めているのがなによりの証拠だと思うが、ラテ本人だけが気づいていない。
あの手堅い城壁が陥落するまであともう一押しだろうか。
空になったカップに再び琥珀を満たすため。
後は堅牢な門を開いてくれる佳月の後に続くため。
目的地をキッチンとクローゼットに据えて席を立った。
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