──エターナルバンドとは、運命で結ばれたふたりが神々の御前で永遠を誓い合う「絆」の誓約である──
花で飾られた荘厳で神秘的な大聖堂と、寄り添って微笑む真っ白な衣装を着た男女の挿絵を見つめてメルコレディはため息をついた。明かりの灯る部屋は静かで、どこからか虫の声が聞こえてくる。
彼女の故郷であるアジムステップでも各部族が様々な婚礼の様式を持っていた。レディの部族では結婚が決まった際は一族の女全員で衣装を用意したものだ。布を織り、刺繍を施した豪奢なそれが新たな夫婦を厄災から守ると信じられていた。部族が滅んだ今、レディが年頃になって家庭を持つこととなってももう伝統の衣装を身に纏うことはないだろう。苦々しい気持ちを振り払うようにレディは週刊レイヴンを机の上で持ち直した。
アジムステップからエオルゼアにやってきて、異なる文化を学ぶのに時間はかかったがそれも随分慣れたように思う。一番苦心したのは文字だ。部族にいた頃は外部との交流も少なく、文字を使うことは少なかった。多少の読み書きが出来たとしても、黒魔道士を目指すのであれば──自分の弟子であるのならば──本の1冊もまともに読めなくてどうする、と呆れたのはレディの師匠であるルーナだ。
(あの人は本の虫が過ぎると思うけど)
レディが暮らすルーナの家には大量の本がある。彼にとってはこれでも少ないらしいが、天井まで埋め尽くす本棚が何台も連なる光景はレディの目には異様に映った。その中のひとつ、週刊レイヴンはレディが文字に慣れるための教本でもある。エオルゼアの出来事や歴史を知ることができ、読み物としても面白い。両手で抱えるような重い実用書なんかよりもずっと彼女向けだった。その週刊レイヴンの今週の特集が冒頭に遡るエターナルバンドなのである。エターナルバンドの説明と最近セレモニーを行ったという男女のインタビュー記事が載っていて、レディは女性が着る美しいドレスに心を踊らせた。14歳とまだ幼いながらも結婚への憧れは彼女も持っている。自分が記事の女性と同じ真っ白なドレスを着て誰かの隣に立つ姿を想像すれば、自然と口角が上がった。浮かび上がった"誰か"に見知ったミコッテ族の青年を当てはめそうになって慌てて首を振る。熱くなった頬を冷ますように息を吐き出すと、ふと一枚の挿絵に目が止まった。
「指輪……?」
宝石がついたシンプルな装飾の指輪だ。添えられた説明文によると、エターナルセレモニーで主役が交換するものだという。互いの銘が彫られたそれを身に付けることでより相手を身近に感じられるともある。しかしレディが気になったのはそこではなく、この指輪への既視感だ。どこかで見たことがある。それも極近くで。
「……あ!」
「それで、勉強もそこそこに私の部屋に来たと?」
「だ、大体終わったわよ!」
ロッキングチェアに腰かけ、先ほどまで読んでいた本を膝に置くとルーナは呆れたように肩をすくめた。レディがルーナから与えられた課題を放って週刊レイヴンに夢中になっていたのは事実だが、部屋を訪ねる前に慌てて済ませたのも本当である。とはいえ浮かび上がった疑問を早く解消したくて集中が途切れていたので出来は期待できないが。そんなことも見透かしているのか、ルーナはふんと鼻で笑った。
「う……」
「まぁいい、あとで確認するから持ってきなさい。で、なんの用だったかな」
「あ、ええと、あなた指輪持ってるわよね?」
緊張した面持ちのレディにルーナはふむと顎に手を当てる。その手を広げ甲をレディに向けると、人差し指の指輪が銀色に光った。
「指輪くらいいくらでもあるが、欲しいのか?」
「そ、そうじゃなくて、特別なやつ!……持ってなかった?」
ルーナが今着けている指輪は人差し指の第一関節まで覆う、猛禽類の爪を思わせる大ぶりのものだ。レディが思う可憐な指輪とは程遠い。
「特別……あぁ」
少し視線をさ迷わせたあと、ルーナの手が懐に伸びる。首にかかる華奢なチェーンを指に絡ませ引き抜くと、薄く青みがかった宝石のはまった指輪が胸元で揺れた。
「これのことか?」
「それーっ!」
目的のものが現れ思わず前のめりになるレディにルーナが仰け反る。きらきらと光を反射する指輪は洗練された美しさを持っている。レディはときどきルーナがテレポの直前に指輪を取り出す姿を見ていたが、こうやって近くで見るのは初めてだ。思わずほぅと息が漏れる。
「きれい……」
「どうどう。一体なんなんだ」
「はっ……ご、ごめんなさい」
興奮をなんとか抑えると、レディはこほんと咳払いをした。促されるまま向かい合うように椅子に腰かける。ルーナは指先でくるくると指輪を回していた。
「これが見たかったのか?」
「それもそうなんだけど……ていうか! あなた結婚してるってことよね いつ? 誰と」
「……あー……お前、今週の週刊レイヴンを読んだのか」
頷いたレディにルーナがため息をつく。
「いやなに、エオルゼアの文化に興味を持つのはいいことだがな……。最初に言っておくと、エターナルバンドは結婚ではないぞ」
「違うの?」
レディにしてみれば自分が知る結婚も、記事で読んだエターナルバンドも同じように見えた。どちらも変わらず幸福そうだったのだから。
「人によって感じ方こそ違うが、婚姻のように法的な拘束力があるものではないからな」
「? ……よく分からないけど、とりあえず違うのね。でもその指輪を持ってるってことはあなたはしてるんでしょ?」
「ああ」
「どんな人? どうしてしたの?」
瞳を輝かせるレディにルーナは辟易するように首を振った。「これだから子供は面倒なんだ」と小声でぼやくのが聞こえたが、ここでそれを問い詰めればこの話はうやむやにされるだろう。あとで小言のひとつでも言うことにして、レディはむっとした気持ちを一旦すみにやった。
「どうして、な……」
ルーナが視線をそらす。くちもとに手をやり考えるように間をあけると、観念したように口を開いた。
「まぁ、気があったんだ」
「……へぇ」
「そのにやついた顔をやめなさい」
「ふふ、だって」
眉間にしわを寄せるルーナにレディが目を細める。
「あなたがそんな優しい顔をするのを初めて見たわ」
「……」
面食らって閉口するルーナに、レディはますます笑顔を見せた。どことなく意地悪にも見える笑い方は、ルーナが修行中の彼女に見せる笑顔ともよく似ている。
「ねぇ、どんな風に出会ったの?」
「いい加減に……」
「止めないわ。たまにはちゃんと教えてよ」
あなたのことを。
初めて見る師匠の姿にレディは胸がわくわくとするのを感じていた。セレモニーで着飾る彼の姿を想像する。その顔はきっと今見たのと同じくらい幸福で優しい表情をしていたのだろう。長い長いため息をついたルーナが言葉を紡ぐのを待つ。夜はこれからだ。