「あれ?」
「どうした、レディ」
「これが喋らないの」
廊下に置いたよろずシステムの前で首を傾げる弟子に声をかける。彼女の目の前で浮く雫型のよろずシステムは、いつもなら淡々とした人工的な音声で応答するはずだがなんの反応もないらしい。細い指でアラグの遺物をつつくメルコレディを退かし、その前に立つ。よろずシステムはしんと静まり返ったままだ。
「……喋らないな」
「さっきそう言ったじゃない!」
「確認だ。しかし……この手のものは私にはどうしようもないな」
こういった機械類とはどうにも相性が悪い。興味がなくもないのだが、同じ遺物でも魔術書の方が手に馴染む。修理ともなればシドのような専門家に任せたい気持ちの方が強いが、わざわざガーロンド社の手を煩わせるわけにはいかないだろう。物言わぬ遺物の前でレディと悩んでいると、階段の上から声がかかった。
「旦那さん! オラに任せるっぺよぉ!」
修理用の工具を抱えてナマズオが鼻息荒く立っている。自信満々のその様子に何故かむしろ不安を覚えた。
「できるのか?」
「修理ならいつも旦那さんやお嬢さんの装備で慣れてるっぺな! どーんと大船に乗ったつもりで……ギョ!?」
「危ない!」
レディが叫ぶ。工具を持ったまま階段を駆け降りようとしたナマズオは足をくじき、転倒した反動で空中へとぽーんと投げ出された。弧を描きながら飛ぶナマズオが近付いてくる。その軌道の先にあるのは──
「あ……」
ごぉん! と鈍い音を立ててナマズオの頭がよろずシステムに衝突する。よろずシステムはぐわんと揺れ、ナマズオと共に床に転がった。
「大丈夫か!?」
レディと共にナマズオに駆け寄る。床には絨毯を敷いてあるが、体を受け止めるほど分厚くもない。抱き起こしたナマズオは目を回していたが、外傷は大きくなさそうでほっと息を吐く。
「ピ、ピピ……」
「ん?」
背後の高い機械音に振り向くと、よろずシステムの外装が点滅しているのが見えた。初めて見るその様子に、まさか爆発でもするのかと身構える。背に隠したレディが不安そうに私の服を握るのが分かった。よろずシステムがふわりと浮き上がる。そしてぐるぐると回った後、ぴたりと止まった。
「ピ……再起動完了。イラッシャイマセ、何ヲオ求メデスカ」
「……は?」
それは聞きなれた機械音声だった。後々このことをシドに話すと「どこかの接触が悪かったのが衝撃で戻ったんじゃないか」と苦笑しながら教えてくれた。検査を申し出てくれたが、ジェシーの睨みが恐ろしく丁重に断った。今もよろずシステムは自宅の廊下に浮かんでいる。