「よし……と」
礼拝堂の清掃を終え、額の汗を拭う。
掃除用具を片付け、チラリと時計を見るともうすぐ昼を回ろうとしていた。
(今日のお昼はどうしましょうか……)
などと考えていると。
「とーさま!」
クリスが勢いよく腰に抱きついてきた。
「こらこらクリス、急に抱きついてきたら危ないでしょう」
「あ……、ごめんなさい」
「次からは気をつけましょうね。……さ、お家に帰ってお昼にしましょうか」
「はーい」
「あ、テメノスさん!クリス!」
家路に帰る途中、仕事帰りのクリック君と鉢合わせた。
「あ、父上ー!」
クリック君の姿を見るやいなや、クリスは一直線に彼に向かって走り出す。
「父上、かたぐるましてください!」
「またですか?……仕方ないですね」
苦笑いしながらクリスを肩の上に座らせ、そのまま担ぐ。
「わー!高ーい!」
「次は自分でちゃんと歩くんですよ」
そう窘めながらも、彼はクリスのおねだりを断れないことを私は知っている。きっとまた次も同じような光景を見ることになるのだろう。
(フフ……、きっとこれが)
──「幸せ」というものなんだろうか。
チュンチュン、チチチ…
窓から差し込む朝の光と鳥の囀りで目を覚ます。
(……夢か)
隣を見ても、部屋を見回しても誰もいない。
当たり前だ。私は今までずっと一人で暮らしてたんだから。
クリック君は、カルディナの手により命を落とした。彼が私の傍にいるはずがない。
それが紛れもない「現実」だ。
「…………」
……全部、夢だった。
この手で感じたあの子の柔らかい髪も腕の温もりも。
クリック君が私に向けた優しい笑顔も、声も。
もう私には一生 縁が無いと思っていた家族の温かさも、何もかもが。
幸せな夢ほど目覚めた時がこんなに寂しいということを今頃になって思い出した。
「幸せ、だったなぁ……」
ふいに滲んだ視界を誤魔化すように、ゴシゴシと目を擦る。
「テメノスさーん?そろそろ起きてくださいよー」
…………え?
カチャリ、とドアが開く。
「珍しいですね、テメノスさんが朝寝坊なんて」
そこに現れたのは、紛れもなくクリック君で。
「……って、どうしたんですか!?なんで泣いているんですか?」
「……君は、クリック君ですか?」
「……?そうですが」
「生きてたんですか……?」
「は!?朝っぱらからなに縁起悪いこと言ってんですか!」
ギョッとするクリック君に、「でも」とか「だって」、としか言えなくなる。
「……もしかして『あの事件』の夢でも見て、現実とゴッチャになってます?あの時、テメノスさんやキャスティさんの尽力で一命を取り留めたんでしょうが」
「…………本当に」
「もしかして、それで泣いていたんですか……?」
「……違いますもん」
ああもう。なんだか何もかもが恥ずかしい。
「それよりそろそろ起きましょうよ。クリスももうとっくに起きてますよ?」
「……え?」
その時、部屋のドアをノックする音と
「とーさまぁ、おはようございますー」
と、明るい声が聞こえた。
END