いいからさっさと告白しろ「なあコヨーテ、例えばなんだが」
二人だけのシャワールームで、ハングマンはブースの仕切りに凭れて突然切り出した。
「例えば、いい感じだと思っている相手の部屋でポルノを見つけてしまって、容姿に自分と共通する部分が多いなと感じた場合、それは脈ありなのか?」
「なんだって?」
シャンプーを洗い流していたコヨーテは、思わず聞き返した。つまり、相手はゲイで、ハングマンに似た容姿のポルノスターを好んでいるから脈があるのではないかという、そういう事か。そしてその相手は十中八九。
「ルースターってゲイだったのか」
「え、なんでルースターだって分かった?」
「分かるだろ」
ハングマンの片想いの相手があの髭の同僚である事はもう随分と前から知っているし、二人が特殊作戦以降いい感じなのも知っていた。だって全部、この目の前の男が包み隠さず教えてくれるから。例え確信をついて『俺はルースターが好きなんだ』と言われずとも、そのくらいは分かってこそ親友というものだ。というかこのハングマンという男は、気を許した相手にはどこまでも緩い。色々駄々洩れになってしまっている事は指摘せずに来たが、この調子だときっとルースターにもバレているだろう。そこまでいくともう、そのポルノさえわざとなのではないかと思えて来る。
「わざとって?」
「お前に似てるポルノスターをちらつかせて、脈がある事を暗に示して…」
「俺に告白させようとしてるって事か?」
シャワーの蛇口をきゅ、と回して、コヨーテは考える。ルースターはああ見えて、そこそこ浮名を流した遊び人だ。こと恋愛に関してそんな回りくどい手段を取るとは考えにくいとは思う。
「どうかな。似てるってどの程度似てるんだ?」
「金髪で緑の目、白人の軍人で、おまけに年下ものだなあれは。全部見たわけじゃないけど、大体そんな感じだ」
「なるほど」
軍もののゲイビはよくあるが、白人で金髪、緑色の瞳のポルノスターをピンポイントで探そうとするとなかなかの労力だろう。これはあながちハングマンの言う事も的外れではないかも知れない。
「それは確かにお前に似てるかもな」
「だろ? まあ俺ほどの肉体美を持った奴はさすがにいなかったがな」
「そりゃそうだ。こっちは本物だもんな」
厚い胸板に軽くパンチを入れれば、むん!と力を入れて弾き返して来る。そんなハングマンとじゃれ合いながら連れ立ってシャワールームを出たコヨーテは、身支度を整えながら念のため訊ねた。
「で、お前はどう思うんだ?」
「ルースターか?」
「これは誤解せずに聞いて欲しいんだが…通常、ポルノスターと恋人を重ねる事ってあんまりないんだ」
「え」
「どちらかと言うと肉欲的な目で相手を見てるってことだろ?」
「けど、恋人にするなら性的な目で見るんじゃないか?」
「見過ぎてる相手を恋人にって言うのはなぁ、ルースターみたいな男の場合は、微妙なラインだな」
「そうか」
ハングマンの声音から感情は読めない。この話題のきっかけだって、特段浮足立っている風でもなかった。ただ事実を淡々と述べるだけという様子の彼の話し方は、期待も憂慮も感じさせないのだ、いつだって。
だがコヨーテには分かる。今、ハングマンは多分、少しだけがっかりしている。
「…まあ、だがこれもはっきりそうと決まった訳じゃない。あくまで一例だ。もちろん恋人の面影をポルノ女優に求める奴はいるだろうし、ルースターがどうなのかなんて俺の知ったこっちゃない」
「…そうだな」
「もし脈があったら、お前は奴に告白するのか?」
「どうかな。まだもう少しこのままでもいいような気はしてる」
Tシャツを着たハングマンが、物思いに耽るように唇に手を当てる。その横顔は確かに、恋する人間の顔だ。そんな顔をするなら、さっさと告白してしまえばいいのに。そうも思うが、コヨーテにはルースターという男がこの親友の恋人として相応しいと思える相手なのか、そこまでの判断はついていなかった。
ただ、その判断は不要なのも、分かってはいる。この男は恋愛慣れしていないのか、コヨーテというフィルターを通して恋愛対象を見る癖がある事に気付いているが、まあ親友特権という事で何も言わずにいるのだ。なんだかんだ、ハングマンには幸せでいて欲しいと、思っているので。
それから数日後。人のまばらな基地内の食堂で、遅いランチを取っていたコヨーテの隣に珍しい客が現れた。
「ルースター」
「コヨーテ、今昼飯か? 遅いんだな」
軽い挨拶を交わしたルースターは、いつになくそわそわと落ち着きがないように見える。コーヒーだけを手にわざわざコヨーテの隣に来たからには何か話したい事があるのだろう。そしてその話題は、まあ大体察しがつく。
「ハングマンか?」
「え、なんで」
「なんとなくだ」
「はぁ、お前ってエスパーみたいだな」
溜息を吐いたルースターににこりと笑いかけてやる。
「よく言われる」
ハングマンにはな。そんなコヨーテに、ルースターは肩を竦める。
「いや、実はさ、俺たち最近よく家飲みするんだけど」
「知ってる」
即座に入れられる相槌に、ルースターは「ん」と絶妙に気まずそうな顔をする。これはあれだ、娘と遊んでいる事がバレているその子の母親と話す時のような顔だ、とコヨーテは思う。
「こないだうっかりポルノ雑誌見られちゃって。その雑誌って言うのがさ、ゲイポルノの専門誌だったんだよ」
コヨーテはもちろん既に知っている事実であったが、素知らぬ顔で先を促した。つい先日ハングマンから聞かされた事の真相が、こうも簡単に明かされるとは願ったり叶ったりだ。
「お前、男もいけるのか?」
「いけるっていうかまあ…まあ、うん。それなりに」
それなりにってなんだ。ゼロではないけどイチでもない、のようなこれまたはっきりとしないルースターの物言いに多少苛立ちを感じつつ、コヨーテは「まあそれはいい。で?」と促す。
「そのポルノの男優っていうのが、ハングマンに似ててさ」
「ああ」
「それ見てハングマン、驚いた顔してて」
「ああ…」
「俺はなんか恥ずかしくなって、慌てて誤魔化したんだけど…ハングマン、何か言ってたか?」
何か言ってたかってなんだ、その雑な訊き方は。コヨーテは思ったが、口にはしなかった。ルースターがこういう場面で雑であるという事は、予想の範囲内だからだ。予想というのはつまり、コヨーテはルースターと恋愛や性愛についてなど話し合った事はないので。
「その前に聞いておくが、お前はそのゲイポルノのハングマン似の男優をどう思う?」
「え? ああっと…ハングマンに似てるなと思う」
「チッ」
「え、舌打ち?!」
「そういう事じゃないだろう。つまり、それはハングマンに似ているから購入したのか、それともお前が実は生粋のゲイでゲイポルノも普段から嗜む猛者でだからそこにあったハングマン似のポルノは偶然たまたま予期せぬ状況でそこにありそれをハングマンが奇跡的に見つけてしまっただけなのかって事だ。ちなみにハングマンは複数のポルノを目撃したような事言ってたが」
「ちょっと待って待って、早すぎてついていけないし何? ハングマンがなんだって?」
「ハングマンはお前が自分に似たゲイポルノを集めていると」
「え? は、はぁ!?」
みるみる内に顔を赤く染めた髭の同僚は、口を何度か開いたり閉じたりして、最終的には頭を抱えてしまった。「ううぅ」だの「マジか」だのと言っているが、コヨーテはそろそろ休憩時間が終わる頃だ。話したい事がそれだけなら切り上げて、レストルームに行きたいと思った。
「あいつ、そんな事言ってたのかよ」
「事実と違うのか? あいつは嘘は吐かないが」
「…違ってません」
「じゃあ、あいつの言う通りって事か?」
「言う通りって?」
「集めてたのか。金髪でグリーンアイの白人の年下軍人モノ」
「…わざとじゃないんです…ちょっと、魔が差したっていうか」
ルースターはまるで万引きでもして捕まった少年のように、大きな体を縮こまらせながらそう呟いた。わざとじゃなくそれだけの細かい条件の揃ったポルノ男優を見つけられるならそれはもう才能だぞ。今のポルノってそんなに詳細な外見まで特定出来るくらい細分化されてるのか? とコヨーテは思ったが、心底どうでもいいのでこれも言わずにおいた。
無意識でもハングマンに似ている男優を探してしまうのなら、ハングマンの言っていた事は本当なのだろうか。つまりルースターも、ハングマンの事を好いている? それとも、ワンナイトの相手として狙っているだけ?
もしも後者だとしても、コヨーテには出来る事などない。ハングマンがそれでいいと思うのならいいのだろうし、嫌なら拒絶するだろう。彼らがセックスをするような関係になるとして、それが例え健全な関係でなかったとしても、大人同士のそれは明確な正解などありはしない。体から始まる関係でも、体だけで終わる関係でも、本人たちの好きなようにすればいいし、好きなようにしかならない。
ただ、コヨーテはこれだけは言っておきたかった。
「なあルースター。お前もハングマンも俺にとっては同僚で、仲間意識もある。つまり愛してるって事だ。だから二人には幸せでいて欲しいと思う」
「うん? ありがと…」
「二人がいい関係になるのなら俺は祝福するし、何か困った事があるなら全面的に協力する姿勢だ」
「心強いよ」
コヨーテは、にこりと笑った。
ハングマンならきっと、それが楽しくて浮かべている笑顔ではない事は見抜いただろうが、残念ながら今ここに、コヨーテの親友はいない。
「だからな、お前ら」