楽園は花のように いつも、愛してるの代わりにまた明日を言っていた気がする。
ずっと。
「うん、うん、今ね一緒にいる……わかった、聞いてみるね? ちょっと待ってて」
玲央は端末の画面に触れ、一旦マイクを切って依織に「アニキ、今通話出られる?」とたずねた。家族全員でのんびりと過ごしている昼下がりのことだった。
「四季がさ、オーナーが翠石さんと話したがってるって」
「ん? ええけど。玲央の借りてええのか」
「なんか急用っぽいから……はい」
マイクをオンにして渡された端末を耳に当て、こたつから立ち上がりながら咳払いをして、依織は「どォも、お電話代わりました翠石です〜」と明るい声を出す。「ひっ」と息を呑むような高い音がした。
『こ、こっ、こんにちはす、翠石さん、あ、ああ闇堂四季です』
「ハイこんにちは。いつもうちの子らと遊んでくれてありがとうな、闇堂くん」
『いっぃえ、こちらこそお世話になって──あ、ぁえと、オーナーにか、代わりますっ!』
早口でそう言われたかと思うとフッと無音になる。向こうでマイクを切ったらしい。こういう時にジェネレーションギャップ感じるな、と廊下に出ながらぼんやり考えていると、またフッと音が戻り『ああ、ここか。すまないね四季、ありがとう』というのんびりとした低い声が耳に届いた。咳払いののちに、大人の声が言う。
『──こんにちは。突然すみません』
「いーえぇ。ほんで、旦那に何かあったんか?」
小さく息を呑む音を聞いた。逡巡する数秒ののちに、意を決した声で直明が言う。
『……匋平が、声を出せなくなったようで』
居間から気がかりそうにそっと顔を覗かせた善が、依織の表情を見て口を引き結んだ。依織は善と目を合わせてあごで自身の上着を指し、善がうなずいて居間へ引っ込むと玄関へ歩き出しながら低くたずねた。
「今どこや。すぐ行く」
「メタルの作用についてはわかっていないことも多いが……今の段階で俺から言えることは、ストレートに考えるならメタル自体というよりは精神的な負担からくる心因性失声の可能性の方が高いっちゅーことやな」
匋平がそわそわとしながら口を動かしているのを無視し続けながら依織は言う。依織が職業柄読唇術を覚えていることを知っている匋平が善を伴って依織が現れた瞬間からお前がわざわざ来ることなかったのにだとか西門のやつ大げさなんだだとか当たり前のように話しかけてきたのを知らないふりして話を始めたことが匋平は不服だったらしい。子どものように唇を尖らせてカウンターチェアから投げ出した長い脚を揺らすしかめっ面へ苦笑して、「あとでな、あとで」と囁く。
「我々にできることはない、ということかい?」
「こうしたらバシッと治るっちゅーもんはないやろうな。昨日のライブ後のTRAP反応が終わった辺りで出なくなってたんやろ。しばらくライブもないんやったら、休むしかないんちゃうか」
直明は依織の言葉を咀嚼するようにうなずくと、匋平の背中に手を当てて労るように撫でながら「きっと疲れていたんだね……すまない、気付けなくて……」と泣き出しそうな声で言う。匋平が鬱陶しそうにため息をついて口を動かす。『そういうのやめろっつうの』と読めた。