その日までさよなら ちょっとの打算。北斎が家族を拒絶することはない。あとは普通に期待してた。僕は特別甘えん坊で、北斎は特別甘やかしたがりで、北斎の愛がいつでも全方位に発されてるとしても、それを一番受け取ってるのは間違いなく僕だから。
「僕さ、北斎のこと、こういう風に好きなんだ」
ね、キスしてもいい? って、座った北斎の腕の中で顔を寄せて聞いた。流されてくれたらいいなって思ってた。僕を意識したことはなくても、なんとなく受け入れちゃうんじゃないかなって。けど、北斎は僕の顔をじっと見て少し黙って、滅多に見せない困った表情を浮かべた。それでもう失敗したってわかった。
「……俺は、そういう『好き』って、わからない……」
二秒くらい何も言えなかった。「そっか」ってセリフがちゃんと笑った声で出て、体がちゃんと普通に動いて北斎から離れた。それから、何か言わなきゃって顔をしてる北斎に「困らせちゃってごめんね?」って笑いかける。
「ちょっと言ってみただけだよ、そんなマジじゃないから」
大マジなんだけどさ。
とりあえずその場は退散するしかなかった。廊下を歩きながら身の振り方を考える。北斎、しばらくは気にしちゃうだろうな。僕ができるだけ変わらない僕でいるようにして、今までと同じだよって示さないと。……でも、まったく変わらなかったらむしろ混乱しちゃうのかな? ちょっとは避けてみたり、元気なくなったりした方がいいのかもしれない。北斎が僕のことで悩まなくていいようにしたい。少しもっていうわけにはいかないだろうけど。
自分の部屋でベッドに転がる。僕は北斎のことを見くびってたのかな。そんなつもりはなかったけど、見誤ってたのはたしかだ。恋愛とかまだピンとこないっていうのは正直あり得ると思ってた。けど、おんなじ気持ちを持てないなら関係を結ぶべきじゃないなんて判断をする……できる、と思ってなかった。そっちの幼さとこっちのまともさ、普通トレードオフじゃない? 一人の人間の中で両立すると思えないもん。まあ、北斎は最初から普通じゃないんだけど。
幼さを利用しようとした。まるっきりそう。それってかなり悪いことだ。あげく振られてる。……。ダサいな。