見渡す限り水平線が続き、風も強くない昼下がり。いつもはキャプテン・クロの計画通りに船を走らせるために甲板を走り回っている船員たちも、今だけは船の手摺にもたれて脱力したり、酒樽に腰掛けたりと銘々に時間を潰していた。
馴染みの奴らとバカ話をするか、それとも船長のご機嫌を伺いに行くか……。
おれが迷っていると、先月入ってきたばかりの、口だけはよく回る冴えない船員がニコニコしながら声をかけてきた。
「ジャンゴさんて雰囲気うるさいですよね」
「知ったような口利くんじゃねえ!」
「じゃあ賑やかということで」
「よく分かってんじゃねえか」
それならいい、と大きく頷いておれは新入りに話の続きを促す。
「で、それがどうかしたか?」
「おれはあんまり人の顔を覚えるのが得意じゃないんで、人を雰囲気で覚えてるんです」
「へ〜お前へんなやつだな」
あははと新入りは何かを誤魔化すように頭をかきながら続けた。
「すみません、もう癖になっててやめられないんです。この船は雰囲気が賑やかな人が多いですね。船長以外は」
最後の方は怯えが滲んだ新入りの声色に、おれは慎重に言葉を選んで答える。
「……そうだな。キャプテン・クロはおれたちなんかとは違う」
「その……ちょっと鋭すぎませんか?おれ、近づくのも怖くて」
新入りがぎゅっと自分の服の裾を握って、同意してほしそうにこちらを見つめてきた。あーはいはい怖いよな、わかるぜ。でもよ……
「じゃあなんでお前はこの船に乗ろうと思ったんだよ。分かってただろ、キャプテン・クロが怖いひとだって。お前を勧誘した時だって、猫被ってなかったはずだぜ」
「それはそうなんですが……」
「それによ……」
「それに?」
言葉を溜めている間、赤いグラサン越しに新入りを改めてじっくりと観察する。
一番船長にどやされているだろうおれから同意を得られず少し恨みがましい目をしてる……かも?良いこと教えてやろうと思ったけど、今は何を言っても響かなさそうだと見切りをつけ、適当に会話を切り上げることにした。
「まぁそのうち慣れるだろ」
「そういうもんですか?あの……」
「おい、ジャンゴ」
新入りがさらに食い下がろうとしたところに、話題の中心人物が足音も立てずにぬっと現れた。
「キャプテン・クロ!ちょうど今あんたの話をしてたところだぜ」
「悪口か?」
「んなわけねえだろ」
内心急に現れた船長に冷や汗を流しつつ、軽口を叩きながら突然のご本人登場に固まっていた新入りに手で合図を送る。
おれの合図にハッとした新入りは
「で…ではおれはこれで失礼します!」
と叫んで、目にも止まらぬ速さで目の届く範囲から消えた。あいつネズミみてえだな。
キャプテン・クロの虫の居所が悪かったら死んでたかもな……と思いつつ、無事に新入りを逃がせたことに安堵して船長の方を振り向きなおると、彼は品定めするような目でおれを見据えて言った。
「で、反乱の意思はあるのか?」
「違うって。ただあんたの雰囲気が鋭すぎるって話をしてただけだ」
キャプテン・クロの形のいい片眉が上がる。信じてねえなこれは。
「あんたが怖いから同じ船に乗ってるのに慣れないって相談されてただけだって!船員が馴染めてなくてもあんたにとってはどうでもいいだろ」
「……そうだな」
他にも反乱しそうなやつを見つけたら教えろよと密偵みたいな命令をしてくる船長は、ピリピリとしていると同時にそこには秩序があって、なぜだかさっき新入りに言うのをやめた言葉を言ってみたくなった。
「なぁキャプテン」
「うん?」
「おれはあんたの雰囲気、鋭いというより澄んでると思ってるから……落ち込むなよ」
「……落ち込むわけないだろ」
フンと鼻を鳴らし、話は終わりだと分厚いコートを翻し去っていくキャプテン・クロの足が、何か言い忘れたかのように一瞬だけ止まったように思えたが、結局彼は振り返ることなく自室へと消えた。