さらに成長できるように　戦いが終わった。イルはゼェ、ゼェと息切れを起こしつつも深呼吸をする。自分の体を見る、あの時みたいに肩に怪我をしていないか、肩だけではない、足や手、腕なども確認する。特に目立つ怪我をしているわけでもなく、イルは内心ほっとする。
「……良かった……」
　呟くように言葉が出た。椥から言われた言葉がずっとイルの胸の中に残っていたのだ。油断大敵、それがイルの気を引き締めただけではなく、決意が固まったと言っても過言ではなかった。飛行型の攻撃は苛烈だった、下手したら死ぬのではと思うほどに。けれど、死ぬ訳には行かなかった。今回、怪我がなく無事で済んだのは自分が成長したと思った。椥と無事に任務が終わったのを笑って言い合えるだろうと思った、思っていた。
「椥さんっ」
　焦ったような声が聞こえた、椥の名前が聞こえて思わずイルは振り向いた。何かあったのか、もう戦いは終わったというのに、嫌な予感がひしひしとイルに付きまとう。その嫌な予感が気のせいであって欲しい、と願いつつイルは慌てて振り向いた。
「椥……？」
　思わず目を見開く、嫌な予感が当たってしまった。椥が右目を手で押えていた。手の隙間から血が流れ、血の匂いもイルの鼻を通る。傍らにいた職員が焦ったように、申し訳なさそうに椥と何かを話していたが、イルの耳には聞こえなかった。
　椥から少し離れていたからか、何があったのかすら分からなかった。ただ、目の前の椥から目が離せない、止血をしないといけないのに体が動かない。職員が泣きそうな顔をしつつも、バディの元へ言った時にやっとイルはハッ、として槍を、槍にキラキラと輝く青い宝石に力を込めながら慌てたように口を開く。
「椥、椥ー！　血、血が……！　俺の力で止血……！　椥！　頭とかフラフラしてないか！　な、なっなっ、椥！」
　心臓がバクバクと速く脈を打っている感覚が嫌にも付きまとう、焦っているせいかちゃんと話せていないのももどかしかった。反対に、右往左往しているかのように慌てているイルに対し、椥は落ち着いていた。
「落ち着け、大した事ない」
「大した事ない！？　血が出てるのに！？」
「イルだって前、肩から血を出しただろう」
「それとこれとは違うでしょ！？　冷静すぎない！？　俺があわてんぼうなだけ！？　止血するから！　俺のこの青い宝石に目を近づけて！　後で医者だから！」
　イルは冷静に焦っている様子もない椥を見て、自分だけが慌てすぎなのか？　と思いつつ力を使う。椥が血を流しているのを見ると、なんとも言えない気持ちになり、槍を握る手に力が入る。片目の怪我がどのくらいのものか分からない、もし失明していたら……と思うと肝が冷えてしまう。
「……」
「……」
　お互い沈黙が走る。どのくらいの沈黙だったか、もしかしたら数分だったかもしれないし、長時間だったかもしれない。それだけでも、冷静になる時間は生まれた。イルはジッと椥を見つめた。
（椥はいつだって冷静だ、こんな風に目を怪我したと言うのに。……飛行型の攻撃で目を怪我してないだけ、幸運だったと思った方がよかったのかな。……オレが椥から目を離したから……？　……俺のせいだ……）
「イルのせいじゃない」
「……椥……」
「顔に出てたぞ。おおかみいけ座の意思天体の討伐の時も言ったが、怪我はいつか治る。だからそんなに慌てなくても大丈夫だ。それに今回のは自分の不注意だからイルが自分を責める必要も無い」
「……なぎぃー！！！！！！　淡々と言うところもかっちょいいけどぉ！！！！」
　目の前が歪んで見える、イルは自分が泣き出しそうになっていた。ぐす、ぐす、と半べそをかきつつ目をゴシゴシと擦る。いつでも、椥はかっこいいなと笑いながら。
「俺頑張る、椥の右目になれるくらいにもっともっと成長する」
　目を擦ったが涙は止まらないが、イルは笑って椥に言った。そんな様子のイルに、椥は少し間を置いて口を開く。どことなく、椥が微笑んだような気がしたのだ。
「イルならなれるな」