すれ違いと喧嘩(後編) 後日、夜遅い時間。空は雲に覆われており辺りは光がないと真っ暗で何も見えないほどだった。周りには他の認可のツクリテが話をしつつ【顔なし旅僧侶】の討伐のため今まで現れたポイントにそれぞれ赴くということだ。
創の隣にはこの前喧嘩別れをした琥珀が、琥珀の目の下に薄らとクマが出来ていたが、創は何も言わなかった。琥珀の傍ではフレイがじっと創を見ていた、いや、睨んでいたという表現が正しいだろう。お互いに沈黙が走り、その沈黙に耐えきれなかった創が黙って立ち去ろうした時琥珀が声をかけた。
「創、一人で動くのは……」
「……俺は平気だし。……お前には居るだろ、ニジゲン」
誰のことかは創はそれ以上言わなかった。琥珀には心強いニジゲンがいる、フレイが来る前に臨時を組んだというあのニジゲンも、フレイもいる。おまけに琥珀も自分より強いと来たものだ、なら一人で大丈夫だろう、など創はそう思っていた。
創は前もって他のニジゲンから想像力を貰っていたため一人でどうにかなる。琥珀が後ろから何か話していたが、創は聞かないふりをして単独動いた。
「おいこら!」
「フレイ、いいから」
無視をした創に突っかかるように叫んだフレイを琥珀は止めた。そして琥珀はフレイに何か言いにくそうに考えた後、口を開いた。
「……フレイ、創のそばに居てくれないか?」
「は!? 旦那何言って……」
「……こっちはサクリがいるし、サクリを創の所に向かわせるのは危険だろ? 他のツクリテがいる可能性あるし……フレイにしか頼めないんだ。……お願いできるか?」
「……はぁ……。そう言われると受けるしかないじゃん」
フレイは頭をかきながら琥珀を見る、フレイの思ってた通り、あれから琥珀はまた後遺症のせいで夜が眠れなくなっていた。挙句の果てに徹夜して起きようとしていたが、そこはサクリが魔法で眠らせていた。それでもなお、寝不足だったのだ。
フレイはそこが心配だったが、琥珀が創の事を心配する気持ちは分かる。そして琥珀の言い分にも、喧嘩してもなお親友のことを心配する琥珀を見てそれ以上何も言えなかった。もし琥珀に何かあれば、自分のエガキナですぐにかけつけられる。そう決まれば、とフレイは琥珀の影に向かってやんやと叫ぶように言う。
「やい! 聞こえてただろ! 今回はお前に任せるけど! 旦那のこと、ちゃんと守れよ」
その時影が揺れたような気がしたが、フレイは満足そうな顔をして創の後を追いかけていった。フレイの背中を見たあと、琥珀は移動した。
琥珀は割り当てられていた場所へとついた、他のツクリテのいるような様子がなく、琥珀だけいる空間だった。周りは変哲もない建物があるだけだった、けれど油断は出来ないと思いつつも、琥珀は創の事が気になっていた。フレイに任せたのはいいが、このままの状況が続くわけにはいかない。寝不足のせいか少し頭痛がする頭を押えていた時、錫杖の音が聞こえた。
「え、この音……」
チリン、チリーン。琥珀の耳に嫌という程入ってくる、どっと冷や汗が流れつつ音の方向へ目を向けると、錫杖をもった僧侶が目に入った。顔が見えず、ただチリン、チリンと錫杖を鳴らす。琥珀はそのまま下がって戦闘態勢に入ろうと動こうとしたが、ズキン、と頭痛がして思わずうずくまってしまった。
「い、たい……」
サクリを呼ばないと、と声を出そうとしたが、いつの間にか目の前に僧侶が現われたではないか。顔は見えず、そのまま琥珀を引きずり込もうとする。異変を察知したからかサクリの手が琥珀に伸びる。だが間に合わない、琥珀はしまった、と思った時には引きずり込まれていた。
「サク──!」
琥珀の声は途中でかき消され、静寂が広がる。その場には琥珀が羽織っていたコートだけが落ちていた、そして影からサクリがそのコートを掴む。その顔は眉にシワが寄っており、どこか殺気を漏らしていた。するとコートの中に入れていたであろうスマートフォンがなる、サクリは手に取り電話相手を見てそのまま電話に出た。
一方、フレイは創に追いついていたが、なにか喋るという訳でもなく沈黙だけが二人を包む。色んな箇所を回ったが顔なし旅僧侶は出ず、今日はこのまま出ないのだろうか、なんて思いつつ一旦琥珀と合流しようと創は気まずそうに琥珀に電話をかけた。暫くの着信の後、電話に出たのは琥珀ではなかった。
「……あ、琥珀?」
「……おい、今すぐこっちこい」
「は? その声……」
なぜサクリが出たのか、創は即座に嫌な予感が走り電話を切ると創はフレイに掴みかかるように話した。
「おい! はやくサクリのところに飛ばしてくれ!」
「……! 琥珀の旦那に何かあったのか!?」
フレイは急いで地図を取り出しエガキナを発動した、フレイはどうか無事でいてくれ、と願ったがその願いはサクリの元に来た時に呆気なく打ち砕かれた、サクリが手に持っていたコートを見て創は思わずサクリに掴みかかった。
「おいお前! 琥珀どうしたんだよ! なんでお前がいてアイツが……!」
「旦那! やめろ!」
「お前がそれを言えるのか」
「……っ」
創の手を掴んで離したサクリはその一言を言って、創にコートを渡したかと思ったらそのまま影に入ろうとしたが、フレイが止めた。サクリはゆっくりと振り向き、フレイの顔を見た。
「待て! …………必ず旦那連れ戻しに来いよ、絶対だからな……!」
「……」
サクリは何も言わずに影の中に入った、創はサクリから言われた一言で放心状態だったが、フレイは創の肩を掴んだ。
「……旦那しっかりしろ! ……アイツが絶対、琥珀の旦那のこと助けてくれる。……俺は、琥珀の旦那から頼まれてるんだよ、創のそばに居てくれって。だから俺は旦那のそばにいる」
「……俺のせい……だよな。俺がアイツのこと、一人にさせたから……つまらない意地張ったから……」
「ウジウジするのは後だろ! 俺らがここで、できることしよう」
「……」
創は手元に握られているコートを見て、力強く握った。
──どうか無事でいてくれ。
そう願うことしか出来なかった。