「ちょっといい?」
とある日、恋人である鈴鹿との待ち合わせの時、琥珀はそう呼ばれて顔を向ける。向けた先は見知らぬ男性、自分よりやや身長の高い、身なりも自分のように変な格好には見えない相手だった。琥珀を見てにこやかに笑みを浮かべている、どこかで知り合ったことがあるだろうか、と思いつつ口を開く。
「……なにか……?」
「ここに行きたいんだけど……」
そう言って相手は、スマートフォンのとある画像に写った店の写真を見せてきた。その店を一目見たい琥珀は思い出す、この店は最近話題のカフェではないか? と。鈴鹿ともこの店の事を話した記憶がある。なんと言っても、看板娘……もとい、うさぎが一匹、このカフェにいるのだ。そのうさぎが大変可愛いと評判で、うさぎが好きな琥珀はすぐに鈴鹿にお願いしたものだ、ここに行きたいと。
また今度この店に行くつもりだったのだが、この男性もここに行くつもりだったのだろう。
「ここ、評判になってるカフェ……ですよね」
「そう! ここまでは歩けたんだけど、なんだかナビの調子が悪くてー……案内して欲しいんだけど……」
「……俺が……?」
困った、案内してあげたいのは山々なのだが、いかんせん鈴鹿と待ち合わせをしている。相手は困っているのかチラチラと琥珀を見ては何度も頼み込む。なんなら腕まで掴まれてしまった。ここまでされると断るのも気が引け、鈴鹿と連絡をとって少し遅れると言おうか、なんて思っていると突然肩を強く握られると、誰かから引き寄せられた。
「何か用っすか」
「あ、鈴鹿」
琥珀の事を引き寄せたのは、待ち合わせをしていた鈴鹿だった。鈴鹿はぎゅ、と琥珀の肩を抱き寄せたまま相手を見る。その目がどこか睨んでるように見えるのは気のせいだろうか。一方、まさか鈴鹿が現れるとは思わなかったのだろう、相手の男性は狼狽えては琥珀の腕を握っていた手を離す。
「え、あー……待ち合わせしてたんだ……」
「鈴鹿、この人道に迷ってたらしいけど……」
「道? どこ」
そう言って男性を見る鈴鹿。ふと、周りの気温が下がったような気がしたが、鈴鹿の無言に耐えきれなかったのか、相手はそのまま慌てた様子で謝ると、そのまま去っていった。
「あ……道大丈夫だったのかあの人」
「迷ったらスマホで調べるだろ」
「さっきナビの調子悪いって言ってたけど」
「……電波の問題だろ。てかな、あれ、ナンパの常套手段だからな」
「ナンパ……? 俺を?」
男だけどな、と首を捻る琥珀。格好だって女性に間違われるような格好ではない。わざわざなんで自分に話しかけたのか、琥珀が唸っているのをみて、額にデコピンをする鈴鹿。
「男もナンパされるんだよ。……さて、そろそろ行くか?」
「いた……。……うん。……ありがとう、さっきは」
琥珀が笑ってお礼を言うと、別に、と返ってきてそっと手を繋いでくる鈴鹿。その手の温もりがうれしく、優しく握り返した琥珀だった。