冬の星は何かをみつけて、気づいた「今日は何をしよっかー」
訓練施設内で、大太刀を手に祀はニコニコと笑いつつ隣にいる冬星を見ていた。冬星は何度か祀からこうして稽古を付けてもらっていた、冬星は大太刀を使う訳では無いが、習って損はないだろう、との冬星なりの判断だった。後ろの壁に腕を組んでこちらを見ている鼎にぺこり、と頭を少し下げる。あまり話したことはないが、いつも祀と一緒にいることは知っていた。
「……この前の立ち回りをもう少し上手くなりたいです」
「あーあれ? 冬星くんもう十分だと思うけど……まぁいいや。それと並行して新しいの教えるねー」
「分かりました」
そう返事をした後、ふと上をむくと自分の双子の兄である渚月がこちらを見ていた。隣には小西家の五男である千惺もいた。何故ここに居るのだろう、と思っていると渚月がこちらに向けて手を振る。冬星が小さく手を振り返していると、後ろにいた鼎が二人に向けて怒鳴る声が聞こえていた時、祀が口を開く。
「冬星くんはあんな風に話すの?」
「……いえ、別に……」
三人の様子が面白かったのか、祀は何となくそう聞いたのだろう。冬星は三人の様子を横目で見た後、目を伏せる。あの子が亡くなってからというもの、他人と話す事が格段に減ってしまった。周りも、変わってしまった冬星と、距離を置くようになったからのもあるだろう。なんせ、高月に来る前まで渚月以外との誰かと話した記憶もあまりない。
チラリ、と隣にいる祀を見る。祀に関しては、今まで出会った人達とはまた違う気がした、祀が自殺未遂を何度もしているのは知っていた、それを止める権利は自分にはない。何度も自殺未遂をするということは、それ相応の理由があると思っていたのだ。自分も、死んだらあの子に会えるのでは、と何度も思っては、自分が惨めになってなぜ自分は生きているのだろう、と何度も思う。
そう思うと、祀が何度も自殺未遂をしているのを見てしまうと、行動に移せる相手の事を、そう簡単に責めることが出来なかった。
今更、自分が死んでも誰か悲しむというのだろう。けれど、もし祀が本当に自殺か、はたまた分霊が原因で死んだとしたら、嫌だなと思う自分もいた。その感情は、もしかしたら『悲しい』という感情なのかもしれない。
自分が祀に向ける感情の名前がわからない。分かることは、この感情は悪い方の感情ではないのはわかっていた。けれど、分からない。
「どうしたの、黙っちゃって」
冬星が黙り込んでしまったからか、顔を覗き込むように祀が見てきた。それに少し驚き、後ろに下がりつつ、口を開く。
「……少し考え事をしていただけです、すみません。手合わせお願いします」
「おっけー、いいよ」
「冬星、心ってどこに存在すると思う?」
「え?」
祀との手合わせが終わったあと、冬星を迎えに来た渚月と共に歩いている時、そう問いかけられた。心、そう呟いたあと、渚月の顔を見た。
「……分からない」
「本当に?」
渚月が冬星を見てきた。冬星は渚月の言葉に思わず口を閉じる。心なんて、本当に分からないのだ。あの日から感情がどこか抜け落ちて、自分の気持ちなどぐちゃぐちゃになってしまった自分にとって、心など言われてもよく分からなかった。
「冬星はわかってると思うけどね」
まるで自分の心を読んだかのように、渚月は冬星の目を見て言った。
分かってる? 自分が? と冬星はそんな訳がない、と言おうとしたが、いえなかった。なぜいえなかったのかは、分からない。一方、黙り込んでしまった冬星の頭を撫でる渚月。
「ごめんね、お前を困らせたね」
「……いや、大丈夫」
渚月の事をちらりと見つつ、自分の服を強く握った。なぜ渚月が突然そんなことを言ったのか、ずっと考えたが分からなかった。心、と小さく冬星は呟いた。
あぁ、今更わかるなんて。冬星は渚月から毒の札を貼られ、身体中が眠たく、だるく、目を開けるのがやっとになった時、ぼんやりとあの日の渚月の問いかけを思い出していた。
心はどこに存在するか、それは自分自身から生まれる壁を取り払った先にある。と冬星は考えた。その壁は、自分自身で壊すことも出来る。けれど、誰かの言葉や行動が後押しされて、結果的にその心は、相手との信頼となるのだろう。あの時、分からなかった感情が、たった今わかった。
自分は、祀の事を信頼したのだろう。信じれる相手と、分かっていたのだろう。自分の心の奥底の、吐き出せない気持ちを、相手なら分かってくれるかもしれないと。祀なら、わかってくれる気がしたのだ。それが、冬星なりの心というものなのだろう。
本当に今更分かるなんて、と冬星は自分の鈍感さに呆れてしまった。祀の過去など知らない、何故あんなにも自殺未遂を繰り返すのかも分からない。
けど、もしかしたら、祀も冬星に教えてくれる未来があったのかもしれない。だが、今、その未来は消える。自分の選んだ選択肢に後悔はない。渚月が死んだ後の自分が今後生きれる自信がない、だから渚月と心中する事に、抵抗などなかった。
「……」
今まで自分の人生が幸せだったかと言われると、あの子が死んだ後の人生は幸せだとはいえなかった。けれど、高月に来てからの人との出会いは、悪くなかったような気がする。自分は先に逝ってしまうが、どうか祀が自分のように死なないで欲しい、と冬星は目を閉じる。
──こちら側に来ないでくださいね、ずっと、自分の代わりに長く生きて欲しい。
こう思ってしまうのは、自分のエゴなのだろう。けれど、本当の気持ちだ。何度自殺未遂されても構わない、けど、生きて欲しい。こんな考え、矛盾してるのかな、と冬星は遠のく意識の中、口を開いたが、言葉は出なかった。
──もし生まれ変わったら、 になって下さい。