灰色は幸せの色を見つけた 朝、教室に入った時、珍しく先に登校していた創が琥珀の姿を見て手招きで呼んだ。なんだろうか、と琥珀は創のところまで行くと、創は鞄の中から綺麗に包まれた小包を取り出し、琥珀に渡す。琥珀はそれを見て、そう言えば今日は自分の誕生日だった、と思い出した。まさか、と思ってスマートフォンを確認すると、ついさっき自分の父親からメールが来ていた。メールを確認するとそこには自分の誕生日をお祝いする文面とともに、後日プレゼントを贈ると書いてあった。それに返信したあと、創に向き合った。
「……創、これ」
「やっぱ忘れてただろ? 親父さんからもメール来てたみたいだな。誕生日、おめでと」
「……うん。ありがと」
琥珀にとって誕生日とは、なんで生まれてきたのか分からない日でもあった。物心ついた時から母親に虐待まがいなことをされ、お祝いされた記憶があまりない。両親が離婚してからも、父親からは直接言われたこともなかった。父親の仕事が忙しいのは知っていたので、琥珀も何も言わずに、自分でさえお祝いしようとも思わなかった。
目の前にいる親友である創は、琥珀の誕生日を知った小学生の頃から約六年間、こうして琥珀の誕生日にお祝いとプレゼントを必ずしてくれた。そういえば、初めてプレゼントしてくれたのは創が書いたお話だったな、と思い出す。初めて創の作品を読んだ時から、お返しに創の誕生日に自分で書いた話を送ったものだ。お互いに原稿用紙など持ってなく、ノートに書いたものだが、今も宝物の一つとして大事に持っていた。
それにしても、寮にいる時に渡せばいいのに、と思いつつも、こうしてお祝いしてくれる相手がいるというのは、どうもむず痒く、気恥しい。
照れくさくて頬をかいていると、丁度鈴鹿が教室へと入ってきた。入ってきて、二人を見て挨拶をしたあと、琥珀の持っている小包を見る。
「はよ。……琥珀なにそれ?」
「鈴鹿おはよ、これ創から貰った」
「おはよーさん、琥珀今日誕生日なのよ」
「…………え?」
創の一言に鈴鹿が固まったように見えた。なんだろうかと二人が思わず顔を見合わせる。すると、鈴鹿が呟いた。
「……俺、知らなかった……」
「え、あ……ごめん。俺、あんまり自分から誕生日言うの好きじゃないから……。鈴鹿が知らなくても無理ない」
「あー……ごめんな鈴鹿……そんな落ち込むなって」
鈴鹿になら言っても良かったかもしれない。と鈴鹿の落ち込んだ様子に申し訳なく、琥珀はどう言ったらいいのか分からずに戸惑ってしまった。反対に、創はそんな鈴鹿を慰めるように背中を叩く。
「ほら、お祝いしたいなら後日しようぜ。丁度さ、学校休みの時に琥珀連れて街に行って遊びに行こう思ってたのよ。鈴鹿も来てくれるか?」
「……行く」
「なら決まり!」
「琥珀、その時プレゼント持ってくるから」
「え、いいのか?」
「お祝いしたいから……」
鈴鹿がそこまで言うなら、と言うことで琥珀は了承した。鈴鹿がこの間、創に時計をプレゼントしたのを思い出したが、その時創はちゃんと鈴鹿に話をした。心のどこかで大丈夫だろうと思っていた琥珀。その考えが間違っていることに気づいたのは、その後日、少し遅れての琥珀の誕生日のお祝いのときだった。
後日、学校休みの日。街中のファミレスで琥珀の誕生日をお祝いする創と鈴鹿。琥珀は照れくささを覚えつつ、飲み物を飲みながら笑う。
「二人とも、ありがとう」
「いいって! お前が生まれてきて、出会えて、本当に嬉しいし」
「……創……」
創の言葉に嘘偽りはない、自分が生まれて嬉しい、なんて言葉、心に染みるように、どこか暖かくなる。毎年創はそんな言葉を言ってくれるのだ、自分は生まれてよかったんだ、と改めて思えるのだ。創の言葉に思わず泣きそうになっている時、鈴鹿が細長い箱を取り出し、琥珀に渡す。
「琥珀、誕生日おめでとう。ごめん、これしか用意できなくて。……琥珀、創の言葉を借りるわけじゃないけど……生まれてきてくれてありがとう。俺も、琥珀に出会えて嬉しいんだ」
「……鈴鹿、ありがとう……」
油断したら泣いてしまいそうだ、泣かないように目を擦った後、鈴鹿からのプレゼントを受け取り、中身を開けた。開けた時、思わず息を飲んだ。
「……万年筆?」
それは万年筆だった、軸は暗めの紫色で、金色の細めの線で模様が描かれていた。そっとキャップをとると、ペン先にも細やかな装飾が施されていた。誰が見ても、安物ではないとすぐに分かる。琥珀は驚きのあまり、鈴鹿を見る。
「え、これ、鈴鹿」
「ごめんな、あんまり日にちなかったから。琥珀、認可だし作家だろ? だから万年筆がいいかなって」
「え、う、うん……」
それにしても綺麗な万年筆だ、と琥珀はじっと見る。手に取っただけで、どこか琥珀の手に馴染むのだ。
「すげー、琥珀いつか万年筆欲しいって言ってたもんな。でもこれ、見てわかるけど……高かったんじゃ」
「いや、そんな高くないけど」
「それ鈴鹿の感覚じゃね? まぁでも、琥珀よかったな」
「……ありがとう、大事にする」
照明の明かりでキラリ、とペン先が光る。琥珀は笑って鈴鹿にお礼を言った。
「その万年筆、本当に大事にしてくれてるな」
鈴鹿の部屋に遊びに来て、たまたま万年筆を取り出した時、鈴鹿がそう言った。琥珀は少し反応が遅れてしまったが、今手にしている万年筆を見た。あの日、鈴鹿が誕生日のプレゼントとしてくれた時からどのくらい経っただろう、マキナとして使っているのもあるが、大切に使っているからか、新品とはいえなくても、部品が取れたりしている様子はない。
「……大事にするに決まってるだろ」
大事な人からのプレゼントなのだから。琥珀はそう言って笑った。琥珀の言葉に鈴鹿も微笑んで隣に座る。
「琥珀の誕生日、盛大にお祝いするから」
「連理さんもお祝いするって」
「……話したんだ、誕生日。言うのは苦手って言ってたけど」
「……あの頃に比べて、言うのは嫌いじゃないなって思えたんだ」
「……そっか」
生まれてよかったのか、なんで自分は生まれたのか、と悩んでいたあの日々が、まるで灰色でしかなかった自分の誕生日が。苦痛でしかなかった自分の生まれた日が、今では色鮮やかに、灰色を塗りつぶすように琥珀を変えていった。
───この感情を言葉に表すならば。
自分は生まれてよかった、と言えるのだ。