会いたい、との言葉 カタカタ、ずっとパソコンの画面を見ながらタイピングをしていた琥珀は、少し一息つこうと手を伸ばして軽くストレッチをした。そしてチラリ、とスマートフォンを見る。手に取り画面を操作するが、特に連絡は来ていなかった。
今、琥珀の恋人である鈴鹿は締切に追われていた。本来なら、まだ余裕のある締切だったはずなのに、相手側の突然の都合により、締切の期限が縮まってしまったのだ。
それから約一週間、スマートフォンのアプリや電話で連絡をとってはいたのだが、その感覚も少しずつ間が空いていった。琥珀も、締切に追われてる時の余裕のないあの気持ちはよく分かっていたため、あまりしつこく連絡をしない方がいいかな、とは思っていたのだが、それと同時に少し寂しいと思ってしまった。
締切の邪魔をする訳にもいかない、と琥珀はスマートフォンを置こうとした時、着信が入る。相手は鈴鹿だった、鈴鹿からは締切が落ち着いたら連絡する、と言っていた。もう大丈夫になったのだろうか、と思い琥珀は電話に出た。
「もしもし? 鈴鹿?」
「…………」
「……鈴鹿?」
電話に出たが、鈴鹿から反応がない。どうしたのだろうか、と心配がよぎった時、なにかボソボソ、と声が聞こえてきた。
「……こはく……会いたい」
鈴鹿がそう言ったと同時に、耳元で急にバタンッ! と大きな物音が聞こえて思わずスマートフォンを耳から離してしまった。その後、何も物音が聞こえなくなった。琥珀は恐る恐る耳にまたスマートフォンをあてる。
「鈴鹿? もしもし? 鈴鹿?」
何度か鈴鹿の名前を呼んだが、何も返答は来ない。その時、琥珀にある予想が走った。もしかして、さっきの物音は、鈴鹿が倒れた音なのでは、と。
その時、血の気が引いていく感覚に襲われた。急いで鈴鹿の家に行った方がいい。と琥珀は慌てて用意をして家を出る。本当なら、フレイがいたらエガキナで飛ばしてもらえるのだが、今フレイは不在でいなかった。走りながら琥珀は創に連絡を入れる。
「創!」
「え、なに、どうした? そんな慌てて……」
電話に出た創は琥珀の慌てように、創は電話口で眉を顰めたが、琥珀からの用件に顔色が変わる。自分も今すぐ行く、と言ってそこで電話は終わった。
こんなにも鈴鹿の住んでいる所は遠かったか? と琥珀は思いつつ道を走った。
琥珀が急いで鈴鹿の住んでいるアパートに着き、前から貰っていた合鍵で扉を開ける。部屋の中は真っ暗だった、靴を脱いで部屋に入ると、部屋に倒れ込んでいる鈴鹿がいた。傍らにはスマートフォンがあり、落としたからか少し傷がついていた。
「鈴鹿!」
琥珀は慌てて鈴鹿を抱き寄せる、クマは出来にくい、と前言っていたのだが、薄らとクマが出来ていることに気づいた。顔色も良くない、頭を打ってないか確認したが、特にたんこぶが出来ている様子はない。息もしており、どうやら寝ている……いや、気絶と言っていいだろう。
「……はぁ……」
あんな大きな物音がしたからか、怪我をしているのではと焦っていた琥珀にとっては、特に怪我の様子がないことに、ほんの少しばかりの安堵のため息がでた。
流石にこのままでは、と琥珀はなんとか鈴鹿をベッドまで運んで寝かせた。寝かせた時、そっと鈴鹿の頬を撫でる。無理をしていたにも関わらず、疲労が溜まっていたのに、自分との連絡は必ずしてたのか、など申し訳ない気持ちが胸いっぱいに広がる。
すると、玄関から物音とバタバタと走る音と一緒に勢いよく創が部屋に入ってきた。息切れをしており、手には買い物をしてきたのか、買い物袋を二つほど持っていた。そして後ろからカインも来ていた。
「鈴鹿! 大丈夫なのか!?」
「……多分気絶したんじゃないかな。頭見たけどタンコブとか、血は出てない」
「……はぁ……よかった……。いや、一応カインも連れてきたけど……」
カインはエガキナで治療ができる。もし怪我していたら、と思って連れてきたのだろう。カインが改めて鈴鹿を見る。
「……私は、医者じゃないからなんとも言えないが……。エガキナを使わないといけないほどの、怪我はしてないようにも見える。恐く疲労が溜まったんだろう」
「分かった。あ、これ、一応ゼリーとかご飯とか買ってきた。あとは本人が起きれば……」
カインと創がそう言った時、鈴鹿が少し唸ってゆっくりと起き出した。ぼんやりと目を開け、琥珀や創、カインの姿をみて、最初は分かってなさそうだったが、段々と覚醒したからか、目を見開いてきた。
「え、は? なんで……?」
「お前覚えてないのかよ、琥珀に電話したんだろ」
「電話……?」
創からそう言われて、鈴鹿は思い出そうとする。そんな鈴鹿の手を握る琥珀。
「鈴鹿から電話があって、会いたいって言った後に凄い物音したから……。それで家に来たんだ。そしたら、鈴鹿倒れてて……」
「……あ、あー……」
琥珀の言葉に思い出したのか、鈴鹿は頭を抑える。心配そうに見る琥珀と、思っていたより大丈夫そうな鈴鹿をみて、どこか安心するように見る創。
「締切で無茶したんだろ、飯食った? ゼリーとか買ってきたけど」
「……食う。……ごめん、心配かけて」
「ほんとだぞー、琥珀なんて俺に電話した時、泣くんじゃないかって」
「創」
創の足を蹴飛ばした後、琥珀は安心したからか、鈴鹿に抱きついた。鈴鹿は少し驚いた顔をしたが、抱き締め返してくれた。なお、的確に足の脛を蹴られた創は、痛みのあまり蹲っていたが、カインは何もしなかった。
「わり、心配かけた」
「……キツかったのに、連絡とか無理させたんじゃないかって思って」
「別に琥珀と連絡すること、無理するに入らないし。恋人からの声とか、励みになるだろ」
「鈴鹿……」
鈴鹿の言葉に照れだした琥珀を横目に、創はカインを手招きしてキッチンへと行く。買い物袋からレトルト食品を数個取り出しながら、創は口を開いた。
「いやー、目の前でイチャられたらね」
「……。創は何もしないでくれないか、爆発させそうだ」
「レンジくらい使えますけど!?」
そう言いつつ、鈴鹿に何事も無かったことに安堵する創であった。