「……デッケー家だな!」
「そうですかね……?」
スノーフレークのとある土地、大きな館と、綺麗なバラ園を前にして思わず言ったのはダミア。隣にいたレイフは、そんなダミアの発言に首を傾げる。レイフの家であるオルグレン家は、スノーフレークの中でも名前を聞いたら誰でも知っているような家柄だった。その名に恥じない、と言わんばかりの目の前の光景が広がる。
なぜダミアがレイフの家に来ているのか。それはレイフが誘ったからだ。レイフはめでたく、ずっと目標にしていたSランクの冒険者になれた。家との関係も、少しずつだが、以前のような気まづさも消えている。まだ父親と話すのはぎこちないが。
そんな時、あの父親から友人を連れてきたら、と言ってきたのだ。最初は耳を疑ったのだ。父親は、昔から貴族以外の相手と交友関係を広げる気はさらさら無かった。いわゆる、庶民とは仕事上は付き合うが……友達などなった所など、見たこともなかった。まぁ、貴族と庶民では、まず接点が生まれるかといわれると、そうそう無いのだが。
レイフは最後まで迷って、一応ダミアに聞いてみたのだが、ダミアが即答で行きたい、と言ったため、今日連れてきたのだ。そんなダミアは、キョロキョロと先程からバラ園を見ている。そして、二人の後ろを歩いているのは、オルグレン家の執事である、初老に見えるエルフのグレイだった。
「俺、執事とか初めて見たわ」
「グレイは、俺が生まれた頃から俺の執事としてそばに居てくれました」
「レイフ坊ちゃんと、旦那様のお世話もしたものです」
「さすがエルフ。長寿だとそうなるんだな」
グレイはダミアの言葉を聞いて微笑む。レイフが初めて友達を連れてきたのが嬉しいからか、ダミアをどこか気にかけていた。オルグレン家の執事は余計なことを言わない、顔にも出さない、と言われているが、自分たちの前では、嬉しそうに微笑んでいるグレイをみて笑うレイフ。
話しているうちに、扉の前へ着く。グレイがドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けていく。扉を開けると、広い大広間と階段、そしてレイフの両親であるルキとナナリーが居た。相変わらずの目付きでこちらを見てくるルキ、決して怒ってる訳では無いのはわかるが、ダミアが緊張しないか不安だった。
「……ただいま帰りました。あの、こちらが話してたダミアです」
「えーと……。ダミア、デス」
流石に、レイフの両親の前では敬語で話さないといけないと思っているのか、少し片言に聞こえるが話すダミアに耳打ちした。別に敬語じゃなくて、普段通りの言い方で大丈夫だ、と。
「……驚いたな、てっきりエルフを連れてくると思った」
「え? エルフとか関係なくない?」
「あら、その子の言う通りよ」
てっきりエルフだと思っていたのか、些か驚いた……と言っても、眉を少しだけ顰めていたが、そう言ったルキに対し、ナナリーはそういってダミアに近づく。
「ごめんなさいね、この人も言葉足らずで……。ダミアくんね、レイフと仲良くしてくれてありがとう。お茶の準備をしてくれてるから、お茶でもいかが?」
「え! もらう!」
そう言った後、ダミアはナナリーとレイフの顔を交互に見る。
「レイフってかーちゃん似なんだな!」
「え? まぁよく言われますけど……」
「けど、イシャラトム捕獲の時の目つきはとーちゃんそっくりだな!」
「えっ、はぁ!? そんな目付き悪かったですか!?」
「あら、この人の目可愛いでしょ?」
「……おい」
ナナリーが惚気を言いそうになるのを止めるルキ、立ち話をとりあえずやめ、グレイが部屋へ案内する。廊下を歩くだけでも、足から伝わる廊下に敷かれている絨毯の感覚と、有名な人物が描いたであろう絵が飾られており、ますます貴族の家なのだと伝わる。
部屋に通され、ソファに座る。グレイが紅茶をいれる準備をしている横目でダミアがソファの座り心地に思わずクッションを何度も握る。
「めっちゃ座り心地いい」
「それはよかったです」
「なぁ、俺お茶のマナーとか知らねぇんだけど」
「教えるので大丈夫ですよ。というかまぁ、お茶会ってわけじゃないので、そんな堅苦しくしなくてもいいです」
へぇ、と言いながらダミアは菓子を食べる。相変わらずルキは鋭い目付きでダミアを見ているが、話したいんだろうな、とレイフはそう感じた。
それとは反して、ナナリーはダミアに話す。
「この子がご迷惑おかけしてないかしら」
「まぁ、レイフたまに突っ走るけど、迷惑なんて思ってないぜ」
「えっ、そんな突っ走った記憶ないんですけど……」
わはは、と笑うダミアをみて呆れつつ笑うレイフ。
ルキとはともかく、ナナリーと話している様子にどこかほっとする。
話している、というかほぼ内容がナナリーによるルキの惚気話なのだが、ダミアは笑いながら相槌を打っていた。ルキが横で聞いてますます眉をしかめ、皺が寄っていたが、何も言わないところを見ると、もう諦めたようだ。そんな時、ルキがレイフの顔を見る。
「……レイフ」
「……なんでしょう」
「……あー、その……。……Sランクになったのだろう。……おめでとう」
「……! え、あ、はい。ありがとうございます」
レイフは驚いてしまった。実は、ルキやナナリーには自分がSランクになったことなど、全く話していなかったのだ。誰から聞いたのだろうか、と困惑しているレイフを見て、言いにくそうに話す。
「……親父から聞いた」
「……じいちゃんから……」
「早く会いたがってたぞ、暫くしたら行きなさい。今日は泊まるのだろう、お祝いもする。……親父と一緒にな」
「……は、はい」
やっと返事をして、レイフは顔を下に向ける。親子の会話としては、どこかぎこちなかったが、少なからず、ルキが歩み寄ってくれたのが伝わった。じわり、と涙目になりそうなのに気づき、慌てて目を擦ったあと顔を上げる。その時、ルキがダミアに声をかけた。
「ダミア……くん」
「お? なんだ?」
「……これからも、レイフをよろしくお願いしたい」
そう言って、頭を下げるルキを見て驚いてしまった。ルキが誰かに頭を下げるのを見たことがなかったからだ。そんなルキにダミアは笑って答える。
「もちろん!」
「皆様、紅茶でございます」
丁度その時、グレイが四人に紅茶のはいったカップを静かに置く。紅茶を一口飲んだダミアが驚いた顔をする。
「え、すげー美味い……」
「お口にあって良かったです」
「ダミア、少ししたらじいちゃんの所に行きましょう、じいちゃんも会いたがってたので」
「え! まじ? レイフのじーちゃんどんな人なんだろうな〜」
楽しそうに話すダミアとレイフを見つめるルキ。横目で見ていたナナリーは口を開いた。
「……楽しそうね、レイフ」
「……あぁ。……それよりも、彼に先程の話をするのは……」
ルキは横で聞いていたのだが、ナナリーがダミアに対して惚気を話していたのを咎めた。誰かに話すなと何度か言っているのだが、それが直ったことは一度もない。ルキの言葉に首を傾げるナナリー。
「あら、彼と話して拗ねてるの?」
「いや拗ねてるわけでは……」
「ふふ、可愛い人」
「いやだから……」
どう言ったら伝わるんだ、とルキが頭を抱えているのを眺めていたダミアは口を開く。
「レイフのかーちゃん、本当にレイフのとーちゃんのこと好きなんだな」
「……ここまでいちゃいちゃを見せられるとは思ってませんでしたよ……」