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    yuki20201014

    @yuki20201014
    👔🥂左右相手完全固定。👔推し。
    2020年10月からどひふ沼に住んでます。
    世界がデジタルになっているのに戸惑い中の古の腐女です。
    R18はリス限です。リスト追加はTwitterのプロフをご確認ください。

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    yuki20201014

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    どこへ行くのも一人より二人 どひふWebオンリーイベント 2022.07.03
    サークル名:うみ と ゆき(合同サークル)
    合同誌「子供になっちゃった!」


    透パートです。
    ⚠タイトル通り捏造満載です!
    うみさんパートはこちら→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17888913

    #どひふ
    servant

    俺とひふみの24時「独歩」
    叫び声と共に一二三に突き飛ばされた俺は、勢いで前のめりに路上に転がった。
    とっさについた左手と右腕が熱い。
    急いで起き上がり振り返ると、一二三が同じように倒れているのが見えた。
    前髪に薄く隠れた両目は閉じていて…
    …自分の中で何かが切れた音が聞こえたように感じたが、覚えているのはそこまでで、そこから何もわからなくなった。


    独歩と一二三はちょうど合流したところだった。
    あとは寂雷が来るのを待って、3人で食事に行く予定だったのだ。
    今や麻天狼として顔が売れている二人、最凶との呼び声も高く、最近は絡まれて野良ラップバトルを仕掛けられることも少なくなり、確かに少し油断をしていた。
    二人は5人にラップバトルを仕掛けられ、しかし、連携した二人のラップをたたき込み、3人を返り討ちにした。
    あと二人。そんなタイミングだった。異常な起動音が辺りに響いたのは。

    我に返ると、敵は全て倒れ、自分自身は立っては居るものの膝が笑い、頭は割れそうに痛い。
    口の中は鉄臭い血の味がし、鼻からドロリと温かい液体が流れ出しているのがわかった。
    振り返るといつの間にか寂雷が到着していて、一二三を介抱している様子が見えた。
    一二三の意識はあるのか、怪我はないのか、無事なのか…様々な考えが頭に浮かび、しかし形を成して声帯からは何も出せずに、口を半開きにしたまま、一二三に向って一歩踏み出す。
    顔を上げてこちらを見る寂雷と目が合った…と、思った所で今度は闇に飲まれた。



    気が付くと寝かされていた。
    カーテンで仕切られた狭いベッドだけの空間。
    どうやら病院のベッドに寝かされているらしいと認識したところで、足元側のカーテンの上から寂雷の頭が見えた。
    「…っんせい…」
    今まで意識が無かったからか、かすれ気味の声で呼びかけると、気づいた寂雷はカーテンを開けて入ってきた。
    「独歩くん、気づいたんだね。良かった。」
    「どっぽ?」
    寂雷の声を聞いて、『ひょこっ』という効果音でも付きそうな様子で、一二三がカーテンの隙間から顔を出した。
    治療を受けたのだろう、頬に湿布が貼り付けてあるが、その動きは軽快だった。
    腹から安堵感が一気に駆け上がって来て、ため息の様に声が出た。
    「ひふみ…怪我は…」
    ベッドの上に肘をつき、起き上がりながら声を掛けると、ひふみの目が見開かれたのが分かった。
    「えっ…ダレ…」

    「え…」
    恋人の発言に呆然とする。
    そこへ寂雷が割って入った。
    「二人とも気がついて良かった。少し落ち着いて話そう。一二三くん、もう一度説明するから、ここに座ってくれるかな」
    寂雷はベッドの隣にある丸椅子を差し、自分も座る。
    「は~い」
    大人しく言葉に従って丸椅子に今度は『ちょこん』という効果音でも付きそうな様子で腰を下ろす一二三を見ながら言い知れない違和感と焦燥が足元から這い上がってきたのを感じる。
    何かがおかしい。


    「先生…一二三は…」
    「独歩くん、順を追って説明するからね。」
    話し出そうとした俺を一旦制して、先生はゆっくり俺を見る。
    穏やかな寂雷の声を聞くと少し焦りが落ち着いた。先生には違和感はない。
    「はい」
    大人しく話を聞く姿勢をとると、寂雷は一度一二三を振り返り、それから独歩に向き直って話し始めた。
    「まず、二人を襲撃した5人は独歩くんが昏倒させた状態で病院に運ばれました。警察が監視しています。命には別状ないそうです。」
    「3人は一二三と二人で倒しました。残り2人は…僕がやったんですね?」
    「おそらくそうだね。独歩君はオーバーフローで倒れたというのが僕の見立てだけど、攻撃を受けたかどうか記憶はある?」
    「ありません。一二三が倒れてそこからは…どうしたかちょっと、覚えていないのですが」
    「独歩くんは一二三くんの事となると、タガが外れてしまうね」
    困った。と言う様に寂雷が眉を下げる。
    「すみません…」
    「彼らは1本違法マイクを所持していたみたいなんだ。そして、おそらく一二三くんがその攻撃を受けてしまったのだと思うのだけど」
    「…3人を斃した所で異様な起動音がして、俺はひふみに突き飛ば…庇われたんだと思います」
    「うん。私が到着した時には、もう独歩くんが相手を倒した所だったから、詳細はわからないのだけど」
    話しながら独歩は一二三に視線を移し様子を伺う。
    同じように一二三も観察するような様子で独歩をじっと見ていた。
    「一二三くんが倒れていたので、まずは状態を確認して、独歩くんは暫く動かずに立ったままだったんだけど」
    「振り返って気絶した、ですか?」
    「そう。とりあえず独歩くんは一二三くんの様には違法マイクの影響は受けていないみたいだね」
    「じゃぁ一二三は…」
    「うん。どうやら精神干渉を受けてしまったみたいなんだ」


    「そんな…ひふみお前どこに影響を受けたんだ」
    乗り出して一二三に近づこうとする独歩を寂雷が遮るように手を出して止める。
    「独歩くん落ち着いて。まだ一二三くんへの影響は完全には判明していないのだけど、わかっている範囲の話をすると…。一二三くんは、記憶が無くなっているみたいなんだ」
    「記憶が」
    「と言っても、本人の認識は14歳らしいから、最近の15年間くらいらしいのだけど」
    「15年…」
    「あのさぁ~」
    それまで黙って独歩を見ていた一二三が口を開いた。
    「独歩ってホントに独歩?ホントにホントの独歩?」
    「ホントの独歩が何かわからんが、お前の幼馴染の観音坂独歩は俺だよ。」
    「マジで~?ん~どっぽちんと髪の色と目の色だけはおんなじだけどさぁ~かわいくないし。なんか顔色わり~し?」
    「何か共通の記憶や認識があれば、少しは信じてもらえそうなのだけど、独歩くん、どうだい?」
    寂雷が困ったような顔で独歩に促す。この様子だとかなり疑われたようだ。
    ウソを見抜いてやる!という意気込みの様子の一二三はその目でまっすぐに独歩を見つめている。
    かわいいってなんだよ。お前の方が数百倍、いや数千倍は優にかわいいが?と邪念が出かかり、急いで思考を軌道修正しながら、少し考えて口を開いた。
    「そうだな…中学の入学式の日、覚えてるか?一二三が俺を呼びに来て急かすから二人で先に登校したら、後から母さん達に『式の前に門の所で記念写真撮れなかった』って滅茶苦茶怒られた」
    「あーそうそう! それ覚えてる! んで、帰りに撮ることにしたんだよな」
    「あぁ、だけど順番待ちで並んでたら俺の弟がぐずって、結局母さんはカメラを一二三の母さんに任せて先に帰って」
    「!」一二三のハニーゴールドの両目が見開かれる。
    「で一二三の母さんに撮って貰う時にお前がどうしても一緒に撮りたい、って言い張るから俺と二人で写真撮って貰った。今考えたら後ろで並んでた人イラついてたぞ。あれ多分。」
    心なしか一二三の頬が紅潮する。
    「風が結構あって、俺んちのカメラで撮った写真は、桜の花吹雪の中みたいな写真になって、ひふみにも焼き増ししてあげたよな?」
    「…あのさ…ホントにどっぽなん?」
    何故か耳まで赤くなってきた一二三はまだちょっと疑わしい。という様子で独歩を上目遣いに見る。
    「いやだからそうだって…」
    「マジで?!独歩メッチャ大人じゃん! 目の下黒いしウケる!」
    「いやウケるなよ。悪かったな黒くて。忘れてそうだがお前も同い年だからな」
    「あ、そか。さっき鏡見たけど何か、俺っちスゲーイケメン?じゃね?独歩はさ~、なんか大人の人ってカンジ?」
    「30直前で子供のままじゃヤバいだろ…」
    「30直前? ホントに29歳なん? 大人になったな~独歩ちん!」
    「いや、お前もいい大人だし、なのに中身が子供に戻っただけだから」
    「う~ん」と唸りながら一二三が両腕を組み思案するような様子を見せる。
    「それなんだけどさぁ。急に大人の人に『独歩です』って言われてもって思ってたんだよねぇ…。でも俺っちも体デカくなってっし…。入学式の事知ってっし……独歩が誰かに話したとも思えねぇし…」
    う~ん。としきりに唸りながら、こちらをじっと見る
    一二三に、違和感の正体はこの訝しげな視線だと気づいた。
    いつも『絶対的信頼』を寄せてくれている一二三が『信頼しきれない』という気持ちで俺を見ているのを感じる。
    内臓がざわついて、背中から嫌な気配が侵食してくる。
    一二三に信頼されて信頼して、頼られて頼って、甘えられて甘えて。それが何の疑問もなく今まで成り立っていた事を今更実感した。

    「わぁかった!じゃぁ独歩だって信じる!」
    え~いままよ!という思い切った様子で一二三が宣言した。
    おいそんな思い切りしていいのか。大丈夫なのか。お前の危機意識はどうなってるんだ。と言いたくなったが、とりあえず自分が観音坂独歩だということは信用して貰えたらしいので、黙っておく。
    寂雷も安心したようにホッと息を吐いた。
    「良かったよ。一二三くん、僕が説明しても鏡で自分の姿を見ても半信半疑というか」
    ちょっと困っていたんだ。と寂雷がこぼす。
    「お前先生にご迷惑を…」
    「いや、一二三くんに信用して貰える人が居て良かったです。独歩くん」
    「まぁ…付き合い長いですから…」
    「なぁなぁ、どっぽと俺っち、大人になっても一緒に遊んでんの?」
    軟化した様子で首をかしげる一二三。
    その言葉に、独歩は殴られたような衝撃を受けた。
    大人になって、14歳から15年も経って、まだ一緒に居る事が、疑問に思われる事だと、そう一二三に言われた気がしたのだ。

    「そう…だな」
    「?ナニナニ?どしたん?大人どっぽちん?」
    「いや」
    「まっ!俺っちたち大親友だもんな!」
    にゃはは~と笑うひふみには含んだものは感じられなかった。(中身が)14歳の一二三の率直な感想は余計に心に刺さる。
    「一二三くん。もう夜だし病院では静かにね」
    「は~いっ!」
    「いや静かにしろ」
    「ところで、今日はどうしますか?二人ともこのまま泊っていくかい?」
    ベッドサイドの時計はもうすぐ22時といった時間を指している。
    「いえ…帰ります。申し訳ありません。僕たちが絡まれたばっかりに面倒なことになり食事にも行けず」
    そう言ってベッドの上で頭を下げた独歩は、ベッドわきに置かれたジャケットやカバンを手に取りながら、ベッドから降りる。
    「いや、僕がもっと早く到着していてればこんなことにはならなかったと思うんだ。すまなかったね二人とも」
    そのまま、病室から出ながら寂雷は謝罪を口にした。
    「そんな事は…」
    言いかけた所で、独歩は後ろから袖を引かれて振り返る。
    少し不安そうな一二三が独歩の顔を覗き込みじっと目を見つめていた。
    「あの…どっぽ?俺っちさぁ、どうすればいい?」
    「は…?」
    「俺っちなんもわかんねぇんだけど。どっぽは俺っちが今どこに住んでるか知ってる?」
    そこまで聞いてから独歩は寂雷へと振り向いた。
    「先生…コイツに何も説明していないんでしょうか?」
    「ごめんね独歩くん。一二三くんに信じてもらえなくて話が進まなかったんだ」
    困り顔でしかしどこか楽しそうな光をたたえた寂雷の目が細められた。
    「あぁ!? すみませんすみませんすみません!!ひふみぃ、お前は先生を信用しないとか何て失礼なんだよ」
    「え~? だって知らない人は信じてついてっちゃいけないんだぜどっぽちん!」
    「そうだね。ちゃんとしていてエライね一二三くんは」
    褒められた一二三は少し自慢げに笑っている。
    独歩はちょっと頭を抱え気味に唸らざるを得なくなった。
    「先生、違法マイクの効果はどれくらい続くんでしょうか」
    「それが何とも言えなくてね。命に別状が無いとは言え、何しろ犯人一味はまだ意識が戻ってないそうだから話も聞けていなくて。」
    「…」
    こちらは被害者でしかも記憶がないとは言え、我ながらやりすぎたかもしれない。
    「独歩くん、君も無理をしているから、十分に休養を取ってください」
    「はい」
    「でも、一二三くんの様子は気を付けて見てあげて」
    二人の後ろから付いてくる一二三を気にしつつ答える。
    「もちろんです」
    「明日、もう一度検査をした方が良いだろうから、二人とも来られるかな?」
    「はい。明日は二人とも休みなので」
    「そうだったね。それで食事に行こうという話になったんだった」
    「はい。では明日また伺います。ありがとうございました」
    ひそひそと話しながら勝手知ったる通用口まで移動すると、そこで先生に別れを告げ頭を下げる。
    独歩と一二三は病院から少し行った路上でタクシーを捕まえて乗り込んだ。
    「どっぽ~?そんで俺っちどうすればいいん?あっ!そうだ!今日さぁ独歩んち行っていい?」
    「ぶっ」
    「え?ナニナニいま笑うとこあった?どこどこ?」
    キラキラした目でこちらを見つめてくる一二三は中身が子供だと思ってもドキリとさせられる。
    「少し黙っててくれ」
    「え~?独歩んち俺んちと近い?あっ…。…どっぽ、お嫁さ
    んとか居る?」
    恐る恐るといった様子で不安そうな声を出す一二三。
    俺に嫁が居るとしたらお前だよ。とは思ったが言わないでおく。
    「居ないよ」
    そう答えると、一二三は急に勢いを取り戻した。
    「ケッコンしてないの?大人なのに?」
    嬉しそうに確認を入れてくる。俺が結婚していないのがうれしいのか…。
    俺は今、おまえと結婚したいと思っているのに、まだそう言えてないだけなんだよ。
    「…そうだな」
    「じゃ…こ、恋人がいるんだ?」
    「いいから少し黙ってろ」
    「え~?」
    そう言われながらも一二三は都会の夜の風景が物珍しいらしく、車窓から見える景色をわざわざ
    「わ~」「ほら独歩あれナニ?」と騒ぎながら見ている。
    その様子を見て、独歩は心中で考えを巡らせてみる。
    この一二三に二人の関係をどこまで話すべきなのか。
    考えるまでもない。相手は見てくれは29歳だが中身は14歳。
    二人がお互いに想いを打ち明けて結ばれたのは同居を開始してからだ。
    実はいつから好きだったか、という事に関しては一二三は頑なに教えてくれていないので、14歳の一二三が俺の事をどう思っているかは未知数。
    この様子だともしかして、とは思わなくもないが、こと一二三に関して油断と慢心は禁物だ。突拍子もないのは子供のころからで今も変わらない。
    29歳の一二三とはお互いに相手の身体に知らないところなど無い程睦み合った仲ではあるけれど、どちらにしても14歳にはその事実は伏せておいた方が良いだろう。
    教育上いいとも思えないし、あれやこれやを聞かれても俺も困る。
    この休みには肌を重ねられるだろうと期待していたから残念な気持ちはある、しかし恐らくわざと明るくふるまっている様子の一二三を安心させるのが第一だと結論付けた。

    程なく、タクシーは自宅からほど近い24時間営業のスーパー前に停まった。
    「独歩すげ~!それって大人が使うヤツっしょ?」
    と一二三に感心されながら独歩はカードで支払いを済ませて、一二三と共にタクシーを降りる。
    夕食を喰いっぱぐれてしまったので、ここで何か買って帰る算段だった。
    二人で連れ立って入口を入ると、正面にはとりどりの季節のフルーツが並んでいる。
    「ひふみ、腹減ったろ?何食べたい?」
    独歩が買い物かごを掴みながらそう声を掛けると、一二三は振り返って
    「どっぽちんが作ってくれんの?」
    と嬉しそうに目を輝かせた。
    「いや…俺にそんなスキルを求めるなよ…弁当か、レトルトか…あ、だが多分家には炊いてある飯は無い。いや冷凍ならしてあるかもしれないな…」
    「…自分ちなのにわかんねぇの?」
    「うっ…そうだ俺は自宅のコメの状態すらわからない…俺は俺は…」
    「……あっ!俺っちアレがいい!」
    ネガティブを発揮しそうな独歩を置いて一二三はスタスタと進んでいく。
    足を止めたのは鮮魚コーナーだった。独歩はついて行って二人で切り身が並んだ冷蔵ケースの前に並ぶ。
    「ほらこれ!調理実習で鮭のムニエルつくったじゃん? 俺っちそれなら作れる!これで作ろ?」
    ひふみの長く細い指が、鮭の切り身を指す。
    「あぁ…そういえば作った気も…」
    「どっぽちんは焦がしてたけどな~」にゃはは。と笑う一二三。
    「覚えてない」
    「え~?『焦げたとこも旨い』って言い張ってたじゃん」
    「お前の作ったのはきれいに出来てたよな。それは思い出した。」
    「えっ」
    「昔からひふみは器用だったな。料理も上手かった。」
    「どっぽどしたん?普段そんな事言わね~のにさ。照れんじゃん。」
    「あの頃は俺は子供で。何でもお前に負けたくなくて。それに恥ずかしくて。素直にひふみのいい所を褒められなかったんだ。」
    「そ…なんだ?」
    「うん。ひふみ、この切り身でいいか?」
    独歩が切り身のパックを手に取り隣に立つ一二三に視線をやると、耳まで真っ赤になった一二三が独歩を見ていた。
    「おおおお大人のどっぽちん、実は女たらしとか?」
    「は?なんでそうなるんだよ」
    「おれっち野菜見てくる!」
    そう言った途端、一二三は入り口方向へダッシュで戻って行った。
    突然の行動に「変わらないな」と思いつつ、ついでに果物を調達しようと一二三を追って入口へ戻ると一二三はジャガイモが積み上げられた前で止まっていた。耳の赤みは少し引いたらしい。
    「ひふみ? どうした?」
    「ポテサラ作る? どっぽ好きっしょ?」
    「あぁ…」
    「俺っちがどっぽに初めてポテサラ作った時の事…覚えてる?」
    「人参が妙に硬かったヤツか」
    「も~ 確かにいっちゃん最初は硬かったけどさぁ。でもどっぽメッチャ食べてたじゃん!」
    「あれ、人参は硬かったけど、旨かったよ。隠し味にバター入れるって言ってたヤツ。」
    一二三の顔がこちらを向く。まだ頬が紅潮したままだ。長いまつ毛の下からキラキラした瞳がこちらを覗いていた。
    「…やっぱ、どっぽちん本人か~」
    「おいおい、まだ試されてんのか俺は?俺はあれからポテサラが好物になったんだぞ」
    「え?そなの?前から好きだったんじゃねぇの?」
    「ひふみが作ってくれたポテサラが旨かったから、それからポテサラに対する評価が変わったんだ」
    「ほんとに?今も好き?」
    「今も好物。」
    「そっか。んへへ。なんか嬉しい。んでも、どっぽ大人なのに子供みたい」
    「好き嫌いは大人も子供も関係ないだろ」
    一二三の瞳が瞬いた。何を考えてるんだろう。同時に一二三のおさまりつつあった紅潮がまた耳にまで広がっていく。
    「そっか…大人も子供も関係ないかぁ~」
    真っ赤なままの一二三が破顔する。
    「どっぽだって信じるからな」

    その後、二人でポテサラの材料をイチから集め(自宅にどんな食材があるか俺にはわからない)、果物にはさくらんぼを選び、ご飯がない事を想定して、レンチンのご飯を買い物カゴへ放り込み…。
    あ、明日の朝食はどうしよう。
    そこまで考えて、いつもいかに一二三が俺の食生活を慮ってくれているかに今更気づき、胸にじわりと温かいものが広がるのを実感した。
    まぁ本人は今、目の前でペットボトルをとっかえひっかえし付けられたオマケを吟味しているんだが。

    概ね必要そうなものを買い物カゴに放り込み、レジへ向かう所で商品棚通路の反対側から、あろうことか女性が歩いてきた。
    仕事帰りといった風な若い女性で、スマホに何かを打ち込んでいるらしくこちらを見ていない。
    同じく棚の商品を眺めながら歩いてよそ見をしている一二三もそちらを見ていなかった。
    庇おうと前に出ようとしたが間に合わず、女性と一二三がぶつかる。
    「おわっ!」
    「あっ…ごめんなさい」
    「俺っちもメンゴ!だいじょぶ?」
    「だっ…大丈夫です」
    ぶつかった女性が一二三の顔に見とれながら真っ赤になる。
    「よかった、じゃ~ね~!」
    朗らかに女性に手を振って、レジに向かう一二三を見て頭が真っ白になった。
    女性を怖がらない一二三が目の前にいる。
    「どっぽ~?」
    振り返った一二三は不思議そうな顔をしていた。
    「どしたん?目ぇ赤いよ? もしかして~腹へって泣きそう?」
    「そんなわけ…あるかよ」
    俺の心象風景は形容しがたい嵐だった。


    会計を済ませ、それぞれ1つずつビニール袋を提げて(エコバッグは持っていなかったため、恐らく後で記憶の戻った一二三に怒られる)マンションへ到着した。
    解錠してドアを開け、一二三に入るよう促す。
    「ほら入れよ」
    「おっじゃまー、…しま~す…」何故か途中から声を潜めてそう言う一二三。
    よくわからないが、22時を過ぎているから騒がしいよりはありがたい。
    だが玄関ドアを閉め、照明が点いた途端。
    「えっ!ひっろ!!」
    「玄関で大声出すな」
    驚いたような声を上げて廊下の奥を覗き込むようにする一二三。
    リビングのドアは閉じているので奥は見えない。
    とりあえず玄関に買い物の袋と仕事カバンを置いて、室内の案内をしておく。
    「トイレはここ、洗面所と風呂はこっち。
    このドアは俺の寝室。中は魔窟だから立ち入る時は足元に注意してくれ。」
    「まくつ?」
    「そう呼ばれてる」
    「誰に?」
    「…時々片づけて掃除してくれる人」
    「…ふ~ん…。」
    「こっちはリビングとダイニング、キッチン」
    説明しながらリビングのドアを開き、照明を点ける。
    「わぁ…すっげ―広いじゃん。片付いてるし。やっぱどっぽちん一人暮らしじゃないっしょ。…カノジョとかと一緒に住んでる?」
    鋭いな。一緒に住んでいるのは彼女ではないが。
    「まぁ同居人は居る」
    そう伝えると、心なしか一二三の目が潤んだ気がした。目を逸らし声のトーンも落ちる。
    「やっぱそっかぁ…。ねぇ俺っち来ても良かったん?」
    「このドアは同居人の寝室」
    「え?あ、居るの?寝てんの?俺っちの事知ってる?あの、あのさ俺っち挨拶した方がいい?」
    「顔見て挨拶したければ洗面所でできるぞ。ここお前の部屋だよひふみ。」
    「は?」
    逸らされていた目がこちらをむいて、見開かれる。
    「俺と同居してるのはひふみ。」
    「…俺っち?」
    「そう。魔窟を掃除してくれたり、この部屋を片付けてくれたり、食事を作ってくれたりしてるのはひふみ。」
    「俺っち独歩と一緒に住んでんの?!」
    「こんな俺が他の誰と住めるんだよ。お前以外とは一緒に住めないよ。俺は」
    またみるみる顔を真っ赤にさせる一二三を見て、中学の時はこんなに分かり易い一二三の変化に気づかなかったのか。と余裕のなかった自分を思い返した。
    「だっ、だましたなどっぽーっ!!!」
    一二三の絶叫がリビングにこだました。
    「別にだましてはないだろ」
    買い物中も思ったが、この14歳の一二三は既に14歳の俺の事を好きなんだと思う。
    一二三への気持ちでいっぱいいっぱいだった14歳の俺に一二三に好かれてるぞ。と教えてやりたい。
    お互いに10年以上も片想いを拗らせてたのかと思うと、我ながら慎重だったんだなと、それだけ大事に想っていたんだという事まで思い出した。
    歳を重ねるたびにお互い相手にバレないように、うまく誤魔化すことが上手くなっていた。
    14歳の一二三はこんなに真っすぐに俺の事を想っていてくれていたんだいう事を目の当たりにして、改めて29歳の一二三に対する愛しさがこみ上げてくる。
    29歳の一二三に会いたい。この想いを伝えたい。どんなに大事に想っていたか想っているか伝えられる時に伝えるべきだと痛いほど思った。
    一二三は日頃から伝えてくれていたのに、俺は想いを伝えるのが恥ずかしくて日頃口に出せていない。一二三の記憶が戻ったら必ず伝えよう。
    「あじゃ病院で俺っちがどうすればいいか聞いた時も、独歩んち行っていい?って聞いた時も…あーっ!あんとき噴き出してた!!」
    頬を膨らませて真っ赤になりながら「どっぽのいじわる!!」と拗ねる一二三の態度は14歳相応の可愛らしさだった。


    結局俺はその後ひとしきり詰られながら謝罪する羽目に陥った。
    謝りながら指示されたジャガイモを潰す。俺の料理のレパートリーは14歳の一二三にも劣った。情けない。
    なんで同居しているか、という一二三からの質問には、ルームシェアを始めた時の一二三の俺への説得をそのまま引用して答えた。
    でもこの様子だと、あの時にはもう俺の事好きだったんだよな?
    俺なら好きな相手に告白しないままルームシェアなんて恐ろしくて提案できない(事実していない)。
    強い男だな。と改めて一二三を誇らしく思う。伝えることがまた増えた。
    どうしてそんな男が俺を好きでいてくれるんだろう。受容してくれるんだろう。29歳の一二三に聞きたいことも増えた。


    かなり遅くはなったが何とか夕食を整えることができたのは多大に一二三の力に依るところが大きかった。
    例えば、小麦粉一つ取っても俺には保管場所があやふやだというのに14歳の一二三は「ん~俺っちが仕舞うならここかな~?」というカンを頼りに探し当てていくことができ、事なきを得た。
    食器や調理器具は俺も洗うことがあるので保管場所はわかるが、調味料や食材に関して本当に無頓着だと自覚させられた。
    同居しているとバラして良かった。これからは俺も少しは保管場所を覚えようと思う。…これは29歳の一二三に言う必要はあるだろうか。


    14歳の一二三が作ってくれた鮭のムニエルを食べながら中学の調理実習はちゃんと人生の役に立つんだなぁと感慨深く思っていると、一二三の瞼が重くなっている様子なのに気づいた。14歳じゃあこの時間はそろそろ眠いよな。
    風呂を掃除して湯を張るのは俺にもできる家事の一つだったので、一二三主導の料理と同時並行して風呂の準備はできていた。
    食器は洗っておくから、と一二三に風呂を勧める。
    一二三の部屋から寝間着を見繕って渡し、簡単にシャンプーとボディーソープだけ説明した。
    今日の一二三はオフだから、仕事の時のようには化粧もしていないので助かった。俺にはクレンジングはよくわからん。
    入浴後のスキンケアも面倒見きれない。すまん29歳のひふみ。

    一二三を洗面所兼脱衣所に見送って食器を洗い始めたところで、廊下へのドアが開かれた。
    「どっぽぉ~助けて」
    上半身の服を中途半端に脱いだ半裸の一二三が困り顔で早速戻ってきた。
    「どうした?」
    泡の付いた手を洗って簡単に拭く。
    「コレ…」自分の顔を指さす一二三。
    「これ?」
    「耳の…ピアス…?服に引っかかるけど外し方わかんない…」
    心底困った顔で言われて噴き出しかけた。顔を引き締める。
    「どれ…?見せてごらん?」
    「ん」
    「ちょっとじっとしてられるか。痛かったりしたら言って」
    今日の一二三は仕事の時とは違うシンプルなスタッドピアスを付けていた。
    ついている宝石は確かガーネット。俺の髪の色と同じだと言って一二三が好んで付けているピアスだ。思い出すとくすぐったい気持ちになる。
    「痛くねーけどくすぐったい」
    「じっとしてろって」
    耳の裏側の留め具をつまんで外し、宝石の付いた軸部分を穴から抜き取る。
    ピアスの外れた耳を親指の腹と人差し指で優しく挟んでなでる。思わずそのまま食みそうになった。
    このタイミングで盛ってどうする。相手は14歳だぞ落ち着け俺。
    「か、片方取れたから反対側な」
    「ん~」
    首をかしげて無防備に反対側の首筋と耳を晒す一二三に眩暈がした。
    グッと顎に力を入れてヨコシマな気持ちを押し込める。
    反対側のピアスも同じ様に外してやり、外したピアスは小皿の上に乗せた。
    そこらに置いて無くすわけにはいかない。
    「取れたぞ」
    「ん~あんがと」
    無防備に笑う一二三がまぶしい。
    ヨコシマでごめんなさい。と心の中で謝罪する。
    ついでに29歳の一二三にも謝る。俺が好きなのは一二三だからな。
    「さ、風呂入っておいで」
    「あのさ、ネックレスも外してくんない?」
    「あぁ…」
    確かに付け慣れていないと鏡越しに見ながら外すのは難しいんだろう。
    滑らかな肌の上にわたっているチェーンをつまみ、フックを外してやる。
    「ほら。これでいいか?」
    「うん。…あのさぁ」
    「まだ何かあるのか?」
    「い…っしょに入らねぇ…?」
    「は?」
    「大人どっぽちんと一緒に風呂入りたい」
    「…狭いだろ」
    「結構お風呂広いじゃん」
    どうにか断る理由を捻出した俺の答えをあっさり覆すような事を言い、腕を引っ張る一二三。
    確かに実は風呂は普通より広い。
    それは最初のルームシェアのあと恋人になって、次に引っ越し先を探す時に俺が出したヨコシマな希望だった。
    一二三と一緒に風呂に入りたい。あわよくばそこでエロい事もしたい。
    実際一二三もノリノリで付き合ってくれて、二人してのぼせそうになりながらセックスすることもしばしばで、でもそれは今じゃない。
    雑念よ散れ。ここに居るのは一二三ではあるが俺の一二三
    ではない。
    「俺っち風呂で寝そうだし」
    「それは危ないだろ」
    「だから見張ってて」
    「寝ないように入れよ」
    「どうしてもダメ?」
    珍しくしおれた様子で(半分眠いのだと思う)上目遣いでこちらを見てくる一二三に白旗を上げるしかなかった。
    「わかった、皿洗ったら行くから」
    「ホントに?」
    「寝ないで待ってろ」
    「来なかったら寝ちゃうかんね!」
    「脅すなよ」


    これは不可抗力だと思う。俺は意思が弱い訳ではなく、一二三に対して弱いだけだ。
    皿を洗い終えて水切りに置いたまま、風呂へと急ぐ。
    一二三が寝てしまっているのではないかと心配だった。
    溺れることは無いと思うが湯船で寝こけてのぼせたらまた面倒な事になる。
    まずは洗面所兼脱衣所で服を脱ぎながら曇りガラスの風呂の中へ声を掛けてみた。
    「一二三ちゃんと起きてるか?」
    「どっぽ!!」
    ザバー!っと湯船から勢いよく湯があふれる音と興奮した一二三の返事が聞こえて、安心したような余計に不安になるような気分のまま急いで服を脱ぐ。
    風呂の扉へ手を掛けた所で反対側から勢いよく開けられた。
    「うわっ!」
    「どっぽちん!!見て!俺っちのちんちんでっかい!!」
    「は…?」
    「って、うっわっ!!独歩ちんのどっぽチンでっか!!てかえっぐ!ナニその色っ!?」
    いや、色はお前の方が綺麗すぎるんだよ。と思ったがスル
    ーしておく。
    「…おまえなぁ…眠かったんじゃねーのかよ。元気いっぱいじゃねーか」
    「だって俺っちこんなにちんちんでっかくなってんだもん」
    テンション上がるっしょ!と機嫌よく騒ぐ一二三。
    そうだった。こういうヤツだった。
    いや、29歳の今もそんなに変わらないが、裸で二人で風呂にいればこういうテンションにはならない。
    実はソレは勃起すればもっと質量が増えるんだぞ。と思ったが黙っておこう。
    なぜ俺が一二三の勃起状態を知っているのか聞かれても困る。
    「良かったな…」
    ため息をつきながら一二三を浴槽に追い戻し、体を洗い始める。
    「俺っちせっかく独歩より背ぇ高くなったのに、ちんちんは独歩のがでっかいのか~」
    14歳だと確かに俺の方が背が高かった…かもしれない。
    ちなみに俺も勃起すればもっと質量が増えるがそれも話す必要はないだろう。

    髪も洗ってから浴槽へ入るために一二三を追い出した。
    一緒に浴槽に入りたいとごねられたが流石に肌が密着した状態で今の質量を保つ自信が無い。
    29歳の一二三が洗って畳んでおいてくれたバスタオルで中身が14歳一二三を柔らかく拭いてやり、ドライヤーを手渡して風呂へ戻った。
    一二三の目の端は赤くなっていた。眠たくなっているのが分かり易い。
    「ひふみ、もう寝た方がいい」
    「…でも大人独歩ちんとまだ話したい…」
    「続きは明日な」
    「う~…おやすみなさい」
    葛藤していたが流石に眠気が勝ったらしい。
    「おやすみ」
    生乾きの頭をぽんぽんと撫でてやると一二三は大人しく部屋の方へ歩いて行った。
    体に異常は無いようだし、続きは明日話せばいいだろう。


    湯船に浸かり、だが早々に湯は落とした。
    ざっと浴槽を洗って、自分は冷水を浴びて、少し眠気を払う。
    明日は休みだが、明後日は仕事へ行かなければならない。
    少しでも片づけておくことで、記憶喪失の一二三を一人にする時間を短くしたい。いつ記憶が戻るのか、ちゃんと戻るのかまだわからない。
    髪を適当に拭いて、タオルを肩に掛けたまま自室でPCを開いた。
    7月に入ったばかりの時期だが、そろそろ来年度の予算確保のために提案に走らなければならない。
    同時に、複数年計画のプロジェクトに関して、詳細な見積りも必要になってくる。
    先週作成した提案書を再度確認し、数字の間違いか無いか今一度チェックする必要もあった。
    相変わらず仕事に追われている。
    今日だって、俺がもっとしっかりしていれば、違法マイクにも気づけたかもしれない。
    俺が仕事に追われていなければ、俺がもっと周囲に気を配れていれば、俺がもっと一二三を守る事が出来ていれば。
    あの事件の時もそうだった。俺がもっと一二三を守れていれば、きっとあいつが世界の半分を失う事も無かった。
    今日の様に女性に対しても朗らかに居られたはずだった。
    俺が。俺が俺が俺が…
    コンコン。
    ギリ…と歯噛みしたとたん、突然ドアがノックされた。
    一瞬反応できずに固まっていると
    「どっぽ?入るよ?」
    そう言いながらドアを開けて一二三が部屋に入ってきた。
    手には枕とタオルケットを持っている。
    「ひふみ。寝たんじゃないのか?」
    「…あんさぁ…どっぽのトコで一緒に寝てい?」
    「なんで」
    「だーって、急に俺っちの部屋って言われても落ち着かねぇんだもん。眠いのに落ち着かなくて寝れない…」
    眠気が強いのかユラユラと揺れながら今にも寝そうな様子なのに、でも眠れないと言う一二三を見て思い出した。
    「そういえば臨海学校行った時も、知らないところで眠れない…って俺の所来てたな」
    「臨海学校…小6で行った…」
    「そう。わかった。そこで寝ていいぞ。俺もコレやめて寝ることにするから」
    「やたぁ…っ!どっぽ?泣いてたん?目ぇ真っ赤」
    「あ~眠いから目ぇこすった」
    「あーそっかぁ…」
    殆ど寝かかっているんじゃないだろうか。一二三はふらつきながら枕を抱えてベッドにダイブした。
    それを見届けてからデータを保存してPCをシャットダウンする。
    「ひふみちょっとそっち寄れって。俺が落ちる」
    「ん~ふふ。ろっぽぉ…おれっち一緒に住んでてうれしい…」
    「そうか。良かったな」
    「あんねぇ…これ多分夢だから言っちゃうけどさぁ…」
    「いや、もう寝ろって」
    だいぶ呂律が怪しい一二三にタオルケットを掛けてやり、自分も隣に横になり上掛けを掛ける。
    「おれっちどっぽがすきなんだぁ…」
    「…そうか。寝ろ。」
    「どっぽさぁ、頭いいから、おれっち一緒の高校行くために頑張って勉強してんの。ないしょで。」
    「…一緒の…高校」
    「ん~。一緒に通うんだぁ…どっぽちんねぼすけだから俺っち毎朝迎えに行ってあげんの」
    息が止まる気がした。知らなかった。スッと体温が引いた。
    俺のせいであの高校を選んだ?俺のせいで。俺のせいで?
    「ねぇ一緒の高校行けた?」
    「……ぃけたよ…」
    「どっぽ?」
    「…同じ高校に入った…」
    眠りにつきそうだった一二三がこちらを見て、急に起き上がった。
    「ごめん、やっぱ一人で寝る」
    「なんで?」
    「好きとか言ってゴメン、29歳の俺っちは違うと思うから…嫌いになんないで」
    「待てよ、29歳のお前も俺のことが好きだよ」
    背中を丸めた一二三に横になったまま後ろから声を掛ける。
    「なんで…?そんなんわかんないじゃん…」
    正直、俺の頭の中は今知った事実で一杯だった。気を抜くと叫びだしそうだ。
    俺があの高校を選んだせいで俺が。俺が。
    飛び起きてベランダから飛び降りたい衝動に駆られる。
    「どうして俺たち一緒に住んでると思う?」
    俯いているひふみに質問をしてみた。できるだけ自分の気も逸らしたい。
    起き上がるのはダメだ。自分を抑える自信がない。
    今、一二三は違法マイクの影響を受けている。守れるのは俺だけだ。起き上がって自分の衝動を抑えられる自信が無かった。
    「え? さっき、税金とか…」
    「俺もひふみが好きだ。ムニエル焦がした時にはもう好きだった。」
    「!」
    勢いよく振り返ったひふみの目が、間接照明の明かりでも大きく見開かれたのが分かった。涙が溜まっている。
    俺はと言えば頭を掻きむしって叫びたい衝動と戦っていた。
    「今は、本当は、恋人同士なんだ。俺たち。」
    殊更ゆっくりと、自分に言い聞かせるように話した。自分でも声が震えたのが分かった。
    そう。一二三は恋人だ。俺にはこれまで一二三を守る義務
    は無いが権利はあったと思う。そして今、権利は幻想で義務が生じたと思った。
    「どっぽとおれっちが?」
    「そう」
    「こいびと…」
    「そう」
    「じゃぁなんでそんな顔してんの…? 泣きそうじゃん。嫌なんだろ」
    「…眠いだけだ」
    「それウソ。おれっちにはわかんだから」
    「本当に恋人だって」
    「じゃぁ、つき、付き合ってるってこと?」
    「そうなる」
    「ホントに」
    振り返ったひふみが今度は乗り出して覆いかぶさってくる。できる事ならそのまま狂いそうに落ち込んだ俺を慰めて欲しい。
    だがそんなものを求める権利はないのかもしれない。そう思うと喉が詰まった。
    「…ホントに…付き合ってる」
    おまえは、おまえを地獄に導いた男と付き合ってる。
    「あの…友達の好きじゃない、くて…の好き?」
    「あぁ」
    「え…えっちな事とかも…してる…?」
    少し気持ちが緩んだ。まぁ気になるよな。流石は中学生。
    「…うんまぁ…それなりに」
    「ホントに」
    「おまえそんなに疑り深かったか?」
    「じゃ、あ…ちゅーもした? 今もできる?」
    あぁキスしたい。一二三の唇を味わって慰められたい。
    出来る事ならそのまま溶け合いたい。
    「…子供は寝ろ」
    「独歩とちゅーしたい」
    真っ赤な顔の一二三を引き倒して抱え込んだ。
    俺は一二三に触れる権利はあるんだろうか。
    「大人を煽るなよ。眠かったんだろ。もう寝ろ。」
    「どっ…ぽ…」
    「俺も本当はひふみに触りたいのを我慢してる」
    「じゃぁ触ればいいじゃん!」
    「おまえどうされるかわかってないだろ」
    「えと。どっぽは…えっちな事がしたい?」
    「今日はそのつもりだったんだよ」
    「そうなん…」
    「ひふみも、そうだったと思う」
    スルリと、背中側から下着の中へ滑り込ませた手で、勝手知ったる体のラインをなぞって、一二三の双丘の間の窪みを柔らかく押し込んだ。
    「えっ!ひゃっ!」
    「ほら…ココわかるか?やっぱり柔らかい」
    「やっ!どぽっそこ汚い」
    「なんで?さっき風呂入っただろ?ナカもひふみが洗ってきれいにして準備してくれてる」
    「準備って」
    「俺を受け入れる準備」
    「うけいれる…」
    「セックスする準備」
    「!!」
    「ここに俺のちんこ挿れるんだよ」
    トントントン。指で窪みを刺激され、一二三の身体がびくっと跳ねる。
    「はぁ…抱きたい…ひふみ…」
    気持ちを切り替えたい。慰められたい。お前の所為じゃないと言って欲しい。
    29歳の一二三に跪いて許しを請いたい。
    理性を総動員して一二三の下着から手を引き抜いた。
    そのまま、一二三の背中に回してパジャマの上から抱きしめる。一瞬こわばった一二三の身体が、徐々に緩んでくるのがわかった。
    「どっぽ。ねぇ。いいよ。俺っちわかんないけど、独歩がしたいなら。」
    「バカな事言うな」
    「どっぽも俺っちも好き同士ならいいじゃん」
    「…よくないんだよ」
    「どうして?」
    こちらを覗き込む一二三の目は潤んでいる様に見えた。
    俺は今すぐ29歳の一二三に許しを請うべきだ。
    一二三は全てわかった上で今も俺と居る。俺と一緒に住んで。キスをくれて。俺に抱かれて。
    でも許しを請いたい。俺の一二三に会いたい。
    「…14歳の俺は、14歳のひふみが好きだった。今も14歳のひふみを好きだと思ってる。」
    「うん。じゃあいいじゃん」
    「だけどな、俺は29歳のひふみの事を、愛してるんだ。
    …だから今のお前を抱くのは無理なんだよ」
    「わかんねぇ」
    「わからなくていい」
    「29のおれっちに負けたってこと?」
    「負けてない」
    「じゃぁ、ちゅ~だけして」
    「頼むから、大人しく寝てくれ」
    「今の俺っちの事ホントに好きならちゅ~しれ…」
    もう寝かかっている呂律で、まだ寝まいと頑張る一二三に根負けした。
    ごろ。と抱えていた一二三を隣に転がして、そのままの勢いで今度は俺が覆いかぶさる。
    「目ぇつぶれよ」
    「どっ…」
    「いい子だから」
    「ん」
    ぎゅ…っ と目をつぶる一二三。
    いや、殴られるつもりなのかそれは。
    一二三の前髪を掻き上げ、ちゅ。とおでこに音を立ててキスをした。
    目を開けてあっけに取られた顔で俺を見上げる一二三。
    「でこちゅ~って!!俺っち子供じゃなぁいぃぃ…」
    「子供だろうが」
    「ヤダぁ~ちゅ~してくれるまで寝ないぃぃ…」
    「じゃぁもう一回、目つぶって」
    今度は瞼を重そうにそのまま目をつぶる一二三。心なしか唇を突き出している。
    両頬を優しく両手で包んで親指を滑らかな頬に滑らせた。
    「ひふみ…」
    一二三の顔からこわばりが溶けたのが見て取れた。
    右頬の唇の端に自分の唇を押し付け、そのまま柔らかく頬を食む。
    すぅ…と一二三の息が柔らかく漏れた。
    そっと起き上がって見下ろしても反応は無い。
    寝たか。
    ぐしゃぐしゃになっていたタオルケットを掛け直してやり、もう一度隣に横になった。
    心はささくれたままだが、さっきよりかなり落ち着いた自分にあきれる。
    俺の一二三に会いたい。
    願うような気持ちで、俺も目を閉じた。


    結論から言うと、翌朝には一二三は記憶を取り戻していた。
    と同時に、記憶喪失だった数時間の記憶は無いらしい。
    俺は、29歳の一二三が黙っている事を 居ない間に聞き出してしまったような気がして、あの話を蒸し返すことはできなかった。
    後ろめたい気持ちと、逃げ出したい気持ちと、叫びたい気持ちと、一二三に許しを請いたい気持ちがないまぜになって、目を覚ましても起き上がれなかった。
    何も知らない一二三は俺の隣で目を覚まし、ひとしきり昨夜の記憶に首をかしげ、最後には「まいっか。」と結論づけて、隣で相槌だけを打つ俺を優しく誘惑して包んでくれた。
    俺は素直に誘惑されて一二三を味わい、聞いたことを忘れようとした。
    「どしたん どっぽ? 泣きそうじゃん」
    「ひふみ。愛してる。」
    「んひひ。朝から熱烈~! 俺っちも愛してるぜ~」
    「ひふみ。もう一回…」
    「うん。おいで?」


    午後には一二三と二人、先生の所へ出向いて一二三には再度検査を受けさせた。
    異常はなし。
    明日にはまた仕事に追われる日常が戻ってくる。
    「どっぽ。買い物して帰ろ?」
    「あぁ…」
    昨夜と同じスーパーへ、今度は二人で散歩? デート? がてら歩いて向かった。
    「昨日の独歩ちんに醤油、買っておいてもらえば良かったな~」
    スーパーの棚で醤油を選んで、俺が持っているカゴにそれを入れる一二三をぼんやり見ていた。
    日が高いからか、昨夜と違い店内には女性も多い。
    女性の姿を見るたびにビクつく一二三を見て、一二三に癒してもらった心がまたじわじわと黒く浸食される気がした。
    「昨日は全然ヘーキだったんだけどなぁ~」
    「えっ?」
    「でも、俺っち独歩と居れて後悔してねぇよ?」
    「おまえ…昨日の記憶戻ったのか…」
    「さぁ~どっかな? それはナ~イショ。それより帰って、もっかい仲良くしよ?」
    輝くように笑って俺の手を引く一二三の手はとても温かかった。







    ☆☆あとがき☆☆

    初めましてこんにちは。
    もしくは何度目かの邂逅、嬉しいですありがとうございます。
    透(yuki)と申します。

    どひふWebオンリー【どこへ行くのも一人より二人】
    開催おめでとうございます!めでたい!!

    今回は参加を海よりも深く悩んでいたトコロ、
    うみさん(@32yuuki86)が一緒にやりましょ!と誘ってくださって
    (女神だね!しかも原稿、超早い!!)ネップリ合同誌となりました。
    しかもうみさんの話、描きたいとこだけ漫画にさせて貰いました~✨
    私の原稿が遅くて遅くてホントご迷惑おかけしました…。
    うみさんと一緒じゃなかったらあきらめてたよ…!


    え~ワタクシの書いたモノについて…
    何年にも亘って開発されたカラダなのに中身が処女の一二三さんを
    同じく何年にも亘っての努力と共同作業と試行錯誤で培った技術を持った独歩が手練手管と大人の余裕でねっとりと追い詰める話を書きたかったんですけど
    ワタシの中の独歩と殴り合いの解釈違いをして完全に拒否られました。

    ダメなんだって…29歳の一二三さんを愛しているから
    他の一二三さんは抱けないんだってさ…あぁそう…。
    という事でめでたく(?)全年齢…??の話が書けました。おめでとう!!
    えちは無いけどお楽しみいただけていれば幸いです💗💛


    どひふバンザイ!
    2022.07.03 透 @yuki20201014

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