Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    mame

    小話ぽいぽいします
    リアクションとっても嬉しいです。
    ありがとうございます!

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 104

    mame

    ☆quiet follow

    千ゲン(造船中:ゲと南しか出てこないけど千ゲ)

    ふと気付いた。気付いてしまった。

     まさか。偶然よね。でも、と南はすぐに今まで撮りためてきた分厚い鏡のフィルムに転写された愛しい日々の写真たちを見返す。
     こういう気付きというのはスピード勝負だと三七〇〇年前から相場が決まっている。記者という仕事に誇りを持っている南は、己の勘を信じている。怪しいと思った自身の勘で暴いた真実だってあった。でも勘なんて所詮勘だ。真剣に向き合ってきたからこそ地道に人脈を作り、仕事の成果に繋げてきた。裏取りもしっかりし、真実だけを報じてきた。だから今回も、ちゃんとやってきたはずだった。ただ、己の勘が叫んでいた。何枚も何枚も調べた。そして疑惑は確信に変わる。
    「ゲンがメインの写真、全然ない……」
     写真を保管するため作ってもらった簡易の作業小屋で南はひとり言葉を落とした。テーブルに広げた数々の写真を呆然と見つめる。
     カメラを手にしてから、本当にいっぱい、いっぱい、南は写真を撮ってきた。もちろん記録として残す意味合いもあったので、千空の周りにいる人物の写真が多くなるのは必然だったが、それでも意識して村人や旧帝国の人間も満遍なく撮ってきたつもりだったし、実際いま調べた写真はきちんと南の思い通りになっていた。
     造船の風景、農耕の風景、なんでもない日の風景、イベントを催した非日常の風景――……南の手に戻ってきた、否、蘇ったカメラで精一杯切り取り、そして残してきたものに、あさぎりゲンの姿がおかしいほど少ない。
    「これはたまたま映り込んでる……この写真は私の盗み撮りに気付いてなかったとき……」
     ないわけではない。写真を見ながら思う。だから、いまのいままで気づかなかったのだ。造船作業も終盤になった今さら気づいた。完全にないわけではなく、あるにはある。真実の中に巧妙に隠された事実だった。
     間違いなく、ゲンは意図的に写真に写っていない。
     千空の誰よりも近くにいる男が、こんなに写っていないなんてありえない。
     なんで。どういう意図で。ぐるぐると頭を回転させる。でも、考えても無駄なのだ。それなら動くべき。記者として、彼の意図を取材すべき。昔も今もそれが鉄則だ。南はそう結論を導き出し、顔をあげた。今日のゲンは、と急いで頭の中で考え出した、そのときだった。
    「南ちゃん、お疲~。もし手が空いてたら、教室の方ちょーっと手伝ってくんない?」
     フィルムの中に探し求めていた人物がひょっこり作業小屋の出入口に現れた。驚きに目を見開くと、現れたゲンは南の前に広がる写真に気付き、そしてさらに南の表情からさっさと読み取ったらしい。ゲンが顔に浮かべたそれは、いたずらがバレたときの子どもの笑みだ。
    「……バレちゃった感じ?」
    「……やっぱり意図的だったのね」
     キッと睨みつけると、大げさにゲンが身震いをしてみせた。微塵も怖いなんて思っていないくせに、とさらに視線を強くするとゲンがわざとらしく肩をすくめてから作業小屋に足を踏み入れた。
    「うまくやってたつもりなんだけどな~~~。ほら俺ってば芸能人だから写真は事務所通して貰わないとバイヤーっていうかさ」
    「適当ぶっこいてないでちゃんと理由話しなさいよ。私の仕事にケチつけてるんだからね、キミ」
    「ヒェ~、敏腕記者スイッチ入れちゃった感じ?」
     両手を胸の前で合わせた袖に隠しながら、相変わらず笑顔のゲンが作業小屋に入ってくる。
     外から子どもたちのにぎやかな声が届いた。羽京の柔らかな声も聞こえてきて、おそらく今日は校外授業なのだろうと検討がついた。引率の人手として南をゲンは呼びに来たのだろう。でも、そうはいかない。いま聞きださなければ、きっと再びは訪れない。
     この距離ならば、ここでのゲンとの会話はきっと羽京に聞こえてしまうのだろうなと思った。気を利かせて少し離れてくれればいいのだけれど、と南が考えていると、心の声まで聞こえたのか子どもたちの声が少し遠くなる。ゲンもそれに気付いたらしく「羽京ちゃんにお膳立てされちゃったねえ」と目尻を下げ笑うから、南も少しだけ表情を緩めた。
    「で、なんで写らないようにしてるの」
    「さっさと本題に入るね。南ちゃんのそういうとこ良いよねえ」
    「ならさっさと吐きなさい」
     南が腕組みをして顎をしゃくれば、美人がやるとそんな仕草も様になるなぁとゲンが笑いを吐息に混ぜた。
     南の隣に立ち、広がる何枚もの写真を見るゲンの視線は春の陽射しのような温かさを持っている。その視線の先にあるのは、科学王国の日常だ。
    「記録に残ったら、それで満足しちゃうじゃない」
     唐突にぽつりとゲンが吐き出した音を拾いたくて、南はゲンの横顔を見た。しかし先ほどよりもゲンが俯いたため、垂れ下がった白い髪がそれを許してくれない。南がその表情を確認できないまま、ゲンは言葉を続ける。
    「これオフレコでお願いね? 自分で言っちゃなんだけど、勝ち馬に乗りたいっていう一心で結構俺体張ってきたのよ」
     この世界に、まだボイスレコーダーはない。きっと頼めば千空が作ってくれるのだろうが、まだ必要がないから、南は頼んでいない。
     だから、一言一句聞き漏らさないようにこの耳で聞いて、覚えていられるように南はゲンの言葉に集中した。オフレコなんて、こちらは同意していない。
    「だからね、まあ、みんな船に写真持っていくでしょ。きっと」
     ゲンの過剰なくらい露出を抑えた服からのぞく白い首がやけに南の目についた。
    「航海中に見返したりしちゃったときに、あれ? あのペラペラ男が写真の中に見当たらないなってなって……ほんの少しでも心のどこかに引っかかったらさ、ここに帰ってくる活力の端っこにでも染み込んだりしないないかな~って」
     ゲンが藤色の袖から手をするりと出す。手が伸びた先にあるのは、楽しそうに作業をしている科学王国のリーダーが写っている写真だった。そっと写真の縁を撫でる指先に、南はこくりと息を呑んだ。同時に、ゲンが俯いていた顔を上げる。垂れていた白い髪から隠れていた表情が見えた。そこにいるのはいつも通りの軽薄な笑みを浮かべたゲンだ。
     ゲンの考えていたことは別に企みでもなんでもなく、ただ単に船出をする、ゲンが愛する科学王国のみんなを思ってのことだった。そのことに、南の喉の奥がきゅっと締まる。
     本当かもしれない。お得意の嘘かもしれない。ゲンは若い年齢であの曲者だらけの芸能界でちゃんと自分の場所を勝ち取った人間だ。一筋縄じゃいかないのはわかっている。なにせ、三七〇〇年経ったこの世界でも早々に自分の役割を確固たるものにし、いなければならないものにした。勝ち馬に振り落とされないよう。勝ち馬に乗り続けられるよう。でも、南の勘が言っていた。横髪で巧妙に隠された表情が根拠だった。これは、あさぎりゲンの本音だ。ささやかで、純粋な、正しく船に乗る科学王国のみんなとの、そして誰よりも敬愛するリーダーとの鎹を、記録に残らないことで作り出した。芸能人としてあらゆる記録媒体に残ってきた男が。
    「キミ、船に乗らないつもりなの」
     まず南としてはそこが驚きだった。あまりにも千空の隣にいるゲンが自然だったから、ゲンが船に乗らないなんて考えることすらしなかった。そんな南の問いに、ゲンはきょとんとしてから眉間に軽く皺を寄せた。
    「え、行かないよ。怖いし。絶対こっちのが安心じゃない」
     ゲンが当たり前とばかりに小刻みに顔を左右に動かすものだから、南の中で張りつめていた空気が決壊した。はあーと大きなため息をわざとらしく吐くと、ゲンはくすくすとそんな南を笑った。
    「俺はね、ここで心残りになってやるつもりなの」
     まるで過ぎ去った夏の青空のような笑みだった。思わず見とれてしまうような、その表情に南は少し泣きそうになる。
    「まっ! 写真見たりしないかもしれないし、見返したとしても俺のことに思い至らない可能性もあるけどね! はい、オフレコ終了~。羽京ちゃんの手伝い行こう南ちゃん」
     ぽんぽんと軽く背中を叩かれ、南は苦笑する。さっさと作業小屋を出ていくゲンの後ろ姿に「わかったわよ」と投げかけながら、カメラを構えた。だって、あまりにもかっこいい背中だったから。これを撮らなきゃ記者じゃない。



    「そんな会話したのにね、あっさり行っちゃった」
     小さくなっていくペルセウスを見つめながら、南はくすりと笑う。いい出港だった。
     渋々船にかかる板を登っていったゲンの背中は、あの日と同じ背中だったように南は思う。心残りになってやる、なんて宣った男は、結局科学王国のリーダーの隣にいることを選んだ。だって隣にいることを求められたから。でも、やっぱりそれが一番しっくりくるのだ。ここで南の横に立ちペルセウスを見つめているゲンなんて想像できやしない。本人は本気でそのつもりだったようだけれど。南からしてみれば、ちゃんちゃらおかしい。
     ちらほらペルセウスの姿を見守っていた者たちが戻っていく。南はペルセウスが完全に見えなくなってから、ひとりゆっくりとした足取りで作業小屋に戻った。撮りためていた写真を出して、いくつか写真を見返す。最後に手に取ったのは、あの日シャッターを切った写真。藤色の背中。
     ゲンの背中を撮っておいてよかったなと南は思う。なにせ数ある写真の中にあの男の写真は少ないので。陸にいる人間が、船にのった人々を思い出すきっかけが少しでも増えることは、記録に残して記憶を蘇らせるということは、たいへん記者冥利に尽きるのである。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ✨✨
    Let's send reactions!
    Replies from the creator