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    mame

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    mame

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    エアスケブ②
    千ゲン
    リク:嫉妬する千と無体を働かれるゲ

    「追加」

     どさりと置かれた各種材料をゲンはげんなりして見つめる。正座して作業に勤しむゲンの横に無情に置かれる箱。無機質なフォルムはすでに見慣れてしまった。素材が詰め込まれた50センチ四方程の木で出来た箱は、本日これで4つめ。朝一番で天文台で作業してくれと千空に言いつかってからずっとこの調子だ。最初のうちはドイヒ〜なんて反応していたが、もはやドン引きレベルである。
     そのまま天文台を出ていこうとする主犯の千空にさすがにイラッとしたゲンだ。怒りをぶつける、というのは非常に簡単なことだ。だからこそ理性を働かせる。オブラートに包む、オブラートに包む、と心の中で5回ほど繰り返してから、心を落ち着かせ、ゲンはわざとらしく「もー!」と声を上げた。

    「これじゃブラック企業もびっくりだよ! わんこそばならぬわんこ作業!? ドイヒーか過ぎるんじゃない千空ちゃん!?」

     軽い、いつもの調子での文句。すでにゲンに背中を向けていた千空の足がピタリと止まった。
     開いている天井から外が見えるのが救いだった。完全な閉鎖空間だったら、こんなの息が詰まる。

    「こ〜んなに作業あったら今日一日外出れないじゃん……」

     わざとらしく塩らしくなってみた。さて、吉と出るか凶とでるか。
     あと、ゲンには気がかりなことがあった。
     作業の途中や終盤で追加の作業を持ってこられるのは、いままでもあったことだ。そのとき、いつだって千空は楽しそうにしていて、今日みたいに無愛想ではなかった。あの笑顔を見れたならまだ頑張りようがあるというものだが、それすらないのだからただの苦行だ。正真正銘賽の河原で石を積む、終わりのない作業。
     つまり、まあ、千空はいまゲンがここでひとり作業をしていることがおもしろくないのだろう。ここで作業をさせているのは千空だというのに。ちなみに普段こういった作業は空いている小屋を使わせてもらっている。荷物の持ち運びが面倒な天文台ではしない。んざわざ滑車で持ち上げる必要があるからだ。
     なにかあったのだ。これは八つ当たりという甘えの線じゃないか、なんて、メンタリストとしてゲンは思ったりもするわけで。
     作業の手を止めないまま、大袈裟にため息をひとつ、ついてみる。すると動きを止めていた千空がぴくりと反応した気配を感じた。ーー釣れた。

    「……それが狙いだっつったら、どうすんだメンタリスト」

     踵を返し、千空が戻ってきた。どかりと座って、あぐらをかいた千空が膝に頬杖をつく。わかりやすく唇を尖らせ、ゲンから目を逸らしている。逸らされた目は少し座っていて、これは、メンタリストでなくてもわかる。千空はゲンに八つ当たりしているし、なにかに拗ねている。

    「どういうこと? 軟禁? 軟禁ですか? 助けてコハクちゃ〜ん!! 千空ちゃんのご乱心でーす!!」
    「いやうるせー……」
    「千空ちゃんが解放してくれたらこんな騒がないですけど!?」

     でも敢えて指摘することはせず、ゲンはいつもの調子で表情を崩しながら騒いだ。こうしたほうが、千空には、効果的だ。それくらい理解できてしまう付き合いはすでにあるわけで。

    「結構働いてると思うんだけどな〜こんなドイヒーなことされる理由はないっていうか……」

     隣までやってきたのだ。ゲンの話を聞く姿勢もできている。ここまで言えば千空も八つ当たりの理由を言ってくれるかな、という発言だったのだが、千空の指がぴくりと動いたことで、ゲンも動揺した。ここで反応されると思ってなかったのだ。

    「え、やだ。なんか俺したの? これもしかしておしおきなの?」

     完全に予想外の展開だった。ゲンには本当に身に覚えがなかったのである。

    「そんなんじゃねえが……なんつーか……」

     頬杖をついていた千空はそのまま顔をずらし、掌の上に顎をのせた。顎を軽くしゃくって、ーと濁音まじりで低い声を出す。なにか言い淀んでいるのがわかって、ゲンはどうしたものかと思う。
     こういう状況になっているのは、きっかけはゲンになにかがあったのだろう。でも、千空の口ぶりからして、ゲンが悪いわけではないのかも知れない。

    「何かしたんだったらちゃんと謝るよ。でも、それ、俺が自覚できてそうなこと?」

     軽く眉間に皺を寄せながら尋ねる。作業の手はとめない。真正面から向き合わないほうが喋りやすかったりするのだ。
     千空はというと、ゲンとは非にならないほどの皺を眉間に作ってから、再び「ーー」と唸った。そのまま頬杖を外し、自身の後頭部を強くかいた。そしてちらりと伺うようにゲンを見た。赤い瞳と視線が交わり、すぐにまた逸らされる。

    「……わり、冷静になってきたわ。八つ当たりでもねえが、おしおきでもねえよ」

     背中を少しだけ丸めて、千空が言った。ようやくか、とゲンも肩の力を抜いてから「じゃあなに?」と意識して優しい声を出す。ここで冷静に、理性的になってくれなきゃ千空じゃないよなあとゲンは思うのだ。今度は意識せず頬が緩んだ。
     千空はそんなゲンをちらりと見てから、唇を尖らせた。

    「昨日、造船所行った時、テメーで抜けるって話してるヤツがいて」
    「へ?」

     観念して千空が吐き出したものは、突拍子もないもので、素っ頓狂な声がゲンの口から飛び出した。抜けるって、オカズ的なそういう話か。
     ゲンが驚きに目を丸くすれば、千空が腹の底から息を吐き出す。

    「別に男の雑談ならそういう話題は出がちっちゃ出がちだし、こういう対応はメンタリスト本人がやるのが一番得策だっつーのはわかってんだが……」

     顔を顰めながら、千空がぎゅっと目を閉じた。

    「気分が良くなかった」

     感じたそれを認めたくないような、蓋をしておきたいような、そんな表情だった。
     何か言わなければならないのにゲンはぽかんと口をあける。
     天文台の外から、チチチと鳥の鳴き声が聞こえた。今日は天文台に引きこもるにはもったいないほどの青空が広がっている。開かれた天井はその青を切り取っている。だというのに、空の麓にいるふたりは片や険しい顔をし、片や呆気に取られている。
     無言が天文台に落ちる。時間にすることおよそ10秒。ハッと気を取り直したゲンは、えーと、と思考を整理する。
     つまり、ふざけてゲンを下ネタに使った輩にゲンを近づけるのが面白くなくて、無限ドイヒー作業を天文台でさせることでゲンの行動範囲を狭め、相手の視界に入れないようにしていたということか。多分天文台で作業させたのは、天文台が千空の無意識下で自身のテリトリーだからだ。

    「え、えぇ〜〜〜? ジーマーで?」

     思わず声が裏返った。気まずそうに千空が「……文句あっか」なんて言うので「それ俺が文句あるのわかって言ってるでしょ」と指摘する。苦笑が漏れた。千空もこくりと頷くので、もうどうしようもない。いつものふたりの空気ではない。

    「いやー……オカズにされる可能性があるならまあ嬉しくはないし、距離取らせてもらうのはゴイスーに有難い配慮ではあるんだけど、別に俺、千空ちゃんの所有物でもなんでもないし……突然こういうのはちょっと……」

     ゲンの言葉に千空がグッと息を詰めた。苦いものが千空の体の中を駆け巡っているのが、外から見ているゲンでもわかる、
     あーあ、とゲンは思った。恐ろしいほど頭がよくて努力もして人望も得るというのに、たまに恐ろしいほど不器用な子だと思っていたけど、こっちの方面もそうなのね、と。
     多分、千空はまだこの「気分が良くない」と言った感覚の正体がわかっていない。その「気分が良くない」を突き詰めれば、なにに辿り着くのか理解していない。彼がまだきっと体験したことのないそれを、ゲンは愛しく思ってしまって。
     だから、あーあ、と思った。彼のそれがどうなるか、見守りたいだなんて。いつか貰えるのであれば、貰いたいだなんて。どうしようもないのはゲンの方も一緒だった。

    「だからさあ、ひとりはさすがに寂しいから、千空ちゃんも今日はここで作業してよ」

     逸らされていた千空の視線が、ゲンへ寄越される。見開かれた目はぱちり、と瞬きをして、そしてなにか眩しいものを見たかのように目を細めた。

    「メンタリスト様はお優しいこって」
    「それゴイスーに思う。俺ってば優しすぎ」

     ゲンが肩をすくめ、いつのまにが止まってしまっていた手を動かし始めれば、千空が息を吐くように笑って立ちあがった。

    「道具とってくる」
    「はーい、いてら〜」

     あっという間に元どおり。あさぎりゲンのマジックショーでした、なんて言うつもりはない。だって、明らかに何か、種が撒かれたのだから。
     千空が天文台から出て、梯子を降りていく音を聞きながら、ゲンは肩こりをほぐすように首を左右に倒してから、天井を見上げてみた。やはり青い空が広がっていて、あとで千空を散歩に誘ってみようと思ったのだった。
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