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    mame

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    エアスケブSS⑤
    リク:「また明日」がテーマの千ゲン

    司帝国の面々と合流し、一緒に作業するようになってから、千空はこんなものは作れないだろうか、という相談を受けることが増えた。別に造船作業に支障が出るわけでもないものであれば、追加労働を対価に引き受けた。

     色付いた葉が落ち始めた秋の出口間際。その日もやらなければいけない作業を終えてから、千空はゲンを手伝わせながらラボで図面を引いていた。
     頼まれたものを作るための図面だった。気付けば日は跨いでいて、どこからか野犬の遠吠えが聞こえていて。そこへ混じったゲンの欠伸の音に千空は意識を引き戻された。集中すると時間は光の速さで過ぎていく。さすがに作業させすぎたかと、図面を引く手を止め、ゲンの方を見やる。すると、そこには半分寝ているゲンーーが、いると千空は思っていた。だが、実際にそこにいたのは。

    「ねえ、千空ちゃん。呪いかけてあげるよ」

     眠気なんて全く感じさせない、それどころか微塵も感情を読み取らせないような、涼やかな笑みを顔に貼り付けたゲンの姿があった。冷たい夜風が開放されている出入り口から吹き込んで、ゲンの横髪をかすかに揺らした。
     物騒な言葉に千空が整った眉を跳ねあげれば、ゲンがゆっくりと口を開く。

    「また明日ね、千空ちゃん」

     つい今しがた浮かべていた掴みどころのない笑みをどこかへ投げさり、至極平凡な発言をしたゲンはへらりと笑った。ひらひらと手を振って、そのままラボを出て行く。残された千空はなんとなく藤色の背中が去っていくのを、作業の手を止めたまま見ていた。

     呪いをかけられたのか。一体なんの呪いを。

     そこまで考えて、千空は馬鹿らしいと自身の思考を一蹴した。呪いや伝承などの類は馬鹿にできないこともある。古くから伝えられる教訓や生存戦略が含まれることが多々あるからだ。
     だが、文脈からしていましがたゲンが言った呪いというのはそういうことではない。ならば、別にスルーしても良いだろう。
     千空はそう結論付け、作業を再開しようと図面に再び向き合った。
     しかし、どういうわけか集中力が戻ってこない。これでは効率は悪くなるばかりだ。

    「……寝るか」

     言い訳のようにひとり呟いて、千空はラボを出た。寝床にしている天文台に向かうのである。



     不思議なことというのはやたらと続き、その後、不定期ではあるが集中力がもたない夜が幾度もあった。
     さすがに不審に思った千空が記憶を辿れば再現性を見つけることは意外と容易かった。千空の集中力が持たない夜は、もれなくゲンに別れ際「また明日」と言われているのだ。

    「それで再現性に気付いたその足で呪いをとけって言いにきたのね」

     ぱらついていた雨が陽が落ちてから霙に変わった、そんな冬も半ばの夜の入り口。千空が容疑者の元へ乗り込めば、相手は呑気にカセキの家でぬくぬくとお茶を飲んでいた。家主はどうやらクロムと工作をしているらしく不在で、千空はむしろ都合がいいと文句と共にゲンに対し一連の仮説を述べた。

    「どういうメカニズムかはしらねーが、何かしらはあるんだろ」
    「えー、知りたい?」

     うやむやにさせてたまるかと、どかりとゲンの隣に腰を下ろすとかすかにゲンの体が揺れる。どうやら笑っているらしい。

    「俺は挨拶してるだけでしょ。また明日って」
    「んなわけねえ」
    「バイヤー、信用ないね」
    「信用あるから信用ねえんだよ、クソメンタリスト」
    「ジーマーで難解発言だけど、恐悦至極」

     両手で湯飲みを持ち、正座で腰を落ち着けているゲンを睨みつければ、ゲンが細い肩をひょいと竦めた。
     ずずっと音を立ててゲンがお茶をすする。ゲンの視線は湯飲みの中へ注がれている。

    「俺がバカ正直に言うと思う?」
    「結構バカ正直になんでも言うだろ」
    「あれ? そう? ま、いいけど」

     湯飲みから口と視線を離し、暖炉をぼんやり眺めはじめたゲンは緩やかに言葉を続けた。ぱちぱちと炎が燻る音が家に響く。

    「名残惜しいけど、名残惜しいだろうけど、今日はもうおしまい、っていうのを端的に伝えられるんだから良い表現だと思うのよ」
    「また明日、が?」
    「そーそー」
    「つまりその言葉を言うことで俺の作業終了を習慣化させたってことか。いつから仕込んでやがった」
    「マジックの種明かしを御所望なんて千空ちゃんはエッチだなあ」
    「変な表現すんな、気持ち悪い……つーか、なんの意図があって俺の作業を邪魔しやがる。なんか気に食わねえことあんなら言え。改善できるならするから」
    「邪魔。邪魔ねえ。じゃあやっぱ俺は悪い奴だねえ」

     暖炉の中で、ごとりと音がした。炭が崩れた音だろう。蓋が閉められ見えないというのに、ゲンはその蓋の奥を見据えるように一点を注視していた。千空はそんなゲンの横顔を見つめる。
     慣れない事を言語化した自覚はあった。だというのに、ゲンは千空の改善するという発言よりも邪魔という単語が引っ掛かったらしい。まるで咀嚼しているかのように何度か呟いて、顔の向きを変えた。ゲンと千空の視線がようやく絡んだ。

    「千空ちゃん、最近の頼まれごとの作業、ぜーんぶ唆ってる?」
    「?」

     三白眼が千空を正面から射抜いた。思っても見なかった問いに、眉間にシワを寄せれば、ゲンはなぜかため息を吐いた。次いでしょうがないなとばかりに苦いものを混ぜた笑みを浮かべる。
     
    「俺はね、楽しそうにしてる人間を見るのが好きなわけ」

     ゲンが持っていた湯飲みを静かに床に置いた。

    「これはね、千空ちゃん。君はいつまでも科学大好き少年のままでいるんだよ〜っていうワルーイ呪いなの」

     藤色の袖口から、白い腕が伸び、千空の膝に手が置かれた。細い骨張った手なのに、美しさを感じるゲンの手。マジックに向いているのか、手は案外大きい。その掌から膝を伝い、じわじわとゲンの熱が千空の体の毛細血管に至るまで広がって行くような感覚に陥る。
     自然と誘導されていた視線を千空が上げると、そこにはあの日の晩のように涼やかに笑うゲンの姿があった。

    「なんでも叶えてくれる神様になんて簡単にはさせてやんないよ」

     目を細め、唇で弧を描く。ゲンはそうしてから、すっと千空の膝から手を離し、湯飲みを片手に持ちながら緩慢な動作で立ち上がった。
     まるで脈絡のない発言の意図を千空は脳内で掻き集める。言葉遊びのような、それでいて真摯に物語を紡いでいるかのような、そんな言葉に翻弄される。
     またごとりと炭が崩れる音がした。

    「さっさと寝なよ、千空ちゃん。また明日ね」

     千空が座ったまま見上げたゲンは、すでにいつものようにへらりと笑っていた。呆然とする千空を置いて、あっさりとゲンはカセキの家から出ていった。微かに残る花の匂いは、すぐに炭が吸い込んでしまった。
     残された千空は必死でゲンの言葉をひとりで噛み砕くしかない。

     別に、分からなくていいのかもしれない。だから、あえてこういうまどろっこしい表現をしたのだ、ゲンは。
     でも、多分、この言葉たちはいまの千空に必要なものだった。
     はあー、と深いため息をつき、千空は自身の後頭部を雑に掻き毟る。
     クラフト全部、唆っているか否かなんて、考えた事なかった。否、無視していたのかもしれない。確かに最近昂りを感じる機会は、思い返してみれば確実に減っている。

    (神様、なんて崇高なものに見えたかよ、俺は。ゲン)

     それをゲンは子どもの口約束のような言葉を操り、千空を俗世に縛りつけ眠りにつかせたと、そういうことを言っていたのだろうか。楽しそうな人間を見るのが好きだから、という理由で千空をここに在らせることが、悪い呪いだと。
     周りの願いを叶えようとすることを呪いで邪魔する、ワルーイ奴なんだと。
     
     まとまってきた思考で導いた答えは、いっそ馬鹿馬鹿しさすら感じ、千空はカセキの家でひとり笑いを噛み殺した。
     だって、それはまるで、千空への呪い(のろい)などではなく、ただの。
     明日もいつもの千空と会えるようにと、そんな、願いを乗せた。









           呪い(まじない)
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