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    mame

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    mame

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    🇫🇷とゲの合流後の夜の話
    千ゲン(特殊設定有り)
    くこみさん(@kuko14kuko )のこちらのイラスト(https://twitter.com/kuko14kuko/status/1347537994975113217?s=21)にテキストをつけさせていただきました。

    正直、限界だった。
     夜になってもパンの完成で盛り上がり続ける人の輪からゲンはこっそり抜け出し、森へ足を踏み入れた。
     まだ切り拓かれていない自然のままの森は夜になれば暗い。今日は月明かりがあるので比較的森の姿を捉えられるが、月明かりがない新月の夜などはほぼ何も見えない。ゲンは薄ぼんやりと月に照らされた未整地の道を危なげなく、しかし足取りはおぼつかない様子でふらふらと進み、目的の場所へたどり着いた。
     風で羽織を揺らすゲンが見上げた大木は楠だ。大人4人で手を繋いでもおそらく幹を抱えられないほどの大きな楠。その根上りの前でゲンは汚れることも気にせず膝をつき、暗い穴を覗き込んだ。
     先客はいない。土以外の異物も見当たらない。指先で地面に触れる。地面も吹き溜まった葉も乾いていた。
     ふう、と息を吐きながらゲンはその穴にどさりと倒れるように横たわる。折った膝を抱え体を丸めれば酷く落ち着く。
     頭上を覆う樹々の隙間から覗く夜空を一瞥してからゲンは目を閉じた。この方が集中できる。目を閉じてすぐに地面から身体へ流れ込んでくる精気にほう、と深く息を吐いた。
     風が頬を撫で、身体を覆う倦怠感と、それと反比例するかのように満たしてこようとする精気が気持ちよくて、ゲンはとろとろと微睡み始める。少々眠ってもバレはしないだろう。夜がふける前になんでもない顔をして村へは戻ればいい。そうすれば疲労はマシになっているだろうし、明日も元気に動ける。なにせ久しぶりの村だ。久しぶりの千空だ。眠って一日過ごすなんてもったいない──……そんなことをゲンは考えて、本格的に眠りに落ちようと意識を落下させようとした。刹那。

    「おい、メンタリスト……これは、一体、なんだ」

     ぎゅむ、と掴まれる感覚にゲンは文字通り飛び起きた。ごつんっと根上がりの天井に頭をぶつけ強い痛みを覚えるが、それどころじゃなかった。目に入るもの全てに全身から血の気が引いた。
     なにせ、いまゲンの目の前には、驚きと動揺と、そして好奇心に目を輝かせ、口元をむずむずとさせている千空がいるからだ。千空が掴んでいるもの、それはゲンの臀部から生えるふさりとした尻尾だった。
     


    * * *



    「感触あんだな? 痛覚は? あったけえってことは血がちゃんと通ってんのか……関節はどうなってんだ? ちょっと動かしてみろ」

     しっかりとした根上りに腰掛け、行儀悪く片足を乗せる。もう片方の足はぷらんとぶらさげ、顔に近づいた膝に頬杖をつきながらゲンはがっくりと項垂れた。やっちゃったなーと後悔するが、隣に座る千空は大変唆られているようで、ゲンの身体の一部を自身の膝の上にのせたり持ち上げたりマジマジと見たり忙しそうだ。膝の上に乗せると言っても、大きい尻尾だ。千空の膝に収まることなく先は下されている。

    「……普通『なんでお前こんなの生えてるんだ』ってなるはずなのに『お前に生えてるこれはなんだ』になって、そのまま自分で観察はじめちゃうの、まさに千空ちゃんって感じね」

     呆れとため息を混ぜ込んで苦笑したゲンが千空を見れば、当の千空は動きを止めゲンをきょとんとみた。ぱちくりと瞬きを大きくしてから「気になんだろ」と当たり前のように言う。
     森のあちこちから涼やかな虫の声が聞こえて来る。その音に溶かすようにゲンはくすくすと笑った。
     ご要望にこたえてやろうという気になって、千空にされるがままだった自身の白く大きな尻尾を持ち上げ、そのまま千空の顔をくすぐるようにもふもふと動かしてやる。うわ、と小さく言った千空は驚きで手をぎこちなく固めていたが、尻尾を顔から下ろせばきらきらと赤い宝石のような瞳を輝かせていた。尻尾を掴もうとしてくる千空の手を器用に避けながら、遠くでフクロウの声を聞く。

    「千空ちゃん、俺のこれ、本物だってわかったんでしょ。正体とか気になんないの」

     ゲンがそう問えば、千空が「ー」と濁音混じりに唸ってから唇を少しだけ尖らせた。子どもっぽい仕草に油断して、千空の手に尻尾が捕まった。

    「そりゃ気になるが、テメーが黙ってたってことは黙ってる方が合理的なんだろ。ほんとはレントゲンでも撮りたいくらいだが」
    「あー、レントゲン撮ったことないなあ。どう写るんだろ。て言うか、千空ちゃんなんでここわかったの」
    「そらゃテメーがふらふら一人でどっかいくからだな……」
    「心配してくれたんだ? やっさしー」
    「おーおー、しっかり感謝して明日からもきりきり働きやがれ」
    「ひえー! ドイヒ〜」

     頬杖はそのままにくすくすと笑えば、千空の表情も柔らかい。月明かりしかないこともあってか、二人の間を流れる空気は静かだ。
     白い毛並みを確かめるように千空の荒れた手のひらがゲンの尻尾を撫でる。少し緊張した指先に、優しい子だなあとゲンは目を細めた。

    「──……正体、聞いていいのか」

     たっぷり時間を置いてから投げられた問いは、問うためのお伺いで、ゲンは根上りに両手をついて顎を上げた。頭上を覆う枝と枝の隙間から星が瞬くのが見えた。千空の瞳の煌めきとよく似たそれに口元を緩める。

    「んー? 千空ちゃんならいいかなあ」

     ひょい、と腰をかけていた根上りからおり、ゲンは地に足をつけた。
     羽織の中に両手を収め、数歩進んだゲンはくるりと振り返り、千空に薄く笑いかけた──普段隠している左右色違いの耳と、無駄に長く生きるうちに割れて増えた尻尾を流れるように顕現させて。

    「俺は妖狐だよ。石化期間含めちゃったら稲荷空狐になっちゃってるかなー。含めなかったら900年ちょっと生きてる狐ちゃんです」

     ゲンの現した狐の尻尾と耳を凝視しながら、千空が小さく口を開けていた。ゲンの発言を信じがたく思う気持ちと、興味深く唆る気持ちとがごちゃごちゃになっているのだろう。ゲンが人間の立場なら何を言っているのだと一笑してしまうようなことでも、千空にとってありえないことが証明できない限りはありえる可能性だ。だから、科学に生きてきた千空にとっての「妖狐」という耳慣れない言葉を、いま千空は噛み砕こうとしている。

    「妖狐っつったら……九尾の狐的な……」

     ぐっと眉間に皺を寄せ、腕を組んだ千空がおそらく妖狐に関する最大限の知識で質問してくる。それが面白くて、ゲンは眉尻を下げこくりと頷いてやる。

    「まあ、そういう感じよ。九尾もないけどね。そこまでの妖力はない」
    「妖力」
    「そう、妖力。いいの? 千空ちゃん。俺、人の精気すっちゃうわるーい化け狐かもよ? 正体もバレちゃったし、千空ちゃんの精気くらい簡単に吸って口封じしちゃうよ」

     わざとらしい程口角を引き上げた。森全体を揺らしながら二人の間を強い風が吹き抜け、ゲンの尻尾を揺らしていく。
     睨みつけるような千空の視線に、それでいいんだよと内心でゲンは思う。元々怪しい蝙蝠男が自分は妖狐だと言い出したなんて、自分自身の話だけどあまりにも馬鹿げているわけで。
     でも、正真正銘ゲンは妖狐だ。いま言ったように、妖狐というのは人間を化かし、精気を吸う。簡単に受け入れていい存在じゃないのだ。なのに。

    「でもテメーはしねえんだろ。じゃねえと辻褄が合わねえことだらけだ」

     吐き捨てるように告げられた千空の言葉に、ゲンは口元に笑みを貼り付けたまま唇を堅く引き結んだ。

    「今まで一回でも、その、精気吸うとか、テメーはやってねえだろ」
    「なんでそんなこと言えるの? 千空ちゃんの知らないところで、それこそ石化前やってるかもよ」
    「そんな奴がクソ真面目にメンタリズムやらマジックやら学ぶかよ」
    「精気吸いやすいように人を誑かす手段手に入れたかったんじゃない?」
    「ねえな」
    「なんで」
    「根本的に、テメーは人が好きだろ。ゲン」

     真っ直ぐ、千空の真摯な瞳に射抜かれ、ゲンは息を飲んだ。
     このセリフを千空に言ってもらえるように無意識のうちに誘導してしまっていた自分の浅ましさや、きっとそれがわかった上でこのセリフを言ってくれた千空の優しさに、じわりと目の奥が滲む。

     うん、そう。そうだよ。人の精気を吸ったことなんて、一回もない。そんなの相手死んじゃうもん、するはずがない。

     口に出すことなく、ゲンは千空の言葉に肯定を返す。
     ゲンは世渡りがうまくいって長生きしてしまっただけの狐だ。結果的に妖狐になった。それだけ。
     時代が変わっていく中、人の営みを眺めるのが楽しくて、人が作り出すものに興味があって、中でもゲンは人が作り出した『娯楽』が好きだった。生きるのに不要なものを作り出すなんて、理解しがたく、面白かった。人間ならではの発想だ。だからゲンはいつしか人に化けて、人の営みを、人として体験するようになった。
     どうせ簡単には死なないのだから、と好きなことをしようと、勉学に必要な年齢相当の姿をとりゲンは学校に通い始めた。化けるのは必要な書類を作ったり自身の架空の情報を操作するときに使うくらいで、妖術の類もほぼ使ったことはない。妖術を持たない人間が持っているかのように見せ繰り出すマジックの方がよほど魅力的だったから。自分の学んだ知恵で人の心を動かす方がよほどわくわくしたから。それで人が笑顔を見せるのが嬉しかったから。
     けれど、自分の正体から深すぎる付き合いを人間とすることはなかったし、芸能人としてメディアに出ることになるのは計算には入れていなかった。ましてや石化してしまうとは思ってもいなかった。
     司に復活させてもらってから教えられた事実は、この世界から人の営みが消えてしまったことで。それが酷くショックだったというのに、そこで目にした木に彫られた暦に、ゲンがどれだけ歓喜したか千空はきっと知りもしない。諦めなかった人間がいる。諦めてない人間がいる。それだけの喜びで、ゲンはひとり村まで歩き続けた。
     実際に出会った千空はゲンが消えてしまったことを嘆いていた人の営みを科学を復活させることで取り戻すという。嬉しくて、嬉しくて、なんとか彼の力になりたくて、復活した世界も見てみたくて、だから関わった。千空という人間に。
     ──そんな千空に信じてもらえることが、こんなにも胸を震わせる。
     感傷を振り払うようにゲンは両目で三日月を作り、にぱっと笑ってみせた。
     自分は善悪がわかる善狐に分類されるから安心して、だとか、白狐と黒狐のハーフだから毛の色が一色じゃないんだよ、だとか、そういうのはわざわざ言うことではないなとゲンは判断した。きっとその情報は千空には必要ないからだ。
     黙っているゲンをどう判断したのか、千空は小さく舌打ちをして後頭部を雑にかいた。

    「大体疲れてるってのにひとりでひっそり森の中で休んでる奴だぞ。大方、村の空気壊したくないとかそういうこったろ」
    「あー、メンゴ。それは不正解。土から精気分けてもらってたのよ。疲労回復に1番手っ取り早いの」
    「は!? !? だからテメーいつも裸足なのか!」
    「ご名答〜! 100億点〜!」

     わざとらしくパチパチとゲンが拍手してやれば、千空はやっぱりCTも撮りてえなとひとりで呟きながら、ゲンと同じように腰掛けていた根上りから地面へおりたった。
     そろそろ村に戻るべき時間か、と納得してゲンは顕現させていた耳と尻尾をすっと消してみせた。となりで目を見開いて驚く千空があまりにも新鮮で肩を揺らし笑ってしまったゲンだ。さっき千空にバレたのは疲れすぎて力の操作がうまく出来ず、ひとりだということもあって気が抜け、ゲンが気付かぬ内に尻尾が一本出てしまっていたようだ。気をつけなくちゃなあと気を引き締める。

    「正直血液検査もしてえし、組織とって細胞も検査してえ」
    「ええ……人道的な範囲でお願いね、千空ちゃん」

     歩き始めた千空がぶつぶつと言い始めるので、ゲンは肩を落としながらそう答えた。あと公開とかしてもらえなかったら助かるなあ、なんて付け足して。列挙された内容は現時点では無理なことばかりだ。果たしてゲンが研究される日はいつやってくるのだろうか。千空のことだから必ずやり遂げるのだろうけど。
     ざくざく枯葉を踏み歩きながら、そういえば千空はいつゲンが村を抜けたことに気づいたのだろうと思い至る。それを尋ねようと隣をみやれば、元々大きな目をいっそう大きく見開いた千空がゲンを見ていた。驚いてまた尻尾がびゃっと出そうになったが、寸のところで堪えたゲンである。

    「な、なに……?」
    「個人的な範囲の研究にだったら協力してくださんのか」

     足を止めた千空が瞬きひとつせずゲンを見てくる。千空につられ自身も足を止めたゲンは首を傾げながら、その質問に答えを返す。

    「しなくていいならしないけど、でも唆ってんでしょー?」

     そもそもゲンの話を信じてくれるという人間がいること自体驚きなのだ。その相手が千空で、彼の知的好奇心が満たされるのであれば、ゲンの許容範囲であれば別に問題ない。不思議な質問をするなあ、とゲンは足を止めたままの千空を放って村に向かって歩き出した。

    「よくそんなんで1000年近く生きてこられたな」

     呆れと感心を溶かした千空の独り言は、本来の耳を消した今、人並みの聴力しかないゲンには届かなかった。
     もちろんこの時千空が、ゲンの存在が悪用されないよう自分の近くに置いとかねばと決意したことだって、ゲンは知りもしないのである。
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