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    mame

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    mame

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    ご飯の話をする付き合ってない無自覚の千ゲン(携帯作り軸)②
    続き物です
    1:https://poipiku.com/1356905/

    ぽいっとこぶし大の石を適当に投げる。放物線を描いて地面に落下した石の鈍い音と同時に、ばさばさっと羽を散らし野鳥が秋空へ飛び立って行った。その鳥の背中をゲンは草の茂みに隠れて見送る。
     息をひそめ、鳥がすぐに戻ってこないことを確認し、ゲンはそっと茂みを進む。生い茂る雑草をかき分け、たどり着いたのは先ほど飛び立った鳥がいただろう場所だ。ゲンの腰の高さまである草の中で、不自然に草の高さが低いところ。

    「み~っけ」

     両手を合わせ作るお椀サイズくらいだろうか。ゲンが見つけたのは野鳥の巣だ。今飛び立って行った鳥が一生懸命作ったのだろう。枯草や木の枝などで器用に作られた巣の中には卵が六つ。巣を見下ろせば影が落ちた。ドラマなど敵に襲われるときの描写でよくみるな、となんとなく思い出し、紛れもなく自身が敵だということを自覚してゲンは苦い笑いを浮かべた。

    「俺の欲望のために本当にメンゴ……でも有難く頂戴します!」

     草の中でしゃがみ込んで、ざらりとした表面の卵をやさしく手に取った。それをゲンは枯草を緩衝材代わりにして包んで、持ってきたカゴの中にそっと入れていく。
     これが本日発見した四つ目の巣だ。見つけた巣にある卵を全部回収してしまえばノルマの数には到達しているのだが、さすがに巣にある卵すべてを攫っていくのは親鳥に申しわけなく、ゲンの自己満足だとしてもふたつは必ず巣に残すようにしている。
     これは食料にすることを前提として生産される無精卵ではない、有精卵だ。飛び立って行った鳥が今まさに育てようとしている命だ。その命を貰うのだから、最低限の人の心は持っておくべきだとゲンは思ったりするわけで――いや、まあ、何をどう言い繕っても食べるんだけれども。
     卵をカゴの中に収めて、ゲンはすっと立ち上がる。カゴの中を見れば一二個の卵があった。全部ゲンが集めた野鳥の卵だ。

    「あと八個……!」

     気合いを入れ、さて他に鳥の巣がありそうなところは、と周囲を見渡す。一応先ほどの鳥が戻ってきていないことも確認して。鳥に恨みを持たれると厄介だぞ、と意地の悪い笑みを浮かべゲンを脅してきた千空のことを思い出しゲンは頬をひくつかせた。
     できれば木の上にはのぼりたくない。怖いので。しかしそうもいっていられない。今のゲンは野鳥の卵ハンターで、千空に言われたハンター活動のタイムリミットはもうすぐなのだから。


     *  *  *


    「メンタリスト、テメーがゲットしてくんのは――……野鳥の卵だ!」


     なにかクラフトするときに毎度行うクラフトテーマ発表時のようなテンションの千空に、すでに楽しそうなのはなんでだろうと思いつつゲンは卵ね、と脳内で一度咀嚼してから、あれ? と疑問符を浮かべる。鍋に卵。必要だっただろうか。ゲンが思い描いていた鍋には少なくとも卵は必要ないはずだ。

    「……千空ちゃん、俺が言ってんのおでんじゃないよ? あ、バイヤ~おでんも食べたい」
    「……どっちがいいんだよ」
    「お鍋! お鍋で!」

     自分で言ったおでん発言に見事引っ張られそうになったが、今のゲンは完全に鍋モードだ。慌てて主張すれば、千空が息を短く切りながら笑う。おでんだと言ったらおでんへ路線変更してくれたのだろうか。それはそれで気になる。
     癖なのだろう。耳の穴を小指で穿りながら、千空は太陽の位置をラボの中からちらりと確認した。

    「んじゃ野鳥の卵二〇個な。夕方までには戻って来いよ」
    「え、二〇?」
    「俺らだけってわけにゃいかねえだろ」

     当たり前のようにそういって、千空は雑談は終わりだとばかりに作業を再開させた。ゲンだって勿論独り占めしようだなんて思っていなかった。携帯電話作りで疲れる村人と一緒に鍋をつつけたら良いリフレッシュになるだろうとも思っていた。だから当たり前のように千空がそう言ってくれる人間で改めてよかったと思うのと同時に、卵が二〇個だとしたら、隠居・子どもを含めれば四〇人以上の石神村全員には卵が一人一個だとしても行きわたらない。

    「うん、だからこそ中途半端な数だなって」
    「妥当な数だ。ま、とにかく頑張って野鳥の巣みつけて集めてこい。卵の数次第で鍋の質が変わんぞ。あ、鳥に顔覚えられんなよ。でけえ野鳥が多いかんな。賢い鳥だったら復讐しにきたりする」
    「ひえ……」

     情けない声を出しながら、しかし人間というのは欲望というものに弱い。すっかり鍋のためなら頑張れるモードにゲンはなっていて、一応どのあたりに巣がありそうかという話だけ千空とし、ゲンはラボを出てカセキのおつかいを済ませてから森の中に入ったのだ。
     そうしてタイムリミットまでにゲンは最終的に七つの巣を見つけ、野鳥の卵を二〇個集めきり、口元を緩めながら駆け足で村への帰路についた。
     あともう少しでラボ、という所で冷たい風がびゅんと吹いてゲンの横髪を揺らした。夕方といわれる時刻まであともう少しだというのに、夜風のような冷たさのそれは秋の終わりを告げるようだ。やはり千空に言われているように靴をもう履かなければならないなと、ゲンはひとり肩をすくめた。
     籠の中にある卵をちらりと見やり、そういえばこの生まれるはずだった野鳥たちは冬を超えられるポテンシャルを持っているのかとぼんやり思う。年中繁殖する鳥などそうそういないとゲンは思っていたのだが、案外スムーズに卵は集まったわけで、鳥も独自の進化を経ているのかもしれない。そういう研究も、千空は対象なのだろうか、と鍋を作ると言いだしてくれた千空を頭に思い浮かべてみる。――そんなときだった。 日本人の遺伝子に組み込まれている出汁の匂いがふわりと漂い、ゲンの鼻孔をくすぐったのは。自然に歩を進めるスピードが上がった。途端に空腹を訴えてくる現金な自身の腹を一括してからゲンはラボのある開けた空間に飛び出した。
     そこには子ども一人入るほどの大きな壺を火にかけている千空の姿がある。少し離れたところでカセキとクロムが何か作っているようだが、何を作っているのかゲンにはわからなかった。なのでとりあえず。

    「千空ちゃ~ん! 二〇個ゲットしてきたよ~」

     藤色の羽織を翻しながら千空に駆け寄ったゲンが卵の入ったカゴを「はい」と渡すと、千空は笑いながらそれを片手で受け取った。カゴの中を見てへえ、と感心した声を出すものだから、すこし誇らしくなるゲンだ。

    「ほー、全部いけたのか」
    「え、リーム―だと思ってた?」
    「二〇個は無理だったって喚きながら帰ってくるかと思ってたわ」
    「待って、ドイヒ~じゃない? 実は無謀な数だったってこと?」
    「さすがメンタリスト様じゃねえか。鳥の心理もばっちりってな」
    「言っとくけど鳥は専門外だからね、ジーマーで」

     千空が楽し気にいうものだから、ゲンも楽しくなってくる。木登りした武勇伝はあとで語ってやろうと決め、ゲンは上機嫌のまま壺の中を覗いてみた。やはり出汁の匂いの出所はこれだったらしい。すでにお湯になっている大量の水の中に、昆布やキノコ、魚のアラが入っていた。壺の横には三リットルほどだろうか。同じ出汁が別の壺に取り分けられていて、それなりの時間が経っているのか熱さは感じなかった。

    「ジーマーでいい匂いね。鍋つゆに使うの?」
    「正解だが、そんだけじゃねえ」

     火を外しやすいよう鉄板の上で焚火していたらしい。皮手袋をして火を壺から外しながら千空がにやりと唇の端を引き上げた。特徴的な髪型や突出した頭脳に視線誘導され見落としがちだが、千空は顔立ちが酷く整っている。楽し気に笑う表情などなかなかのものだと、テレビに出ていた人間であるゲンでも思うわけで。そういう表情をずっと出させてあげたいな、と年上の人間としては思ったりもするのだが、口には出さない。まずは戦争を終わらせて、そしていまは鍋なのだ。

    「千空、できたぞ~い」

     出汁の他の使い道を尋ねようとゲンが口を開いたとき、少し離れたところでクラフトしていたカセキの声が聴こえた。振り返ればクロムとふたりがかりでそれぞれ大きなものを運んでこちらに持ってきている。大きさの割に重さはなさそうで、手伝いは必要ないなとゲンは判断した。参加したところで特に力になれる気もしないけれど。

    「何だよこれ、千空。ぜんっぜんわかんねえ」
    「言われた通りこっちの箱がちゃんと鉄の箱に収まるように作ったよん。あとこれ、穴あきの薄い板ね」

     そう言ってカセキがクロムと持ってきたのは大きさの割に深さはあまりない木箱だった。一辺当たり五〇センチ四方ほどだろうか。そしてその木箱よりも一回り大きな鉄の箱とその蓋。千空の前によいしょ、と箱をそれぞれ下ろしたふたりが腰を上げた。カセキに渡された鉄製の薄い穴の開いた板を見ながら、秋空を後ろに携えた千空は満足そうにうなずいて見せる。

    「おー、ばっちしだ。さすが職人様」
    「で? これでなにができんだよ?」
    「豆腐作りだな」
    「とうふ?」
    「なんだそれ?」

     カセキとクロムが耳慣れない言葉に首を傾げる。ゲンもこれで豆腐を? と首を傾げるが、ハッとする。豆腐。豆腐と言ったね、この男。

    「…………えっ!? 豆腐作れるの!?」
    「いや、この道具は豆腐作りのもんだが、いま豆腐は作れねえ」
    「リーム―じゃん。なんで豆腐作りっていったのよ」

     すっぱり断言してきた千空に拍子抜けしながらゲンは肩を落とした。
     鍋と言えば豆腐なわけで、もどき、と言った千空だったので豆腐に関しては別に期待していなかった。火から外された出汁がおいしいのはすでに匂いでわかる。あの出汁で野菜を煮るだけでとてもおいしい鍋になるはずだ。だけど、豆腐という単語が飛び出したものだから期待してしまった。一度あげられてから落とされるとショックなものである。
     それをわかっているのか、千空は腰に手を当てながら苦笑いを浮かべ「ー」と言葉を続けた。

    「にがりなら海水から作れるが肝心の大豆っぽいタンパク質だらけの豆がねえんだよ。まあ探しゃあるんだろうが、いまそっちにマンパワー割く必要性がねえからな……そもそもあったとしても鍋に入れる固さにすんなら一晩は必要だ」
    「やっぱりリームーじゃん」
    「っつーわけで、今から作るのは」

     しょぼくれたゲンの前へ、千空がゲンが取ってきた卵入りのカゴを持ち上げた。クロムとカセキもゲンと同じようにそのカゴを見やる。
     ゲンは別に料理に詳しいわけではない。石化前は独り暮らしなんてものをしていたが、人類の発展にあやかってコンビニ総菜にテイクアウト、そして外食で食事を済ませていたゲンだ。でも、そんなゲンである程度の知識くらいはあるわけで。
     豆腐を作る箱型。千空が必要じゃないものをわざわざクロムとカセキに作ってもらうはずがない。つまりこの道具は使うのだ。そして、すでに大量に用意されていた出汁と、取り分けて冷まされている出汁。村人全員に行きわたらすには少ないはずのゲンが集めてきた卵。千空がゲンの方を目を細め口角をわずかに上げて視線を寄こしてくる。ゲンがなにか思いつくのを待っているときの表情だ。その表情に応えなければと少ない知識を手繰り寄せ、そして、ひとつの食べ物にたどり着き、ゲンはひねっていた頭をぱっと上げた。

    「あっ! もしかして、卵で豆腐の型箱ってことは」
    「、そのままだな」

     自炊なんて滅多にしないけれど、ゲンだってインスタントラーメンくらいなら作っていた。残ったスープに卵を溶き入れてラップをかけて電子レンジでチン。そんな食べ方だって何度もしていた。その作り方はテレビでやっていて知ったわけだけど、茶碗蒸しも似たような作り方だとゲンはその時に知ったわけで。茶碗蒸し作成チャートとほぼ一致する食べ物が他にもあることも確かその時に紹介されていて。

    「いまから作んのは――……卵豆腐だ!」

     千空の言葉と共に、口の中にあの頃食べていたジャンクな茶碗蒸しの味が広がった気がして、ゲンはごくりと唾を飲み込んだ。しっかりとられた出汁なのだから、上品な茶碗蒸しの方を思い出すのが正しいのだろうが、あの頃食べていたものを再び食べられる。それだけで胸が躍るのだ。否、いま作ろうとしているものはそもそもインスタントラーメンスープで作る即席茶碗蒸しでも、上品な茶碗蒸しともは違う卵豆腐なのだけれど。
     卵豆腐。卵豆腐か、とおそらく食べたことのある卵豆腐の記憶をゲンは探し出す――旅館かなにかのロケに行ったとき食べた懐石料理の中に入っていたあれはおそらく卵豆腐だった筈だ。卵の風味を出汁が活かし、本来の豆腐とはまた違う、つるりとした食感。記憶が脳内で再生されたせいか口の中にたまってきた唾液に気付き、ゲンは慌てて表情を引き締めた。
     そんなゲンの表情を見ていた千空は一笑し、カセキとクロムに作ってきた鉄の箱を火の上に置くよう指示を出した。ゲンの反応に気をよくしているのか千空の表情が柔らかい。

    「栄養あるし腹にいれりゃ溜まるし、味がついてっから付けダレもいらねえ。なにより鍋に四角いもん入れりゃそれらしくなんだろ」
    「バイヤ~~~~! 発想が天才。最高。ゴイス~。さすが千空ちゃん」
    「テメーそこまで俺のこと絶賛したことあったか? 意外に食い意地張ってんな」

     ゲンが景気づけに手のひらからぱっと花吹雪を起こせば、千空が呆れを含ませ薄く笑みを浮かべた。一方、旧時代の人間ふたりの会話と、ゲンの喜びっぷりが理解できないクロムとカセキは眉間に皺を寄せている。

    「やべえ、何の話してるかまるでわかんねえ」
    「わしもよ、クロム」

     石神村に豆腐は存在しない。卵だってそう大量に獲れるわけでもないので卵料理は根づいていないわけで、ふたりがこれから食べるのは未知のものだ。村人が感動したねこじゃらしラーメンは千空がうまみ成分を考慮し作ったスープだ。その千空が作る出汁、うまくないはずがない。その出汁で作る卵豆腐なんて、もしかしたら昔食べた卵豆腐よりおいしいかもしれない。
     千空がなにやら道具を用意している横で、ゲンはにっこりとふたりに笑いかけた。

    「千空ちゃんがジーマーでおいしいもの作ってくれるって話よ、クロムちゃん、カセキちゃん」
    「おい、卵豆腐はそっちで作れよ」
    「え!? 俺!?」
    「クロム連れてっていいから」
    「おう? 教えてもらえればきっちりやるぜ!」
    「カセキはこっちだ」
    「えー、なによ千空。またなにか作っちゃうの?」

     まさか自分が主体になると思っていなかったゲンが驚いていると、そんなゲンにお構いなく千空がほい、ほい、と道具を渡してくる。ボウル代わりだろう大きな深めの皿。卵を混ぜるようの菜箸。そして取り分けられていた出汁入りの壺。ずしりと重くなっていくそれらに慌ててクロムにも持ってもらうと、クロムの目がきらきらと輝きだした。最後に渡されたのはゲンが獲ってきた卵二〇個が入ったカゴだ。

    「これで料理つくるってことか! やべえ、なにすりゃいいんだ?」
    「メンタリスト、卵豆腐の作り方の把握レベルどんなもんだ」
    「えーっと……、溶いた卵を濾して出汁に入れて混ぜるんだよね……? で、蒸す……?」
    「わかってんじゃねえか。ま、今回は濾し器も濾し布もねえから竹ザルだがな。カセキには目がこまけえ竹ザルを作ってほしい」
    「おほー、それならかんたん! すぐ作っちゃうぞい」
    「俺は別の作業やっから、カセキは竹ザル作ったらゲン・クロムに渡してくれ。テメーらはそれまでに出汁に卵あわせとくこと。濾し終わったら俺に報告」

     端的にわかりやすく説明する、いつもは科学の先生である千空のお料理教室開始である。ゲンは工程を頭に思い描きながらこくりと頷いた。カセキとクロムも同じように頷けば、視界の端で銀狼が門番の職務を放ってこちらにこようとし金狼に止められているのが見えた。それを四人で笑ってから、四人はそれぞれの作業にとりかかったのである。目指せ、おいしい卵豆腐作り。
     鍋ひとつ作るまでのロードマップはいつのまにかしっかり始まっていたのだ。

    (続く)
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