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    mame

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    mame

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    エアスケブ①🦁の出てくる千ゲ
    🇺🇸出航前、🦁が千ゲ(未満)の関係について考える話
    ※注:ノベライズ2巻の内容を少しだけ含みます

    司の視線の先にいるのは、獅子王司という存在を紛れもなく掬い上げてくれたふたり──千空とゲンだ。
     ふたりは今、道の真ん中でアメリカに向かう出港準備の打ち合わせをしている。やっぱり俺も行くべき? なんてゲンのへろへろとした声が司の耳に届いたので、自然とふたりの元へ視線が向いてしまったのだ。
     千空はと言うと、何を馬鹿なことを言ってるんだとばかりに物言いたげな目をゲンに向けている。それだけでしっかりゲンも読み取り、だ・よ・ね〜と肩をがっくりと落としていた。
     司は船に積み込む荷物を両腕に抱えながら、ふたりの様子を微笑ましく眺めた。あまりにもふたりが並ぶ様がしっくりくるので、羨ましさすら感じるほどだ。
     ゲンが科学王国サイドへつかなくても千空の科学は発展していただろう。それでもゲンがいたから発揮できたマンパワーがあることを、司は眠る前にも、目が覚めてからも、すでに何度も目の当たりにしている。名コンビだなあ、と心の底から思う。そんなふたりが司へ心を砕いてくれることに改めて喜びも感じるわけで。
     千空とゲン、ふたりの関係性は既視感のようなものさえ感じる。だけど、司はなかなかふたりの関係性に当て嵌められるような歴代の名コンビが思い浮かばなかった。一度気になってしまえば、思考はなかなかとまらなち。司はなんだか歯の奥に物がつまったような心地のまま、自然と止まってしまっていた足を動かし、船のへ移動を再開させた。頭の中で名コンビと言われる組み合わせを考えながら。

     牛若丸と弁慶──違う。
     信長と秀吉──違う。
     近藤勇と土方歳三──違う。

     あれやこれやと考えていると、軽やかな足音が後ろから近づいて来た。振り返れば青空を背中に携えてゲンが「司ちゃーん!」と手を振りながら笑顔で駆けてきていた。よく似合う藤色の羽織を翻しながら。
     司の脳裏に、杠が綺麗に染め上げた藤色を目にし、眩しく思った記憶が蘇った。彼女にも頭が上がらないと思う。いつかゆっくり話ができたらいいとも。杠に対し酷い仕打ちをした司だというのに、未来もよくしてもらっているようだし、大樹との関係も、烏滸がましいだろけれど実はこっそり応援しているのだ。
     手を振り返そうとして自身の両手が荷物で塞がっていることに気付き、司は足を止めて口元に笑みを浮かべることでゲンの呼び掛けに応えた。司の元にたどり着いたゲンが「俺も船に行く用事できたからご一緒させて」と目尻を下げるので、もちろんと答えようとして、そこでようやくピンと来るものがあった。

    「ああ、ホームズとワトソンだ」
    「えっ、突然なに司ちゃん」

     目を丸くし細い首を傾げたゲンにくすりと笑って司は再び歩き出した。横に並ぶゲンの歩幅に合わせようと足元を見るが、すでにゲンの方が司のペースに合わせているようで感嘆する。どんな人間の隣に立ってもあさぎりゲンという男は足並みを揃えられるのだろう。でも、その中でも。
     不思議そうに見上げてくるゲンに表情を緩めてから司は口を開いた。

    「千空とゲンの関係だよ。なんだか既視感があるなとずっと思ってたんだ。ホームズに振り回されつつホームズの側にいるのを楽しんでるワトソンと、そんなワトソンが側にいるのが当たり前だと思っているホームズ。千空とゲンにぴったりじゃないかい?」

     やっと導き出した答えにすっきりした司は、頭の中で描いたふたりのことをゲンにありのまま伝えた。
     さすがに関係性そのままとは言えない。シャーロックホームズほど千空は人間離れしていないし、千空ほど人間臭い人間もなかなかいないかもしれないとも司は思っている。千空は自分を殺した司すら切り捨てられない。千空の短所でもあり、そこが付け入る隙だと以前司は評したけれど、今とはなっては長所でもあるのだと思える。
     普段足音など立てないのに、ゲンはたまにぺたぺたと足音を立てる。その意図的なものは、いま君に近づいているよ、いま君の隣にいるよ、と相手を安心させるときのものだ。足音ひとつとっても、ゲンの舞台装置。その音があった方がいいときと、無い方がいいときの見極めが絶妙で、それはゲン本人の在り方を表しているように思えた。いま司の隣を歩くゲンは足音をぺたぺたと立てている。いつか、ゲンの、何も考えられず発される足音を司も聴けるだろうか。
     隣を歩くゲンはというと、ゲンにしては珍しくぽかんとした表情で司を見上げていた。驚くほどくるくると回る表情が固まるのを見るのは酷く新鮮で、司は自身の機嫌が上向いていることに気付いた。ゲンには出し抜かれ続けているので、やはり気分は悪くない。

    「俺がワトソンで千空ちゃんがホームズってこと? 司ちゃんの中で俺たちの関係そんな風に見えてたの?」
    「うん、おそらく皆んな納得すると思う」
    「えー? ジーマーで? いやーー……でもワトソンサイドを完全に否定できないのが苦しいところだね……」

     緩い袖の中で腕を組んでいるのだろう。ゲンが大きく体を腰を支点に横に傾け、更に頭も捻る。司がゲンの問いに頷けば、ゲンは眉間に皺を寄せ、険しい表情のまま唇を尖らせた。
     ワトソンサイドを否定できない、と言うことは、千空の隣を楽しんでいる、ということを否定しないこととイコールだ。少し拍子抜けして、ゆっくり瞬きをしてゲンを見下ろせば、ゲンが司を見上げて子どものようにくしゃりと笑った。今日はゲンの珍しい表情をよくみれる。

    「もっとがっつりはぐらかされると思っていたよ」
    「司ちゃん相手だし、はぐらかしたところで、だよねえ。ジーマーで」

     船を停泊している泊地までもうすぐだ。ぺたぺたと足音を立てながらゲンが肩をすくめた。頭上の青空では雲がちぎれ、白く細い線を引いている。
     少し考えるそぶりをして、考えがまとまったのかゲンが薄く笑った。それを横目で見下ろしてから、司は道の行先を見やる。この森を抜けたら泊地に着く。

    「原典とか映画版とかドラマ版とかで結構ふたりの関係性の解釈違うじゃない?」
    「そうだね、ゲンは色々嗜んでたのかい?」
    「まあ話題作はシャーロックホームズに限らず一通りチェックしてたよ。司ちゃんは?」
    「俺もそこそこ、かな。知略を巡らせ解決に導く過程は見ていて爽快だからね」
    「わかる〜。軽い気持ちで見始めても結局のめり込んでみちゃうんだよね」

     昔、テレビや映画館がこの世界に存在していた頃。書店や学校の図書室や公営の図書館があった頃。イギリスで生まれた名探偵に触れる機会というのは幼い頃からあった。
     司が最初にホームズの世界に触れたのは、図書室で借りたシャーロックホームズの冒険。きっと何人もの子どもがわくわくしながらめくったページを、司も幼い頃めくっていた。ゲンが最初に触れたのは、何の媒体だったのだろう。雑談がてら聞いてみようとし、司がゲンを見やれば、ほんの少しだけ、ゲンのつむじがよく見えた。思わず動かそうとしていた唇を止めれば、ゲンの鼻にかかった独特の声が静かに届く。

    「まあ、どの話でもホームズとワトソンの信頼関係はずっと確固たるものだから……司ちゃんにそう見えてんだったら嬉しいかなあ。ありがとね」

     喋らなくてよかったと、そう思った。司を見上げてきたゲンがへにゃりと短い眉尻を下げる。
     きっとこれはゲンの柔らかいところだ。

    「千空の中のゲンの存在に自信がないのかい?」

     人の柔らかいところを見ることなんて、これまでなかなかなかった。例えば司に挑む殺意にも似た闘志。例えば司に倒され打ちひしがれた絶望。例えば司を利用しようとやらしく笑う醜穢。
     そんな関係など、作れたことがなかったのだ。
     ただ一人だけ──千空の柔らかいところには触れたのかもしれない。無意味だと言うのに司の傷に震える手を当て。洞窟の中で冷えていく司の身体に声をかけ。あの千空はきっと何のフィルターもかかっていない千空で、いずれも司はそんな千空に言葉をかけることができなかったのだけれど。だから、ゲンの柔らかいところに触れて何と言えばいいのかわからなかった。わからなかったけれど、それでもちゃんと触れたいと思った。司の力で潰してしまわないか少しだけ不安だけれど、人と付き合っていくというのは、こういうことなのだ。だからわからないながらも、真摯にゲンに問いかけた。
     問われたゲンはきょとりとした表情を見せてから、羽織から手を出して両の手の指先を合わせて「まさか〜!」と笑った。

    「俺はここで俺のやりたいようにやってるわけだけど、それが千空ちゃんの中で大分メンタリストは結構役に立つってポジション付けになってる自覚も自信もあるよ! でも、まあ、そうね、この復興までの時間が終わればそれまでの関係だろうなとは思ってるかな」

     無邪気な笑みだった。わざとらしくゲンが膝を上げ歩幅を大きくした。

    「人類が復興すれば俺は俺の道を行くし、千空ちゃんも千空ちゃんの道を行く。それぞれの道は交わりそうもないなあと思ってる。だからホームズとワトソンってのはやっぱ違う気がするけど、その評価は現状ゴイスーに有難いかな。うまく俺が機能してるってことだし」

     雲の合間から日光が刺し、ちかりとゲンと司を照らす。ゲンの絹のような白い髪が光で透き通ったように見えた。
     司にはない髪の色の理由を、以前会ったときとは違うゲンの髪色の理由を、聞くことすらしなかったけれど。聞こうとすら思わなかったけれど。だから今は、ちゃんと、ゲンのことを聞きたいと司は思った。

    「諦め?」
    「うーん、諦めではないね。そもそも願ってるわけでもないし」
    「本当に?」
    「やけに食らいつくね、司ちゃん」
    「俺には寂しそうに見えるから」
    「おっと、いつかの仕返しかな」

     気持ちのいい風が吹いた。小さくゲンが笑って、きっと司とゲンが初めて会ったあの日の最後の会話のことを指してるとすぐにわかった。仕返しなんて、そんなつもり全くなかったのだけれど。あのとき泣いてるように見えたと司のことを本音かハッタリか評したゲンが今は両肩を上げたので、司は苦笑しながら首を横に振った。うまく伝わらないものだなあ、と苦い思いを抱えながら。
     そんな司の気持ちが伝わったのか、ゲンも司と似たような苦味を含んだ笑みを浮かべて、晴れ渡る空を見上げた。さらりとゲンの横髪が揺れる。

    「そうだなあ。正直に言うと、多分だけど」

     ゲンの目の色も知らなかった。夜空を映したような深い色だ。

    「千空ちゃんがずっと隣に置く誰かを選んだことを知った時は」

     何もない宙を見つめているゲンの視線の先にはきっと今ここに居ない、未来の千空がいる。ゲンの澄んだ声が、空気に溶けていく。それを司はただ、噛み締めるように聞いていた。

    「いいなあ、とは羨んじゃうかもしれない。千空ちゃんの側は楽しいからね」

     そう言ってゲンは白い歯を司に見せた。

    「とりあえず、俺が千空ちゃんの冒険譚を書くことはないね! あー、でも印税がっぽり貰えるんなら考えなくも無いかな〜」
    「それは南がやるんじゃないかい? ああ、でもそうなると俺は悪役になるのかな」
    「何言ってんの、かつて対峙してその後仲間になるキャラって3700年前から不動の人気を誇ってんのよ? 司ちゃんこそ自信持って〜」

     ばしん、と背中を叩かれた。この会話はどうやら終了というゲンの合図のようだ。痛くも痒くもなかったけれど、音だけはやたらと大きくて、だから司は「痛いよゲン」と言って笑った。
     視線の先に大きな船の船頭が見えた。初めてみた時は驚いたものだ。あの船で今度は海を渡り、世界を巡り、そして月に行くというのだから石神千空という男は本当に面白い。
     そしてあさぎりゲンは、その男の隣に在るいまを誇りに思っていて、きっと今後互いの道は別れ、千空の隣をいつか別の人が埋めることを予想し、その未来をすでに思い、少しだけ羨んでいる。妬むでもなく、羨むと言ったことにゲンの本心が見えた。
     楽しいから一緒にいたい。それがシンプルな答えだというのに、一緒にいる努力をゲンはきっと自分自身と千空のことを思ってしないのだろう。
     船に上がるタラップの前にたどり着いた。周りには作業をしている人間が多くいて、その間をするするとゲンは抜けていく。その細い背中を眺め、司は大きく息を吐いた。

    「ゲン」

     ゲンがタラップの途中で司を振り返った。
     一度離れたとしても結局隣に収まるホームズとワトソンを知っている身としては、きっとふたりもそうなるんじゃないかなと正直思うのだ。千空だって、その枠はもうゲンに決めていそうだと司は思っているのだけれど、人の感情というのは難しい。おそらく千空は無自覚だ。もしかしたらゲンの隣にだれかいるようになった時にやっと自覚するのかもしれない。

    「俺は君たちに何かしてあげられるかな」

     それではきっと遅いのだ。
     ゲンの行動は意外に思えるかもしれないが、いつも脅威の速さを見せる。きっと脳内で駆け巡る思考の速度と比例しているのだ。
     だから自身を掬い上げてくれたふたりが別れて進もうとした時、あっちに抜け道があるよだとか、道を俺が作ってあげるだとか、そんなことを言える自分でありたいと司は思った。思い浮かべたセリフや方法がまるでゲンと千空のそれで、一人で笑ってしまったけれど、手の差し伸べ方なんて、司はまだこれしか知らないから。
     司の友人たちが、楽しく在れる方法があるのであれば、司は尽力したいと思うから。

     司の質問の真意がわからなかったらしいメンタリストは、少しだけどう答えるか悩むそぶりを見せ、一拍置いてからレモンを絞ったような爽やかさで笑顔を見せた。

    「司ちゃんが居てくれるだけで、ゴイスーに心強いよ」

     ゲンの言葉に司も笑い返した。
     ならば、タイミングがきたときは、きっと見逃さない──そういうのは、昔から得意なのだ。
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