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    mame

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    復興後ifの千ゲ

    石神千空は理性の男だ、とゲンは思っている。
     自身の倫理観を正しく把握し、己の信念を曲げない。少々口が過ぎることもあるが、基本的に人を傷つけるようなことはしない。他を尊重するのだ。それはおそらく彼が積み重ねたものに帰結するのだろう。
     だから、ふと目を覚ました時に仰向けで眠っていたゲンの顔の横に手をつき、千空がゲンへ唇を落とそうとしていたことは、ゲンにとってまさに青天の霹靂であった。
     ゲンに顔を寄せる千空と鼻先が触れ合いそうな距離でパチリと目があった。赤い瞳の奥に焼けそうな熱を感じ、ゲンは息を飲む。状況が瞬時に理解できず、眠りで弛緩していた身体が強張った。

    「千空ちゃん……?」

     激しく主張する自身の心臓を叱咤して、ゲンは間接照明で淡い色で縁取られた千空を見上げる。刹那、親を探す迷子の子どものような表情になった千空が、唇を避けた勢いそのままゲンの首筋に鼻を埋めた。すり、と懐くように顔を動かされ、ゲンの体がぴくりと反応した。
     なんと声をかけるのがベストなのか、寝起きの頭ではすぐに判断できない。否、寝起きでなくても思い浮かばなかっただろう。
     メンタリストであるゲンは、場に応じて相手の望む言葉を最速で導き出す。そういう知識は頭に叩き込んでいて、この場合はこの棚に収納したこれ。この場合はあっちの引き出しにあるあれ。そんな風に知識と経験からタイムラグのない会話を成立させる。でも、これは、知識も経験も、ない。だって千空がゲンの同意もなくゲンの部屋に入って、ましてやゲンにこんな風に触れてくることなんて、今まで一度だってなかった。
     復興が進んで、ふたりは一緒の家に帰るようになった。ふたりにとってあまりにもそれが自然だったし、周りからも特に言及されるされることはなかった。
     それぞれの好きなことをして、それぞれの生き方をして、同じ家に帰る。共有スペースのキッチンとリビングダイニング、そして個人の部屋。
     タイミングがあえば一緒に食事をとって、晩酌をしたりする。家事は時間に余裕がある方で、自分が使ったものや自身の洗濯は基本的に自分。
     別に二人の間に名前などつけなくてもいいとゲンは思っていて、だからルームシェアのような暮らしにゲンはなんの不満もなかった。
     復興が進めば進むほどふたりは忙しくなっていて、同じ家に住んでいても最近は家にいる時間帯がまるで合わなかった。顔を一度も合わせないことなんてザラで、元気かなあと思いながら閉ざされた千空の部屋の前を通る。
     しかし、昨日まではなかった冷蔵庫の中にあった三連のプリンに貼付られた『食っていいぞ』という付箋を見つければゲンは顔を緩めた。こちらもお返しとばかりに『プリンありがとう。小腹が空いた時にどうぞ』と小鍋の蓋に付箋を貼ったスープを置いておけば、翌朝綺麗に洗った小鍋の中に『うまかった』とメモが入っている。ベランダに乾きかけの千空の洗濯物があれば、籠の中にはすでに乾いたゲンの衣服が皺にならないように置かれている。だから今日ゲンは千空のシャツのアイロンかけを一緒にしてあげた。ノリをきかせてぱりっと。
     そんな細やかなやりとりが楽しくて、タイミングが合わず顔を合わさない日が続いても、同じ家に千空の生きる気配がある。それだけでゲンは嬉しかった。離れていればこんなやりとりさえなかったのだ。そんな穏やかな日々に満足さえしていた。千空もそうだったらいいなと呑気に思っていた。
     今日も今日とて帰宅した家は誰もいなくて、疲れ果てた体をシャワーで清めて、先述した通り取り込まれていた洗濯物に感謝してその嬉しさのままアイロンをかけて、小腹に適当な食べ物を入れてからゲンは自室のベッドへダイブした。それがたしかあと少しで時計の針がてっぺんで重なる時間だった。千空はまだ帰宅していない。最近の千空はゲンよりも遅く帰ってきては早く出ていくことが多いように思う。身体だけは壊さないでほしいなあ、あとそろそろ顔見たいなあとぼんやり考えて、ゲンは微睡んでいた意識を手放した。そこからの記憶はなく、人の気配に目が覚めて今に至る。
     ──だから、一緒に住むようになって、苦しげな、不安げな、そんな表情の千空を見たのは初めてだったのだ。
     シャワーを浴びてからスウェットに着替えたらしいゲンの首筋に懐いたままの千空の頸から石鹸の匂いがした。ゲンと同じ匂いだ。
     会いたかった千空がいまここにいることを実感して、元気そうでよかったと思う反面やはりこの状況が理解できない。──だってこれはまるで、寝込みを襲われたような、そんな。

    「ダメか」
     
     膝すら押さえられていない。ゲンの体を覆うように手をつく千空は、背中を丸め首筋以外のどこにも触れていない。きっとゲンが飛び起きれば千空は簡単にころりと転がってしまう。
     掠れた、熱を孕んだ声にゲンの胸の奥の何かが締まった。千空は、もしかして。ベッドのシーツの上に投げ出されたままだった自身の手をゲンは持ち上げる。そのまま千空の背中に手を回し、スウェットをぎゅっと握りしめた。千空の身体が強張る。だからゲンは安心させるように千空の柔らかい髪に頬をすりつけた。

    「千空ちゃんは、俺たちの関係に、名前つけちゃっていいの?」

     千空が息を呑んだのがわかった。

    「つけたら、なにか、変わるのか」

     乾いた千空の唇が動いたのがくすぐったくて、ゲンは小さく笑った。

    「そうだね、何か名前をつけるんだったら、明日から俺は千空ちゃんの部屋で寝ると思う」

     やっと見つけた最適解はこれだった。
     千空が鼻を啜った音がして、ゲンの目の奥まで熱くなる──ああ、いつのまにか君は限界を迎えていたんだね。俺だって、本当は満足していなかったんだと思う。いま、やっと気づいたけど。君のことも、俺自身のことも、過信してて、本当にごめんね。
     そんな想いを込めて、ゲンは思いっきり千空の体を抱きしめた。必死に避けられていた千空の身体がゲンに触れる。それが合図だった。

    「ゲンの顔が見れて、ゲンに触れられるんなら、なんでもいい。お前が名前をつけてくれ」

     隙間なんてないほどきつく抱きしめあって、数えきれないほど唇を重ね合わせて、カーテンの隙間から朝日がさす頃。千空はゲンの手を握り締めながら、そう告げてやっと瞼を下ろした。
     次に目が覚めたら、今度の休みはきっと合わせよう。そう心に決めてゲンは千空の丸い額にそっと口付けた。
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