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    mame

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    mame

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    「今日はエイプリルフールだからテメーに告白する」
    千ゲ(造船軸)ふっかつ記念日おめでとうございます~!(遅刻)

    「?」

     目に入ったカラフルな雫型のそれに、千空は一度思考を止めた。緑の森の中を山桜の薄桃色が彩る、そんな春のある日。昼食も食べ終わって、休憩を挟み、さて午後の作業をするかとラボに向かう最中のことだ。ツツジの根っこのところに、ぽつんと置かれたそれは、明らかに人の手によって着色されていた。
     しゃがみこみ、その雫型のそれを手にとる。人差し指と親指を使って摘まみ上げ、まじまじと雫型――訂正しよう、卵型、だ――を見つめた。思っていたよりも軽い。素材は木らしい。滑らかな肌触りに間違いなくカセキが一枚噛んでいることを把握。すん、と匂いを嗅いで、なるほどこの前聞かれたあれはこれに着地したか、と千空はひとり目を細めた。同意でもするかのように、千空の頭上で鳥がさえずった。


    ***


    「イースターは今日じゃねえだろ」
     
     夜半、ラボへお茶を持って訪れたゲンに開口一番に千空が告げれば、ゲンは目を丸くして作業机の上に置かれた卵を見、にこりと微笑んだ。もちろんゲンの視線の先にあったのは千空が昼間に見つけた着色された卵。

    「千空ちゃんが見つけてくれたんだ~? 隠した子がどこに隠したかわかんなくなっちゃったってみんなで大捜索してたんだけど、結局見つからなくてさあ。あんまりかわいい柄だったから鳥が自分の卵だと間違えて持って行っちゃったのかもね~って場は収めたのよ。どこあったの?」
    「そこのツツジの下。学園の近くでエッグハントやってたんだったら、たまたま落としたんじゃねえか? つーか、まーた適当ぶっこきやがって。そういう質問は俺んとこに最終確認くるってわかってんだろ」

     千空の隣に並び立ち、ゲンがことりと湯呑を乗せていたトレーを机に置き、白い手で赤・緑・ピンクで着色された卵の形を模した手のひらサイズの木をつまみ上げる。じとりと千空が横目でゲンに苦言を呈すれば、ゲンがにんまりとチシャネコのような笑みを貼り付けた。

    「その段階だったらもうイースターエッグへの執着ではなくて鳥への疑問になるわけじゃない。メンタリストの管轄じゃなくて科学屋の管轄だよね~」
    「~……そりゃ否定できねえな……」
    「適材適所は千空ちゃんのモットーってね。千空ちゃんも良い息抜きになるでしょ。メリハリ大切~」

     手遊びのように卵を手のひらから消しては出現させるという器用なことをやってみせるゲンに、千空はようやく作業の手を止めた。ゲンはここに手伝いに来たわけではないと気付いたからだ。こんなもの、隣で当たり前のようにされて気にならない千空じゃないし、このマジシャンは千空がそういう人間だと理解しているはずだ。だからこそ、やってみせているのだ。いつのまにかメンタリスト的に、千空の作業量はオーバーしていたらしい。それなら今晩はもう科学屋は店じまいだ。
    よく気が回る蝙蝠男を一度息を詰めるように笑ってから、千空はぐっと手を組み、上に持ち上げ、背中を伸ばした。ばき、と肘関節が鳴ったのをゲンが眉を顰めるので、関節が鳴る仕組みについて話そうか少し悩んで千空はやめた。それよりもこのクラフトについてゲンの語りを聞きたかった。椅子をラボの隅から引きずって机まで持ってきて、大きく足を開いて座れば、ゲンが俺もご一緒させてもらう~ともう一つの椅子を引っ張ってくる。最初から湯呑はふたつだったくせに、と思いつつ、口には出さなかった。

    「で? なんでまたイースターなんてやってんだよ」
    「えー、特にやる予定はなかったんだけどね」

     ずずっと湯呑を両手で持ち、茶をすすったゲンが視線を斜め上に投げた。思考を掘り返すときの動作だ。夜の春風が冷たい空気をラボに吹き入れる。

    「一月はお正月、千空ちゃんの誕生日。二月は節分とバレンタイン。三月はひな祭りとホワイトデー。じゃあ四月は入学・進級式と……?」
    「ー、つまりここ数カ月毎月イベントがふたつあったのに四月は一つしかないことにアイツらが気付いたわけか」

     アイツら、と口に出しながら千空は子どもたち数人の顔を思い浮かべた。科学学園に通うスイカをはじめとする村の子どもたちだ。湯呑を片手で掴んで口元に運びながらすべてを理解し、確認すれば、苦笑しつつ、しかし嫌そうな気配は全く出さず、ゲンは千空の言葉にこくりと頷いた。

    「そゆこと~。無垢な瞳で足元から見上げられて『ゲン、来月は進級式となにがあるんだよ?』って言われたら、ね~? 大人としてひねり出さなきゃ、ジーマーで」
    「キリストの復活祭だろ、イースターって」
    「クリスマスもやってんだからそのあたりは日本の柔軟な文化で、ね~」
    「ほーん。あの卵は?」
    「卵貴重だからさあ。羽京ちゃんと考えて、カセキちゃんにお願いして作ってもらったのよ。折り紙とかも考えたんだけど、それじゃなんか味気ないなって」

     肩をおどけるようにひょいと竦めたゲンに千空は薄く笑う。確かに着色やエッグハントをするのであれば、立体物の方が楽しさはあるだろう。ちょうど今から一週間前にゲンに「絵具って作れる?」と尋ねられたことを、卵を見つけたときと同様に思い出した。種から絞った油と顔料まぜりゃなんとかなるという話をしてやったことは覚えていて、顔料の作り方についても一応。

    「絵具、何色くらい作った?」
    「赤、白、黄色、緑の四色よ。羽京ちゃんと、手伝いアンドアドバイスに来てくれたクロムちゃんと夜な夜な石をゴーリゴリ、ゴーリゴリすりつぶしてはふるいにかけてってやったから、肩こりゴイスーよ」

     色付きの石をクロムにいくつか見繕ってもらえ。それを砕きまくって、さらさらにしたのが顔料になる――千空が教えてやったのはそこまでだ。クロムに言えば、毒性がない石や、触るのに気を付けた方がいい石を避けたり説明してくれるだろう。そう思ってのクロムだった。クロムはきっちりその役目を果たし、しかも作業の手伝いまでしたらしい。絵具つくりに興味を持ったのだろうな、とすぐに想像がついた。
    湯呑を一度机に置いたゲンがジェスチャー付きで作業を再現するので、千空は頬杖をついてゲンに話を聞く。言われずともすり鉢やふるいを使ったらしい。コイツも科学王国に随分そまっているな、とゲンにバレないように千空は笑う。

    「ま、みんな楽しそうに遊んでくれたからぜーんぶチャラ」

     くしゃりと、無邪気に。たまにゲンが見せるこの笑い方を、千空は楽しみにしている。滅多に見せないこの表情が、ゲンが素直に自身の善性を表に出す瞬間だからだ。

    「で、なんで今日なんだ?」

     本日は四月一日。イースターは元来、日付が決まっていない。春分の日以降、最初の満月の日から次の日曜日にあたる日がイースターにあたる、という知識を千空は持っている。祝ったことは一切ないが。イースターの話題を出したくらいだ。おそらく、というか十中八九、このメンタリストも知識を持っているはずで。だから、今年の四月一日がイースターに当たらないことも理解しているはずで。だからこその質問だった。
     すると、ゲンはきょとんと千空のことをみやり、首を小さく傾げて見せた。千空の方も、きょとんとゲンを見返す。

    「え? 復活日でしょ」
    「? なんの」

     眉間に皺をよせ尋ねれば、ゲンはまたもきょとんとした顔で、さも当然のように言ってのけた。

    「何言ってんの、千空ちゃんのでしょ」
    「……は?」
    「だからちょうどいいなって思って。キリストが伝わってないんだから、四月一日が石神村のイースター。あ、皆には一応言ってないよ? っていうわけで、復活おめでと。復活してくれてありがとね~……っていうかさ、冬に生まれて春に復活するなんて、キリストとなーんか境遇似てるよね~……ま、千空ちゃんは俺と地獄行きだから神様にはなれないわけだけど。この後復活する人類ちゃんたち、メンゴメンゴって感じだよね、ジーマーで」

    また、くしゃりとゲンが笑った。千空はというと、開いた口がふさがらない。
    コイツは、人の復活日まで、千空のいないところで、祝っていたらしい。ゲンの、とっておきの善性を持って。
    ばくばく、と千空の心臓が存在を主張する。はく、と口を一度開閉させるが、せっかくお茶で潤した喉がからからだ。
    ぺらりとキリストに重ねたくせに、誕生日も復活も祝ってくる人間なくせに、対象の人間へ地獄行きを嬉しそうに告げる。この矛盾に、喜びを感じている自分に千空は、たったいま気付いた。
    隣では呑気にゲンがお茶をすすっている。お茶の種類も増やしたいなあ、なんて呟きながら。

    「テメー、人の気も知らないで……」
    「え、なに。それメンタリストに喧嘩売ってる?」

     片眉を跳ねさせて、ゲンが不思議そうに聞き返してくる。それに千空は、肺の底から大きな息を吐きだした。ため息である。息抜きのはずが、とんだ爆撃を食らった気分だ。喜んでしまっている理由なんて、そんなの検証せずとも答えはほぼ決まっている。非合理的だと言いのけてしまう程度には、恋愛脳について調べていたのだから。

    「いらねえもんまで呼び起こしやがって」
    「なになに。やっぱ喧嘩売られてる?」

     千空がはあ~と、もう一度ため息を吐けば、またも呑気にそんな言葉が返って来たので、千空は早々にいろいろなことを諦めた。抗うことこそ非合理的だ。それならば、こちらも爆弾ひとつくらい、投げ返したいものだ。この自身の心拍数上昇を楽しんでしまえ。

    「なあ、メンタリスト」

     それに、千空はゲンが混乱する表情を見るのも、結構好きなもので。
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