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    mame

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    mame

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    水隠水視点の影犬影

    【とても大切なお願い】全てにおいて大目に見てください!!!!!

    「戦術やら作戦のが、よっぽどわかるっちゅうんも変な話よな」
    「いや突然そんな話する水上先輩のがよっぽど変やと思いますけど……? え、おれなんか聞き逃してました?」
     我が物顔で隠岐のベッドに寝転がり、今週発売のジャンプを読みながら水上がぽつりとつぶやいた言葉は、ラグの上に座りベッドを背もたれにしていた隠岐の耳に正しく届いたらしい。
     顔を上げた隠岐の手にはヤングマガジン。互いが別の週刊誌を追っていることを把握した時点で、自身が読み終えたらどちらかの部屋に持ち込んで読み合うのが隠岐と水上の中では定着している。読み終われば二種類の雑誌は生駒隊の作戦室に持ち込んでいるのだが、文句を言われるどころか生駒・南沢・細井が持ち込むモーニング、サンデー、花とゆめも生駒隊の共有財産になっている。ちなみに花とゆめは高頻度で争奪戦になる。そんなわけで生駒隊は資源ごみが多い。
    「なんも聞き逃してないで。なんちゅうか、肯定してもらいたい独り言みたいなもんやった……?」
    「そこ疑問形にされてもなあ」
     話半分に聞いてもいいと判断したらしい隠岐が薄く笑みを浮かべながら視線をマガジンに戻した。水上も別にがっつり話したいわけではない。隠岐の反応は正しかった。水上は片肘で頬杖をつきながらベッドに置いているジャンプのページをぺらりとめくる。紙面では信頼しあっているキャラクター達が絶妙な連携をとって敵に立ち向かっていた。
    「いやな、基本的にボーダーって隊で動くけど、大規模侵攻とかってなったらそういうわけちゃうやんか」
    「そうスね」
    「ほんでそういうとき、一緒に戦う面々の得意な戦術や身のこなしは理解しとるけど、ソイツ個人のことは全然知らんとかよくある話やろ。ボーダーって」
    「あるあるやなあ」
    「俺らスカウト組は三門出身でもないし、すでに出来てるコミュニティにわざわざ入りに行くタイプでもないし」
    「否定しないですわ。おれら世渡り上手ですしね」
    「世渡り上手は自分のこと世渡り上手って言わんのちゃうか」
    「はは、まあまあ。えーと、つまりこの話の着地点は」
     ふたりして紙面から目を離さないまま、会話を交わす。水上はページの端を撫でるようにし次のページを開いた。視界の端で隠岐が水上へ視線を動かしたのを把握する。
    「進学校の人らとか、おれらの学校ですでにグループ出来てる人らのこと全然知らんなあってとこに着地します?」
    「正解や。そのくせして戦い方は知ってるし知られてるやん。えらい歪な形しとるやろ」
     一旦読むのを辞めたらしい隠岐がベッドに後頭部をぺたりとつけた。柔らかな黒髪が散らばるのをちらりと見てから水上は紙面を目でなぞる。ライバル同士が戦いの最中、過去のエピソードを披露しながら技を繰り出していて、残りのページ数的に決着は来週に持ち越されることを理解した。
    「言われてみればそうスね。意識したことなかったけど、俺らスナイパーはともかく、普通任務外で他の隊と絡むことって学校とランク戦くらいやし」
     やはり技が決まる直前で次回へ続く煽り文が入った。しかも来週は休載らしい。この展開で一週明けるとか凄いな、と純粋に驚きながら水上はまだ半分以上残っている分厚い雑誌を閉じた。
    「あ、待って。水上先輩、学校でぼっちとかそういう話や、」
    「ないよ。ない。おもろいことになったみたいにソワッとすな」
     ハッとわざとらしくベッドに預けたままの頭を動かし水上を見やった隠岐の額にチョップを入れると痛っと目をぎゅっと閉じた癖に、すぐに隠岐が楽しそうに歯を見せた。反らされていることにより、隠岐の喉仏がわかりやすく浮き上がり、彼の呼吸が外からもわかる。
    「先輩のことやし、その考えに至った理由あるんでしょ?」
    「わかってるやん、隠岐くん。とりあえず晩飯食いにいかん?」
    「おれ、ラーメンがいいです」
    「奢らんからな」
    「またまたあ」
     寝転がっていた己の身体をよいしょと水上は起こす。沈むマットレスに隠岐も頭を上げた。防衛任務終わりのため、体は気怠い。ふたりしてのろのろと身体を動かし、適当に置いていたスマートフォンと財布を何も言わず探し出す。財布はテーブルの上にあるのを確認したが、枕元に置いていたはずの水上のスマートフォンが見当たらない。
    「話さんほうがええやつです? あれやったら別に深追いしませんけど」
    「いや、別にお前やったらええかな」
     いつの間にかマットレスとヘッドボードの間に落ちていたらしいスマートフォンを見つけ、手を突っ込む。意外と狭い。隠岐がそんな水上を笑いながらデニムの後ろポケットに財布を突っ込んでいた。右手にはスマートフォンを持って。
    「カゲと犬飼がなあ、ふたりでおるん見てんな」
    「はー、なるほど」
     聞いてきたくせにあんまり興味はないのか、それとも深くは聞きませんよというポーズをとってくれているのか。どちらでもいいが、おそらく後者である隠岐に空気が読めるやつやなとぼんやり思う。指先にとん、とハードケースの縁が当たるだけで、スマートフォンはまだ取れない。
    「前評判は影浦先輩が犬飼先輩嫌いって話ですもんね」
    「おん……やし、それはまあ、事実や思うねんな」
     ヘッドボードに頭をぐいっと擦りつけながら手を奥深くへ入れようとするが、なかなか難しかった。一度おりてマットレスを動かした方がいいかもしれない。口は動かしたまま、そんなことを思う。
    「ふたりでいる時って、人間関係がよくでる距離になると思うねん」
    「はあ」
     スマートフォンをいじりながら隠岐が気の抜けた相槌を打った。豚骨ええな、いや塩も、なんてつぶやきながら。画面にはいまから行くラーメン屋の情報サイトが映し出されているのだろう。そんな隠岐に視線をやりながら、最後の悪あがきに手をもう一度勢いよく隙間に押し入れようとする。
    「あいつら、セックスしたことのある人間特有の距離感やってん」
     部屋の空気が一瞬止まった。というか、隠岐の思考が止まったのが水上に分かった。と、同時、隠岐が真顔で口を開いた。
    「え、キッショ」
    「おい、偏見やめえ。ほんでせめて顔ゆがめてくれ。イケメンの真顔怖いわ」
    「あ、ちゃいますよ。今のは水上先輩に言うたんです」
    「隠岐くん、俺ひとりで飯行ってくるわ」
    「ちょ! すんませんでした! おれ今月ピンチなんですって!」
    「アホ、奢らん言うてるやろ」
    「お願いしますって。スマホ取りますし」
     真顔からへらへらと笑う表情へ筋肉を動かした隠岐がベッド脇にやってくる。悪戦苦闘している水上の上から隙間を覗き込み、水上の顔の横に右手をついて、覆いかぶさるように「どいて」と言葉をこぼしながら手を差し込んだ。水上の頬に隠岐の吐息がかかる。マットレスが沈む。
    「取れましたよ」
     水上の手にぽい、とスマートフォンを渡し、隠岐はするりと元の直立のポーズに戻った。あまりにもあっさり取られたスマートフォンを見やり、そして水上は隠岐の涼しそうな顔を見上げた。呆れた声しか出ないだろうなと思いつつ、水上は目の前のイケメンの名前を呼んだ。
    「隠岐くん」
    「はい」
    「これこれ。これがセックスしてる人間の距離感やねんて」
    「え、これ?」
     目をぱちくりと瞬いた隠岐が、一拍置いて腕を組んだ。片手を顎に当て、考えるポーズをとったかと思えば「なるほど、確かに特有の距離感かもしらん」なんて呟いたので、水上はベッドから降りて小さい隠岐の尻を膝で蹴ってやった。




     そんな会話をしたのが、つい先月のことだったなと視線の先にいる人物を水上は横目で見やった。視線の先には犬飼。戦闘中のほうがよほどわかりやすい男代表だと水上は思う。そして次に視線を移そうとして水上は辞めた。サイドエフェクトで探るような感情が伝わる懸念がある。それは避けたかった。そう、相手は影浦である。
     水上の通う普通校三年のいつもの面々と、進学校三年のいつもの面々が本部に向かう最中の道で鉢合わせた。全国統一模試実施日だったため、終了時間も似たようなものになったのだろう。模試について話しながらぞろぞろと大人数で移動していれば、自然とグループが発生する。水上の隣にいるのはなんだかんだ話が合う王子だ。なぜかそこに犬飼もやってきて、中身のない話を繰り広げていた。
     先日見かけた犬飼と影浦は、影浦の実家であるお好み焼き屋の裏口から出てきたところだった。しかも夜中だ。なんとなく寝付けなくて散歩に出た水上は夜道で出くわした知っている人影に大層驚いたが、反射で息をひそめた。意識してふたりを見ないよう、感情を波立たせないようにする。隠岐には詳細は伏せたが暗闇の中街灯に照らされているふたりに対し、ずいぶん生々しさを感じたのは事実で、甘い空気は別になかったものの、事後というのははっきり分かった。性の匂いと言うのは確かに存在する。イカ臭いとかそういう物理的なものではなくて、空気そのものが匂うのだ。境界線があいまいになった表情をしたふたりに水上はため息をひとり電柱の影でしてから、道を引き返し、遠回りをして寮に戻った。
     付き合ってるとか、付き合ってないとか、それは本当にどうでもいい。人付き合いなんてひとそれぞれだし、惚れた腫れたも人それぞれだ。しかしそのふたりがそういう関係を持っているなんて想像する片鱗すら見たことがなかったから、本当に驚いたのだ。ただ、一度あの距離を見れば、納得することがいくつかあってたまに片方の集団で片方がいるときを見かければほーん、なんて思いながら観察していた。珍しい動物を眺めるような、そんな感覚だった――でも、多分、これは。今、犬飼と影浦は関係をもっていないのだろう。数度観察した分、理解してしまった。特有の空気が意識して霧散されている。犬飼が意識して霧散させているのだ。そしてそのことに対し、影浦は若干の不満を抱いている。気付いてしまって少々申し訳ない気持ちになった。なんせ、本人たちは、とくに犬飼は、周りに悟らせないようにしていることが分かったからだ。
     そもそもそんなつもりはなかったが本人たちにこの話題を触っていなくてよかったと思ったし、彼らと仲良しこよしな関係でなかったことにも水上は安堵した。色恋沙汰は面倒くさくてかなわない。だって、コイツら絶対ややこしいやん。
     水上はそんなことを頭の隅っこで考えながら、犬飼の笑顔をもう一度横目で見やった。器用な真似をするもんだ、なんて思いながら。


      * * *


    「あ、アレ、犬飼さんと影浦さんちゃいます?」
     恒例のジャンプとヤングマガジンを交換しての読書会。今回は水上の部屋で開催されたため、夕飯は水上のストックしてあったカップ麺をふたりして食べた。しかし残念ながら普通サイズのものしかなく、育ち盛りの男二人には物足りず。結局コンビニにでも行くかと重い腰を上げたのは日を跨ぐ直前だった。高校生が出歩いていい時間ではないけれど、見つからなければ問題ない。ふたりはそういう要領はいいからして、なんら問題はなかった。
     隠岐とふたりで並び、つっかけを引きずりながらコンビニへ向かう。湿気を纏った空気は梅雨入り直前の独特な重さを持っていた。水上の隣でSNSから話題の商品があったはずなんですけど、とスマートフォンを見ていた隠岐が声を上げた。隠岐が言う話題の商品がなにか推理することに燃えていた水上もスマートフォンから顔を上げ、道の先へ視線を投げる。
     距離にしておそらく影浦のサイドエフェクト作動ぎりぎりの範囲外。遠くにあるふたつの影に、たしかに犬飼と影浦だと水上も理解する。
    「ほんまや。この距離でようわかったな」
    「まあ、腐ってもスナイパーなもんで」
    「防腐剤用意したろか」
    「謙遜ですよ、わかるでしょ。物理で解決せんといてくださいって」
     ふわふわした表情のまま、どうでもいいのか隠岐はすぐにスマートフォンに視線を戻した。しかし、水上としては少々ちがっていて。先日の犬飼の表情を思い出す。影浦へ意識を向けないよう、そしてそれを意識していることをおそらく誰一人として理解されないようにしていた犬飼のことを。
    「……いや、あれヨリ戻してるやろ」
     ぽろりとこぼれた言葉に、隣を歩いている隠岐との距離が若干開いた。あ、と思い横の男を見れば顎を引いてあきれた表情を向けられていて、水上はしまったと思う。
    「水上先輩の観察眼、任務中やランク戦んときは有難いんですけどね。日常で見せつけられると、ほんまキショイですわ」
    「前置き台無しや。せめて本題オブラートに包んでくれ」
     今のは確かに失言の自覚があったので水上は肩を落としながら深いため息を吐いた。これはもう水上の習性みたいなものなのだ。たまたま見えて、たまたま理解してしまったのだからしょうがない。
    「だってその言い草、別れたっぽいこともわかってたんでしょ?」
    「せやな」
    「キッショ……」
    「魂込めていうなや」
     遠すぎて表情は伺えない。別に見ようとも思わない。けれど、まあ、なんとなく、ふたりとも、周囲には見せない表情をしているんだろうなと思った。
    暗い夜道。白みがかった黄色のライト。水上と隠岐の隣を通り過ぎていった車が、道の先にいるふたりを追い越した。近いなあ、と水上はぼんやりと思う。
     水上が普段見る彼らは酷く距離があるというのに、まったく不思議なものだ。それでも。飄々と立ち回る犬飼と、感情をむき出しにして過ごす影浦。ふたりがあの距離でいることを互いに許しているのであれば、それはふたりの最適な距離なのだろう。
    「あっ、これや」
    「なんやった?」
     まあ、どうでもいいし、深入りすることもおそらくない。そう結論つければ、当に隣を歩く隠岐の意識はスマートフォンに向かっていたらしい。スマートフォンの画面をこれ、と水上に見せてくる。夜道に明るい画面が目に痛かった。
    「アップルパイでしたわ。冷凍のん」
    「ああ、それか。ってかそれローソンのPBやろ。今行こうとしてんのファミマやで」
    「ほんならローソンにしません? もうアップルパイの口になってしもたし」
    「奇遇やな、俺もたった今アップルパイの口になったわ」
    「さすが水上先輩~」
    「うっすい言葉やなあ」
     息を漏らすように笑った。気付けば前を歩く犬飼と影浦の姿は見えなくなっていて、水上は内心で胸を撫でおろした。観察してしまうのは習性だし、覗き見だって別に趣味ではないのであるからして。



    おわり
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