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    mame

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    ろささ
    多忙でストレスがたまったふたりが明るく健全にストレス解消する話(前編)
    ※再結成からしばらくたって比較的最近お付き合いを開始したふたりです

    朝焼けアクセル(前編) 簓だ。簓が来ている。
     道路から見上げた自身の一人暮らしの部屋には灯りがついていた。その灯りに気付いた盧笙は心の中でガッツポーズを作る。
     ここ数週間、互いに忙しく連絡すらまともに取り合えなかった。盧笙はいつもの業務に加えて一学期の中間考査の採点に補習の生徒の対応。さらに研修への参加準備に追われ、簓は簓で迫る海外ロケのために前倒しでレギュラーやゲスト出演番組の収録。一連の収録が終わるや否や海外へ一週間ロケ敢行。海外から帰ってきたかと思えば溜まっていた取材やロケの消化がまた始まった。てっぺんを超えた時間に仕事が終わり、日が昇る前に仕事が始まる超ハードスケジュールのようで、日々簓が忙しくしているのを知っている盧笙でさえ身体の心配をした。
     盧笙も盧笙でいっぱいいっぱいだったので、そんなに頻繁には送れなかったが、ちゃんと食事と睡眠をとっているかという旨のメッセージを何度か送った。その度に簓は律儀に次の食事を写真で送ってきていた。ロケ弁や楽屋弁当が写真に写っていればいい方だった。一度飴ちゃんおいしい、という一言だけのメッセージが来たときにはさすがに肝が冷えたが、その時は食事より睡眠時間を優先したのだとあとから電話が来た。メッセージから盧笙の心配を察したらしい。久しぶりの簓の声は意外にも元気で、やはりピン芸人としての立場を確立している人間は己の体調管理をしっかりしているのだなと感心した盧笙だ。
     そんな簓との電話も一週間前になった今日。明日から二日間オフとれた、と簓からトークアプリへメッセージが入っていた。昼休みにそのメッセージを確認した盧笙は、もしかしたらと期待し、ようやく仕事が落ち着いた本日金曜、意地でも定時で帰ってきた次第だ。
     たった数週間。されど数週間だ。
     テレビをつければ簓とは会える。それは簓と離れていた期間だってそうだった。しかし、もう盧笙は知っている。自身の隣で簓が笑う現実があることを。思い出でも夢でもない。知っていれば人間は欲深くなる。当たり前のように簓は盧笙の隣に戻ってきて、あっさりと居座った。これが正解だとでも言うように。盧笙も盧笙で正解の答案用紙へ丸付けをするように当たり前みたいにしっくりくるのだから、自分たちは離れている方が歪だったのかもしれない。一緒にいたときはあれほど苦しかったのに、なんて笑い話にもならなかった。
     一人暮らしの部屋に帰宅して、暗い部屋に少しだけ気を落とすなんておかしな話だ。簓が隣にいないことに寂しさを感じるのは、全部ぶち破ってきた簓のせいで、全部受け入れた盧笙のせいだった。恋人なんて肩書きも加えたものだから、尚更。
     ガンガンガンと激しい音を立て、鉄で作られたアパートの階段を勢いよく革靴で駆け上がり、そのままの勢いで自室の前に立つ。先に出しておいた鍵を迷わずシリンダーに差し込みガチャリと回し、ドアを引き開けた。
     明るい部屋。回る換気扇。わずかな洗剤の香り。玄関にある久しぶりの派手色スニーカー。ぶわりと肌が粟立った。これは歓喜だ。
    「簓ぁ!」
    「えっ、なん!?」
     キッチン付きの短い廊下の奥でリビングに続くドアが開かれていた。そこに盧笙の声に肩を盛大に跳ねさせた簓の姿を見つければ、もう止まらなかった。
     革靴を雑に脱ぎ捨て、通勤カバンを廊下にぼすんと落とし、足音をどかどか立て突き進めば、タオルを畳んでいた簓が驚きの表情のまま動きを止める。飴玉を舐めているらしく、簓の右頬が膨らんでいた。ラグの上に座り、盧笙をぽかんと見上げる口からイチゴの甘い匂いがした。引き寄せられるように、簓が座るラグに膝を埋めてから、盧笙は簓の首に腕を回し痩身を引き寄せた。耳元で「うぉ」と小さい声がしたが構わずぎゅうぎゅうに抱きしめる。ふわふわの緑の髪にはワックスはついておらず、毎朝簓がつけている香水の香りは消え、盧笙が使っているシャンプーの匂いがした。やっぱり少し痩せたな、と思う。たまらずさらに抱きしめる腕に力を込めると、背中をぽんぽんと叩かれた。
    「おかえり盧笙〜。久しぶりの感動の再会やなあ」
     なんとも暢気な声に、ゆるやかに心が解かれていく。
    「おん……なに家事してくれとんねん……これ洗濯機入れてたやつやろ……ありがとうなあ……」
    「キレてんのか感謝してんのかどっちかにせえよ。情緒どないなっとんねん」
    「ものごっつ感謝しとるし本気で会いたかったからおってくれて最高やわ。来てなかったら簓んち行こかな思ってたし。自分、何時からおったん」
    「落ち着いてくれ盧笙。この数秒間で俺の本日の盧笙からの愛受容タンク、溢れそうよ。一旦やめてもろてええですか」
    「はあ? 容量増やせや。いい加減慣れろボケカスアホンダラ」
    「恋人抱きしめながら甘い声でいうセリフとちゃうランキングナンバーワンやで。ちなみに収録、撒きに撒いて十三時に終わってん。十四時にはここおったよ。すごない?」
    「何時終わり予定やったん」
    「聞いて驚け、十七時や」
    「すごすぎるやろ、天才か」
    「やんなあ〜? ほぼ放送尺そのままの収録時間やったで。めっちゃ出来いいから絶対見てな」
    「番組名言うなよ、当てたるから」
    「え、なんやそれ、めっちゃおもろいな。俺も参加させて」
    「お前は正解知っとるやろが」
     簓を抱きしめたまま、むき出しの首筋に鼻の先を懐かせる。くすぐったそうに笑う簓を抱えたまま、盧笙は膝立ちになっていた足を崩した。ぺたんと尻をラグにつけるあぐらをかいて、簓の首に回していた手を腰に回す。やっと目があった。目があった瞬間に簓がくしゃりと笑みを作ものだから、ああ簓だ、なんて実感が沸いてきて、もう一度ぎゅっと抱きしめるため腕に力を込めた。
     このまま押し倒したい気持ちもあるが、落ち着いて話がしたかったし、急いで帰って来たためインナーの下は汗ばんでいる。頭に浮かんだ欲望を一旦横にどけて、盧笙はようやく身体を離した。にぱっと笑う簓の頭をくしゃりと一度混ぜてから、とりあえず盧笙は立ち上がった。手洗いうがいを済ませて放り出した靴を整え、鞄を持ってリビングに戻ってくるとタオルをたたむのを再開していた簓の隣に腰を下ろす。簓が取り込んでくれたらしい洗濯物の山から自身の下着を引っこ抜き、たたみはじめる。簓の横顔をちらりと見れば、簓の機嫌はすこぶるよさそうだった。ほんの少し痩せたが、体調には問題なさそうで内心安堵する。
    「十四時からここおって何してたん」
    「風呂借りてそのまま洗濯機回して……あ、俺の洗濯物も洗わせてもろたで。ほんで回してる間に昼寝して、洗濯物終わったから干して、もっかい昼寝して、食器洗って掃除機かけて洗濯物取り込んで今やな」
    「めっちゃ働くやん。ずっと寝ててもよかったんやで。疲れてるやろ」
    「えー、盧笙帰ってきたらもう飯食えるで! ってしときたかってんもん。あ、海外ロケの土産ぎょうさんあんで! うまそうなん、手当たり次第に買ってきてん。ワインもあるから開けよなあ」
     簓がリビングの入り口にある大きな紙袋を指さした。先ほどリビングに戻って来たときに盧笙の膝の高さまである紙袋に気付きはしたが、お土産だとは思わなかった。言葉通りたくさん買ってきたのだろう。旅先でも盧笙と過ごす時間へ楽しみを持ち帰ろうとしてくれる簓に自然と盧笙の頬が緩んだ。
    「ちゅうか盧笙も早かったな」
    「お前が来そうな気がしたから定時もぎ取ってきた」
    「えっ、盧笙の職場に定時なんて存在してたん……? 俺、お前見てて、先生に定時なんて都市伝説やと」
    「俺も初めて定時の存在を意識したし、他の先生らもめっちゃ驚いとったな」
    「ぶるり。教育現場の闇感じるわあ」
    「口で言うなて。あと闇とか言うな」
     きっちり畳まれたタオルを積み重ねていく簓の腕を肘で小突けば、簓がきゃっきゃと子どものように笑い声を転がした。それからも中身があるようで無い会話を洗濯物を片しながら続ければ、忙しさにかまけて溜まっていた洗濯物の山がなくなった。干すのもなかなか面倒だっただろうに有難かった。
     簓が自身の衣類とタオルを、盧笙がほか全てを抱え収納すべく立ち上がる。するといつも背筋をピンと伸ばし立って見せる簓がため息交じりに背中を少しだけ丸めた。重めの前髪の下で簓の眉尻が下げられたのがわかり、盧笙はどうしたのかと動きを止める。簓が洗濯物を両手で抱えながら、呆然と盧笙を見上げ口を開いた。
    「あかん、自分でもびっくりするほどストレスたまっとったみたいや。盧笙と話してるだけでめっちゃ癒される」
     そう、自分でも理解できないとばかりに呟いた簓に盧笙もハッとした。
    「俺もたまってたんかもしらん。なんか既に疲れが軽減しとる」
    「ふたりしてストレス自覚してなかったんか。ヤバないか。どうなん、これ」
    「ストレスへの認識が、はんぺんみたいにふわふわしとんな」
    「盧笙ん中のふわふわ概念がはんぺんなん、めっちゃ癒されるわ」
    「簓、お前、相当疲れてるで」
     盧笙が目を細め表情を硬くし簓に対し言えば、簓は呆けていた顔をにぱっと明るくし「でも今癒されとる~」と背筋を伸ばし、浴室へ歩き出した。それは激しく同意だ、と盧笙も小さく笑ってクローゼットを開いた。
     とりあえず風呂入ってき、お湯溜まってるし。と言ってくれた簓に甘え、盧笙は風呂に浸かった。簡単に浴室の掃除もしてくれたらしい簓に、ワーカーズハイが抜けてないのかもなと透き通った水面を眺めながら思い至る。本人もあやふやだったが、間違いなくストレスは溜まっているのだろう。どうにかして発散させてやりたいが、盧笙も溜まっているのであればふたり一気に解消する術があればいいのに、なんて浴槽の縁に後頭部をすりつけた。
     タオルを首にひっかけ風呂上がってきた盧笙に、キッチンに立っていた簓が「ほい」とプルタブを開けた缶ビールを渡してきた。箸も一緒に渡され、抵抗することなく、ありがたく受け取った。
     ガッと勢いよく缶ビールを煽る。風呂で温まった体内で冷たい液体が落ちていく感覚が気持ちいい。半分ほど減らしてやっと口を離すと、簓が良い飲みっぷりやねえと呟きながら小鉢を盧笙の前に差し出してきた。視線をやれば中身は見慣れない小さな春巻きのようなスナック菓子。海外土産か、と理解し箸でつまんでみる。
    「……うまっ」
    「やろ~?」
     得意げに簓が顎を上げるので、口の中でスナック菓子を砕きながら盧笙は頷いた。味は濃いめで小エビの味が効いている。ビールが進む味だ。
    「なんていうん、コレ」
    「チリプロンウンロール」
    「え、なんて?」
     顔を歪め聞き返した盧笙に簓がまた子どものように笑いながら肩を揺らす。そんな簓は酒入れたらまた寝てまいそうやから、とグラスに入れた麦茶を飲んでいた。
     ひんやりとした廊下。シンクの縁に腰を預けながら、ふたり横並びで、聞けばタイ土産らしいスナック菓子をバリボリ言わせながら食べていれば、簓が廊下の白い壁を見つめながら静かな声を出した。
    「盧笙が風呂入ってる間に考えたんやけど」
     口の中のスナック菓子を咀嚼し、ビールを一口飲んでから盧笙は「ん」と短く返す。
    「俺らストレス溜まってるみたいやん」
    「せやな」
    「でもちょっとセックスするには今日はハードル高ない? 準備すんの悪いけど、正味しんどい」
    「簓、お前、セックスの話は平気でするくせになんで恋人からの愛情表現に慣れやんの?」
    「俺からしてみりゃ、盧笙こそやで。なんでそんなストレートに恋人の立場から愛情表現できんの? セックスはまあ、人間、性欲があるから欲求として理にかなってるわけやし……でも、相手、俺やで? いままでお前の周りをちょろちょろ鬱陶しかった奴やで? そんな急に恋人モードにギアチェンジようせんくない?」
    「ああ、そういう感じなん。なるほどな。つまり恋人の顔した俺と、恋人の顔する自分に慣れんくて、ヤることヤってんのに毎度律儀に照れてるわけか」
    「ご丁寧に解説どうも……」
     くぴ、とビールを飲んでから盧笙は簓の背中の方から彼の細腰にするりと手を回してみる。簓の身体が分かりやすく強張った。
     盧笙から簓に言葉や態度で気持ちを渡すと驚いたり挙動不審になることがずっと疑問だったのだが、そもそも恋人面することに照れているらしい。なんや、めっちゃ可愛いな。素直にそんなことを思っていれば、簓の襟ぐりから出る首筋がほんのり朱に染まっていることに気が付いた。盧笙としては、こういう反応を見せられると、もっと欲しくなってしまうわけで。
    「……お前が言うには俺、素直なんやろ? 俺らの間に恋人って関係が増えた時点で、俺んなかじゃ恋人のスイッチが入ってんねん。恋人なら簓のこと素直に甘やかしてええし、無断で家に来ても素直に喜ばしい話やん。素直にお前と過ごす時間を楽しめるのが俺は嬉しいねん」
    「あ~、待って。分が悪い。話戻そ。な」
     簓の腰骨を中指ですり、と撫でると簓がコップを持っていない手で顔を覆った。その反応に満足して、そろそろ勘弁してやろうとくすりと盧笙は笑った。恨めしそうに指の間から盧笙を一度ひと睨みした簓は、いつのまにか上がっていたらしい肩をすとんと落とし、気を取り直して再び流暢にしゃべりだした。
    「で、な。やっぱストレス発散するには酒かなって思ったんやけど、さっきも言ったけど、俺、今日、酒入ったらすぐ寝てまうのなんて、わかりきってんのよ。それは嫌や。久々やし、俺も盧笙も明日・明後日休みやん。今晩は朝まで遊びたい」
     唇を軽く尖らせた簓の主張に盧笙も頷いた。たしかに、こんなに早い時間からふたりが金曜の夜を楽しんでいるなんて大変貴重だ。しかし、酒もセックスもなしとなると、朝までなにをすればいいのか。酷く大人になってしまった自身の思考回路に盧笙は呆れながら、簓の言葉の続きを待ってみる。当の簓は、盧笙を隣から見上げ、彼のスピーカーの招き猫そっくりな表情で笑みを作った。
    「ちゅうわけで、ストレス発散の定番である夜遊びをしたいなって思ったんやけど、どう?」
    「夜遊びて。俺とお前でなにすんねん」
     まさかの提案に顔を顰めた。夜遊びというと色々あるわけだが、成人男性ふたりで夜遊びというとやはり一般的に選択肢は結構限られてくる。まさかキャバクラとか行こうと言い出さないよな、と眉間に皺を寄せると、そんな盧笙の考えはお見通しだったらしい簓がにんまりと口角を釣り上げた。
    「あんな盧笙」
    「……おん」
    「俺な、実は」
     簓が盧笙の手からするりと身体を離した。そのままリビングに向かい、テーブルに麦茶の入ったグラスを置く。そして自身の荷物がまとめられているところへ、こちらに背を向けしゃがみこんだ。訝し気な目でその簓を見つめる盧笙を、目当ての物を見つけ出したのか、簓がくるりと振り返った。目が、合う。
    「お金……持ってんねん」
     すちゃ、とカードケースからカードを取り出し、簓がすっとこちらに見せつける。クレジットカードだった。眼鏡の奥の目をぎゅっと寄せた盧笙は、突き付けられたそのカードの色に瞬時に目を丸く変化させ、しゃがんだままの簓に駆け寄る。
    「うわっ。それブラックカードか」
    「せやで~! ま、兄さんに作っといた方が色々都合ええって言われて無理やりつくった感じやけどな」
     素っ頓狂な声を出した盧笙に簓が苦笑した。簓の手にあるブラックカードは、若手が聞いたら年会費だけでそんなするんですかと白目を剥きそうな代物だ。盧笙が持つ普通のクレジットカードとは限度額もサービスも比にならない。なにせ多額の年会費を払っている。確か目の前にあるブラックカードなんて紹介制だった気がする、と、盧笙は感嘆のため息を長く吐いた。
    「そういや簓お前、売れっ子芸人やったな」
    「テレビつければ白膠木、雑誌ひらけば白膠木の中よおそういやなんて言えたな」
    「自分で実はとか言うとったやんけ」
     ヤンキーよろしくしゃがんだままリビングの片隅で会話の応酬が始まる。ふたり揃えば、すぐこんな会話になってしまう。それが楽しいし、この瞬間もストレスは軽減されていっているのだろうけれど。
    「ほんでなんや、公務員安月給の俺に対する自慢か?」
    「まさか」
     簓がそんなことを意図してカードを見せてきたとは露ほどにも思っていないが、フリというのはふたりの会話の中で重要視される。漫才に限らず、会話の応酬には流れとテンポと勢いが必要なのだ。これがふたりのコミュニケーションである。
     盧笙のフリに、簓が満足そうに目尻を下げた。しかし、口元は酷く挑戦的だった。
    「俺のストレス発散の散財に付き合わへん?」
     そして訪れる、一瞬の、間。
    「旨いけど普段なかなか買わんもん買うたり、あえて質のいいもん選んだり、思い切った買い物を勢いでしたり。いつもやらん金の使い方すんねん。どう?」
     簓が楽し気に言葉を紡いでいく。キャバクラとか、そういう考えに真っ先に行った自身の頭に、ハリセンを食らわせたい気分だった。
     簓は実際に金を持っている。自他ともに認める売れっ子芸人だ。マンションだって一等地にあるタワーマンションに住んでいる。貯蓄額だって、納税額だって、盧笙とは比にならないはずだ。でも金銭感覚は盧笙と変わらない。だから簓が金を持っていることを忘れがちになってしまうのだが。そんな簓の言う散財――とても興味があった。
     そもそも人が楽しそうに金を使うのを見る面白さというのは、バラエティでもひとつのジャンルとして確立されている。重ねて言うが、その金を使うのが簓。なに、その提案。
    「絶対おもろいやつやんそれ」
     ドカンとバズーカーで心臓を撃ちぬかれた感覚だった。こぼれ落ちた盧笙の言葉に、簓がこの上ないほど「やろ、やろ!」と身体を揺らしながらわくわくを表現する。つられて盧笙の方もワクワクが増長していく。
    「え、なに。とりあえず零誘うか?」
    「いや今日は俺とお前のストレス発散のための散財や。零きたらアイツが多分奢りよるやろ、あかん。今回は零はお留守番や」
     高揚した気分のまま提案すれば、真面目な顔で簓が返してきたので盧笙も真面目な顔で頷いた。大変面白い展開になってきたので零も一枚噛ませてやったるかという一意見だったため、却下されたところでなんら問題はないのだが、とにかく簓は真剣そのものらしい。散財に対する熱量が伝わってきて、盧笙も覚悟を決めた。
    「俺はお前に奢られてええんか」
    「盧笙は俺が金パーっと使っとんの見てスカッとしたらええねん。おねだりしてくれてもええんやで?」
    「金持ってるんやから遠慮はいらんわな。あ、ラジコン」
    「あ、すいまへん。それとこれは話が別なので」
    「いや、なんでやねん」
     そうと決まれば、と簓が着ていたスウェットをぽいぽいと脱ぎだした。さっき畳んだばかりのオーバーサイズの半袖シャツとテーパードパンツを簓が手に取るのを眺めていた盧笙も、缶ビールの残りを体内に流し込み、シンクに空き缶を置いた。すたすたとリビングに戻り、クローゼットを開ける。七分袖のリネンシャツに袖を通して、デニムパンツを履く。はめた腕時計が示す時間は十九時。手に持つのは鍵とスマートフォンと財布だけだ。狭い廊下をふたりですたすた歩いて、スニーカーを履く簓の背中に問いかけた。
    「どこ行くねん」
    「とりあえず、ウメダやろ」
     ああ、遠足前ってこんな感覚やったなあ。玄関に置いていた帽子とマスクを手に取り、ニッと笑う簓に笑みを返しながら、盧笙はそんな懐かしいことを思った。
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