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    mame

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    エアスケブSS/お題:千ゲンで千空がゲンに膝枕+ふとしたきっかけで僅かな身長差が気になりだす千空ちゃん
    ▼石油代集め中・付き合ってない

     その姿を見るのは初めてと言うわけではなかった。
     改めて考えてみても、お得意の口八丁に付属する作られた表情なんかでは、しょっちゅう目にしているように思う。だから今更、というのが千空自身の感想だったのだけれど。


     石油代集めも終盤に差し掛かった、陽射しが優しいある日の昼下がり。ストックしていた筆記用の鉛筆がなくなり、とりあえず竹で炭を作ってしまうかと千空は近場の竹をひとり切りに来た。これくらいの作業であればカセキに頼むほどではないし、竹炭で作られた鉛筆は随分石神村に馴染んだ。いまでは子どもたちが遊び半分で作ったりするほどだ。
     竹の優秀さを改めて考えながら千空が訪れたのは清流が近くで流れる竹林だ。すこやかに伸びた背の高い竹と、生い茂る笹の葉の隙間から漏れ落ちた光が地面に模様を作っていた。寿命を終えて地面を形成する薄茶色の枯れた笹の葉が、千空の行く道のクッションとなっている。先述のようにここではよく子どもたちが遊んでいるのだが、今日は無邪気な声はせず、遠くで川のせせらぎと笹の葉が擦れる涼やかな音がするばかりだ。自然と心が凪いでいく。
     リフレッシュは必要だよと相棒のようで、事実、共犯者のような蝙蝠男に口酸っぱく言われているのをふと思い出した千空は、いまがその時かもしれないと唇をひとり尖らせた。皆の前で気を張っているわけではないが、それでも現時点でこの風景や状況に心が安らいでいる時点で若干の疲れが出ているのは否めないのだろう。それなら、と千空は一度大きく息を吸った──10分程度、川に足でも付けて頭と体を休ませるか。そう決意すると、脳内で先ほど思い浮かべた蝙蝠男が「えらいじゃん、千空ちゃん!」と褒めてきたものだから、なんとなく得意げになった。
     ずんずん竹林を進み、たどり着いた川岸。やはり周りに人はいない、と思った刹那。視界の端に藤色がちらりと見えた。ぐるんと顔を動かしそちらに目をやれば、千空のいるところから十メートル程度のところに今しがた脳内に浮かべていた男の姿かあった。羽織の裾は地面に広がり、うつむいているため髪で顔が隠れ表情は見えない。こんなところでサボりか、と苦笑を顔に貼り付けながら近寄っていく。素足でしゃがみこむゲンの隣に腰を下ろし、千空は靴を脱いでぼちゃりと足を川に突っ込んだ。頭の使いすぎで火照る足の裏がすっと冷えていく。晴天続きなので地面はからりと乾いていた。千空は土に後ろ手をつき、なにも考えることなく隣の男を呼んだ。

    「おい、メンタリスト。このあと時間あるなら、竹切っから運ぶのてつだ、」

     え、と繋げる予定だった言葉は、結局のところ、ぷかりと宙に浮いた。そのまま誰に掴んでもらえるわけもなく千空の口から溢れたその音は消えていった。隣のゲンを見た瞬間にかちりと口の動きが固まってしまったのだ。しかし、音を発しなかったわけではない。つまるところ、「だ」の形まま固定された口の奥から「!?」と盛大な音がまろびでた。
     反射で出た声は混乱をトッピングにした悪態で満ちたもので、千空は我ながらどうなのだと頭を抱えそうになる。否、非常事態だからしょうがない。なにせ、千空の言葉に、しゃがんだまま少しの角度で振り返ったゲンの頬が濡れていたからだ。顔を川の水で洗っていたわけではない。局地的に濡れているのは目尻・目頭・頬。そう、泣いていたのだ。メンタリズムを駆使して相手を思いのまま誘導してしまう手腕は目を見張るものがあるが、今ここにはゲンしかおらず。つまり、自然に、自発的に、ゲンは涙を一人こぼしていたことになる。
     瞳からぽろぽろと丸い滴を落とすゲンに、思わず両手があがり、千空はまさにおろそろとしてしまった。ゲンが苦しそうな声で「メンゴ、ちょっと待って」と呟くものだから、なおさら動揺する。おかしい。割と見慣れているはずのゲンの涙にこんなにも脈が異常な速さになるなんて。
     動揺したまま、千空は持ち上げていた手をガッとゲンの後頭部に差し込んだ。そのままの勢いで、ゲンの頭を引き寄せ、そして。

    「千空ちゃん、こういうときって普通は肩とか胸とかでは……?」

     千空の膝の上でぷるぷると震えるゲンに、千空は「ー……」と呻いた。ゲンの後頭部を抑え込んだのは、自身の膝の上である。白と黒の境目にしっかり乗せられた荒れた自身の手が目に入り、千空はもう片方の手のひらで両目を覆った。動揺しすぎてとりあえず視界からゲンの涙を隠したかったが、逃げるわけにも放置するわけにもいかず、とっさに取った行動が膝に埋める、だったわけだ。

    「ンなもん、かしたことねえからわかんねえっつうの……」

     そうっと目を覆っていた手を外し、下を見やる。正座の足の形のまま千空の膝に顔を埋められたゲンは千空の返しに本格的に肩を揺らし始めていた。こんにゃろ、と思うが、まあ、笑ってるならいい。さっきの表情はあまりにも調子が狂うので。乱暴に触れたままの髪を混ぜながら、千空は目をぎゅっとつぶって思考を回した。やけにおさまりのいい頭に小ささを覚える。

    「ー、その、なんだ。俺が聞いてどうにかなる問題か」
    「そうね、どうにかなる問題かなあ、と、思う」

     やけに遠回しな言い草に、肺の底から重苦しいため息を吐く。

    「なら言っちまえ。さっさと吐いた方がいいだろ」

     眉間には深い皺が刻まれている。荒れた指先で、もう一度髪を混ぜると、膝の上に顔を埋めていたゲンがもぞりと動き始めた。足を延ばしてから、くるりと身体を動かし、千空の膝の上に頭を乗せたまま仰向けの体勢になる。いつもはくるくると変わってうるささを感じるほどの表情がすっかり抜け落ちているゲンと、ぱちりと目があった。相変わらず涙がぽろぽろとこぼれていて、千空はぎゅっと心臓を掴まれたような心地になる。日差しできらめくその水滴が、酷く居心地を悪くしてきた。

    「あのね、千空ちゃん」
    「ん」
    「目になにか入った」

     しかも両目。そんなことを言いながら、ゲンが持ち上げた両の手で舌瞼をピッとひっぱり薄ピンクをむき出しにする。反射で鉄分不足だな、と、千空の脳のどこかで思考された。ゲンの後頭部から外された千空の手は、というと、流れ落ちた前髪から覗く額をぺしんと間抜けな音を立てて叩いていたのだけれど。

    「早く言え、このバカ! 無駄に焦ったろうが!」
    「いやだって千空ちゃんが言う暇作ってくんなかったっていうか!? そんでこれ結構大問題なのよ、何が入ってるかわかんないし、ずっととれなくて本気で苦戦しててね」

     ドッと体に疲労感を覚えながら、千空はハアとため息をつき、ゲンの頭の上から腕を伸ばし、川で手を洗う。千空の下で、ゲンがきゃっきゃと楽しげに笑い出したことで、今しがたの無表情は作られたものだと理解した。
     と、同時に、色々と合点がいった。
     ゲンが先ほど川を覗き込むようにしてしゃがんでいたのは水面を鏡代わりにしようとしていたのだろう。涙は体内に入った異物を排出しようという身体機能そのままだ。焦って損した、と内心で少々気まずさを覚えながら、そのままゲンの下目蓋を指先で頬へ向かってひっぱってやる。苦戦しているのは最初の表情から真実だと知れたので。

    「いつどこで入った」
    「タネ仕込んでるとき、そこの竹林で……」
    「かゆみ、痛みは?」
    「段々痛くなってきてる。痒くはないです」
    「上下左右に眼球回してみろ」

     簡単な質問をしながら、ゲンのほんのり赤くなった眼球をのぞきこんでやると、素直にゲンは眼球を動かした。傷はついてなさそうで安心しているとゲンが目線を内側に動かしたとき、ひょっこり出てきた物体に千空は思わず舌打ちをこぼした。今回の騒動の犯人発見である。いつのまに入っていたらしい肩の力が抜けた。

    「なんだまつ毛じゃねえか」
    「まつ毛か~~! 虫とかじゃなくてよかった! とれそう?」
    「とれる。待て、こすんなよ」

     今にも目をこすりそうなゲンに釘を刺して、一度ゲンの顔から手を離し、千空は腰から麻布を取り出した。先日杠に頼んで目の細かい麻布を織って貰っていたのだ。回数を重ねてしっかり洗ったため、繊維はもう出てこない。荒れ放題の、そして薬品が残っている可能性がゼロではない千空の指先を使って皮膚の内側に触れるよりよほどいい。
     先ほどしたように再びゲンの顔の上から川に手を伸ばす。千空の足をよけるようにして、水が流れていくのを一瞥してから、濡らした麻布をしぼり、指先に巻き付けた。

    「ん、よし、もっと目ェ開けろ」
    「えーん、いたいよ千空ちゃん」
    「顔顰めるな。取りにくいだろ」

     千空の膝の上でゲンの白い髪が光を吸い込んでいる。ぽろりとゲンの涙が目尻からこめかみを伝って千空の服の上に落ちた。
     ゲンが千空に簡単に急所を明け渡している今の状況になんともいえない気持ちになった。太陽光を反射させる水面の片隅で、随分懐かれた気がすると思う。千空に言われた通り顔を顰めないよう必死に目を開いているゲンは、千空よりも年上だが、同い年もしくは年下にさえ見える。
     冷静に状況を見極めるその目を傷つけないよう千空にできる最大限の繊細さを持って、千空はゲンの眼球に張り付いたまつ毛を拭い取った。指に巻きつけた麻布の先についていたまつ毛は、長いし硬そうだ。これは痛かっただろうと思いながら、もう片方の目も同じようにとってやる。

    「とれた。違和感は」

     千空の声にゲンが目をぱちくりと瞬かせた。この空間に一緒になって以来、はじめてまともに目があった気がする。日の出を迎えた空のように、ゲンの表情がみるみる明るくなっていく。

    「スッキリしてる! わー! ありがと千空ちゃん……助かったぁ、ジーマーで」

     おかえり、ごろごろしない俺の目! とゲンがむくりと上半身を起こす。いままで重みがかかっていた千空の膝の上が途端にがらんとして、千空は吐き捨てるようにして口元に笑みを描いた。
     目を必要以上にまばたかせながらゲンがその場に立ち上がるのを、千空はひと事のように見あげた。千空も疲労がむしろ溜まった気がしつつ、もう良い時間だと川から足を持ち上げることにする。当初の目的である竹を採集して帰ろう。ゲンに手伝わせて。
     濡れた足のまま靴を履くのは流石に憚られて、自然乾燥で水気が飛ぶまでは裸でいいかと結論つけた。踏んで危ないものが落ちている可能性は、この辺りは極端に少ない。このまま村に向かって歩みを進めても問題はないだろう。腰を上げる前に視界にはいったゲンなんて、ずっと裸足なわけだし──そこまで考えて、ゲンと目が合い千空は再び固まった。本日2回目の硬直である。まだ痛みの名残が残るゲンの瞳と目を合わせるために動かした視線は、常よりも少々上に位置していた。

    「お……ま……マジか」
    「え、なにが?」

     きょとんと、切長の目を丸くしてゲンが千空に首を傾げた。青空に眩い日の光を背負っているゲンの顔をマジマジと千空は見上げた。目算にしておよそ四センチ、千空の各々のパーツよりもゲンの同じそれらが上にある。はじめてゲンとの身長差を意識した千空だった。
     ほんの数分前まで、いっそ年下のようにも感じていた相手だ。千空は年齢区分なんてものは別にこだわっちゃいない。しかし物事の受け止め方や考え方に、年齢が加味され、疲れてしまったりショックを受ける人間が一定数いることも把握している。早く大人になりたいと主張してみたり、若いって良いねなどと過去を振り返ったり。石化現象なんてものを挟んでいるので、いまでこそ酷くあやふやになっているけれど、生きる上で年齢は付き物だ。千空自身は意識しない。だけど。だけども。
     再三にはなるが普段は、意識しない。なぜなら、素足のゲンと、千空が素足の状態で向かい合うことが滅多にないからだ。
     千空の靴の底はしっかり作られている。危険な作業もあるので、厚めに作られているのだ。数にしておよそ3センチ程度、底上げされている。なにがって、千空の身長が、だ。
     見上げるようにゲンと接したことなど、いままでないに等しかった。どちらかと言えば、今回のように眼下にいるゲンとの接触だったり、怪我を負って床に伏せ手当てされた時だったり、千空がゲンを見下ろす方が多かった。立てば、歩けば、横並び。視線はたいしてかわりやしない。視界だってほぼ一緒だろう。しかし、実際は厚底がふたりの身長差を埋めていたのである。その厚底がない今、正しく現れた身長差に千空は酷く揺さぶられた。
     あれ、もしかして。俺はコイツの庇護の対象なんだろうか。
     呆然と、千空はゲンを見上げた。
     だからゲンのふざけた涙しか、いままで見たことがなかったのか。
     行き着いた答えにもならないその考えに、ぽかんと口が開く。正面に立つ、千空よりもほんの少し身長の高くて年上のゲンが心配そうに千空を見てくる。その姿に、凄まじい勢いで思考回路が動き出した。
     さっきまでまつ毛が目に入ったと泣いていた男は、あっという間に千空のいつもとは違う様子に状況を見極めようとする男の顔になっている。
     全身が粟立つような、そんな驚きを覚えた。心臓が耳元に引っ越してきたのかうるさくてしょうがない。決意を早々にひっくり返し、千空は靴に足を突っ込んだ。乱雑な動きに、ゲンが何事だと訝しげにみてくる。靴を履いてから、千空は背筋をピンと伸ばした。これで先ほど発生した身長差を帳消しにできた。鼻を鳴らせば、ゲンが袖の中で手を組みながら首を傾げた。もやもやと訳の分からない感情が、少しずつ晴れていく。

    「ゲン、一応一度、目洗っとけよ。あと竹持って帰るから手伝え。切っとくから、目洗ったらきてくれ」

     今度は正しく全て伝えられた。首を傾げたままのゲンはさらに同じ方向に体を傾け、疑問を抱いていることを全身で表現したが、数秒にも満たない間でまっすぐに体を戻した。

    「雑だし確定事項なのね? ま、いいけどヒョロガリふたりじゃ大した量持てないんじゃない?」
    「竹っつっても鉛筆用だ。細い枝選んでがっつり持って帰る。手は一本でも多い方がいい」
    「マジシャンの手によく言うよね、ジーマーで」

     千空が胸の内を吐露しないことを悟ったのかゲンは肩をすくめ、了解だよと手を上げひらりと動かした。それに一度笑ってから千空は踵を返し竹林に向かって歩き出す。背中からぱしゃりと水が水に落ちる音がするのを無視して、ずんずん歩みを進めた。靴の中はぐちゃりと気持ち悪い。
     頭の中も腹の中もなんだかわけのわからない感情が渦巻いていた。こんがらがった糸のようになかなか解けそうにない。
     でも多分、一番強い気持ちは『悔しい』であった。
     自覚すれば、随分とこれまで妥協もサポートもしてきてもらっていた。あれもこれも、ゲンが折り合いをつけ、千空を立ててきている。自身の年齢も何もかも感じさせないように。いま千空がゲンに懐かれたと感じたことだって、そう思うように仕向けられた可能性だって捨てきれない。だから、当たり前みたいに享受してきたそれに、身長差ひとつで疑いを抱いてしまった自分が悔しい。手放しで、ゲンの心遣いを受け取る理由がないことが、悔しい。
     まるでそれが当たり前みたいに千空が受け取っていたのは、メンタリストの手腕なのか、千空に問題があるのか。それとも、無意識にゲンからのそれらを千空が欲しがっていたのか。
     はあ、とため息を吐く。竹林はもう目の前だ。目に優しい緑が千空の帰りを歓迎していた。予想もしないところで難問にぶち当たってしまった。なにがリフレッシュだ、と脳内の蝙蝠男に毒を吐けば、後ろから本物の肉声が「千空ちゃん待って〜」と聞こえてきた。やはりなにかと悔しくなって、振りまきざま千空はゲンに向かって舌をべっと出してやった。これこそクソガキ地味ているが、ゲンが「アインシュタイン……?」と至極真面目な顔で腕を組んだので、まあ、今日のところは良しとする。
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