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    andrew_subac

    主に怪物ジュウォンシク的なものを置いています。

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    andrew_subac

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    架空の男性がバスに乗った話

    江原道へ帰るのは久しぶりだった。
    妹夫婦が両親と暮らし始めてからと言うものの
    実家へ帰るたびにあんたはまだ独身なのかまた太ったんじゃないか着るものに構わなすぎる義弟を見習えなど母妹の口うるささに拍車がかかってすっかり足が遠のいてしまった。
    今回妹に2人目の女の子が産まれたのでようやく重い腰をあげて長距離バスのチケットを取った。PCに向かいっぱなし、最近は在宅勤務も多く不規則な生活でロクに動かないせいか物理的にも腰はだいぶ重くなっていた。

    その腰…と言うか全身で今、見ず知らずのおっさんを押しつぶしている。
    女性の悲鳴、あちこちから低いうめき声、それから赤ん坊の泣き声が凄い。めまいがひどい。耳が壊れる。あれ?
    イヤホンは?どこ行った?冗談じゃないぞ、結構高かったんだぞ。
    「アイゴ〜…あなた、大丈夫ですか?動ける?」
    俺の肩や脇腹、太ももとヒビの入った窓(車窓は一面真っ黒なアスファルト)にプレスされた体が掠れた声を出す。
    そうだ、いかん!まずい!
    「す、すみません!」
    咄嗟に立ちあがろうとして椅子を離れるとおっさんの体をずるー、と滑り落ちる。

    重力がおかしい。

    「み、皆さん大丈夫ですか…」
    運転席のマイクからしゃがれた声がする。
    運転手さん、顔からシャツから赤いぞ。血だ。
    通路を挟んだ反対側の窓が目に入る。青いぞ。空だ。
    俺は今おっさんの体と前の座席の背もたれとの隙間にぎゅうぎゅうに詰まって仰向けに転がって、反対側の窓の向こうの空を見上げている。

    おかしいのは重力じゃない。バスの、向きだ。

    後に聞いたところによると、バスは江原道のインター辺りで大型トラックの居眠り運転を避けようとし、横転したそうだった。
    平日朝着の便、1/3ほど埋まっていた車内でシートベルトをしていなかったのは俺1人きりだったらしい。赤ちゃんですら抱っこひもで固定されてた。
    寝る時に腹がきつくて…つい。
    文明の利器よ。シートベルト。1番大きな怪我をしたのは運転手さんで、次が運転席の後ろの衝立に頭をぶつけてしまったご婦人。その次は俺。多分横向きに立ちあがろうとして滑った時に足首グネッた…ダサい…。皆腰のベルト部分は痛かった様だけど何とか動き出し協力し合って全員バスを降りる事に。
    引火や爆発するかも知れないから軽い手荷物以外は諦めてくれと言うのにおばあさんが棚の上(上?下?横?)を必死に漁っていて通路を塞いでいる。
    「孫から貰った手紙が入ってるんだ」って泣いてる。
    男性が数人無理矢理抱えて連れ出そうかと目配せしてる所に俺に肩を貸してくれてるおっさんが大きな声を上げた。
    「おばあちゃん、何色の鞄?大きさは?」
    しゃくりあげてろくに喋れない老人に近づくと肩をさすりおでこを寄せて覗き込んでる。
    「薄紫色の〜、手編みの〜、手提げ袋!?」
    早く降りたくてジリジリしてた乗客達が血眼で探す。
    なんかガソリン?油の臭いがして来た。
    嫌だ!こんな所で死にたくない。あのゲームまだクリアしてないんだ。次の休みに観るつもりのBlu-rayも20本は放置してる20…30、50本位は。来週から始まる春のシェイクだって楽しみにしてたんだぞ…と、座席の下に小さな薄紫が覗いてるのが見えた。
    「あったぞ!」
    と叫んだ瞬間体のでかい男がすかさずおばあさんを抱えて走り出す。
    おっさんは律儀に俺の所まで戻って来た。
    お手柄、と口の端を片方だけ上げて笑うと再び肩を組んでエイヤッとずんずん歩き出した。
    おっさん、小柄な割に力あるな…

    バスを降りたのは俺たちが最後でそこにはもう救急車やパトカーが何台か止まっていた。
    乗客は一堂に集められて安否のチェックか何かしている。
    俺達もクリップボードを持ったスーツの男性の方へ歩き出すと、おっさんがいきなり俺の前にニュッと手を伸ばし、向こう側から小走りでかけて来た警官の二の腕辺りをバシッと殴った。

    俺はあぜんとした。

    急に殴られた警官もさぞかし驚いただろう。おっさんは俺の体にすっぽり隠れて死角になってただろうし。
    実際、咄嗟に俺の事睨んだ警官の顔ったらなかった。割と若くて色白のつるっとした顔、これまた白さの際立つ三白眼。さらに真っ白な歯を剥いてゆがめた唇だけは赤くて。
    恐ろしい鬼の形相。正直ぶん殴られるんじゃないかと思った。

    が、その視線は素早く俺の向こう側のおっさんへ移った。
    そう、俺じゃないです。殴ったのはこの人です。

    おっさんを見て、もう一度警官を振り返ったらもうその警官の姿はなかった。

    結局俺は名前の確認だけで事情聴取は後回し、怪我があるからとその場で救急車に乗せられた。
    おっさんとはまああれっきり。




    ではなかった。
    足首は捻挫。半月ほど軽く固定と松葉杖で完治との事。半べそで待ち構えていた妹と母親に両脇を固められて実家へと連行される。まあ、1人暮らしの家より不便がなくて助かったかも…。
    病院の自動ドアを出た所で見覚えのある背中が見えた。
    あらまあ、さっきのおっさんだ。
    ん、何あれ?三角巾?腕吊ってる?まさか。え、まさか。
    駐車場へと引きずられながら首だけ振り返る。
    えー…俺のせいで怪我を?体で押し潰したせいで…??
    彼の身元をどうにか突き止めてお詫びしたいな…と思ってる所に顔の脇辺りに突風が吹いた。
    青緑色の突風。警官だ。
    あら?さっきの??
    あの鬼の形相の警官じゃん。
    警官はまっすぐにおっさんの所に駆けて行き、そしてなんと
    抱きしめた。
    ぎゅ〜っと。
    あっ馬鹿っ腕吊ってるのに!
    やっぱり。
    熱いものに触れたみたいに身を離して覗き込んでる。
    おっさんは笑ってるみたいだ。
    あっ警官頭撫でられてやがる。大人なのに…

    車のリアガラスを首の限界まで振り返って確認出来たのはそこまでだった。

    「なあ…お前らこの辺のお巡りさんに知り合いとかいない?目つき悪くておっかない…若くてツルッとした顔の」
    妹の仏頂面がミラー越しにこっちを見る。
    「お巡りさん…?あんた…事故現場で何かお世話になったの?」
    「お世話」に明らかに面倒臭さを匂わせる母よ。
    こう言う多彩な話し方する人だったね。そうそう。
    「確か…去年辺りかなツルッと…と言うか若くてイケメンのお巡りさんが来たって保育園で話題になってたような」
    「ああ!あれじゃないの?ほらこの間、斜向かいに越して来た家の子共がソウルのおばあちゃん家に行くんだっていなくなって騒ぎになった…」
    「あ、そうそう、あの。小学生位だっけあの子。お母さんと2人暮らしのお家。ギャン泣きの子供にしがみつかれてたイケメン」
    「あの可愛いお巡りさんの事?」
    「えっ…イケメン?…可愛い??」
    「イケメンじゃん〜オッパ言ってるの別の人なんじゃないの?」
    「え、あの…目つきの鋭い三白眼の」
    「そうよ!タレ目でフワフワの可愛いお巡りさんじゃないの。あんた都会暮らしでますます目が悪くなったんじゃない?」
    「違うよ。心よ、心!仕事のし過ぎで心が荒んで被害妄想に陥ってんのよ。ねー…足治るまでの間だけでも少しのんびりしていったら?」

    数日後、俺はあの時のおっさんとお巡りさんに再会するわけだが、気の良いアジョシの肩越し、三角巾越しのお巡りさんの目つきはやっぱりどう見ても可愛くはなかったし怖かった。更にこの後、あの時のおばあさんとも再会しおまけに娘さん、手紙を書いてくれたと言うお孫さんの母親に当たる女性に骨抜きに惚れてしまい、そのおかげで生活を改め18㌔スリムになるのだが、その話はまた長くなるので別の機会に…
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